卒島水門の場合4
今日の天気は曇り空だ。昨日まで降り続いた雨は止んだが、いい天気とは程遠い。今日こそは青海紀と関わらな…
「おはよー!」
「…っほんっとうに俺のペースを崩してくれるな!お前は!」
「あー、また『お前』って言った!」
「人の話を聞け!」
青海紀にそう怒鳴ってからはっとした。駄目だ。このままじゃ相手のペースに乗せられてしまう。
「何熱くなっちゃってるの?ほら落ち着いて深呼吸して。ひっひっふー。って。」
彼女はあっけらかんとした表情でそうのたまう。いや呼吸って。今お前幽体だから。そもそもそれは深呼吸ではない。そう突っ込みたい気持ちをぐっと我慢して尋ねる。
「何か用か。」
「えっとねー。質問ができました。あのね…」
「1日に3つまでにしてくれないか。」
怒涛の質問が始まる前に俺はそう提案した。質問をまったく受け付けないというのは職務放棄だが、これくらいなら許されるだろう。そもそも昨日のような勢いで毎日のように質問されたら、それこそ職務の遂行に支障をきたしかねない。
「えー。」
彼女は不満そうな表情を浮かべながらも、しぶしぶうなずく。
「じゃ、今日一つ目の質問!『地獄のお役人さんは現世の人に見えるの?』」
「見えない。」
俺は端的に回答する。昨日は少し丁寧に答えすぎたような気がする。目指せビジネスライク。
「えっ、ウソだ!だって…じゃあどうやって現世で生活するの?」
「正確に言えば、このブレスレットをはめれば見えるようにできる。」
「へー。どういう理屈?」
「知らん。」
「じゃあ…」
「終わりだ。」
「え?」
質問を続けようとする青海をさえぎる。
「もう3つ質問に答えた。」
「え!まだ1つだよ。」
「『地獄のお役人さんは現世の人に見えるの?』『じゃあどうやって現世で生活するの?』『どういう理屈?』…の3つだ。」
「うう。確かに。」
青海はうなだれる。今日のミッションコンプリート目前だ。
「じゃあな。」
別れの挨拶を告げ、その場を去ろうとした。
「待って!」
はっしと腕をつかまれた。何かまだ用があるのか?腕をつかまれているのが正直言って落ち着かない。
「何?」
「あ…。え、と、その、また…明日。」
そういって青海は微笑む。明日会わないかもしれない。少なくとも俺に会う気はないと言おうかと思ったけど、やめた。青海の微笑みは今日の天気と同じで曇っているように思えた。
「腕、はなして。」
「あっごめん。」
青海はあわてて手を離した。俺はほっとして、彼女に背を向けてからこう言った。
「またな。」
それは地獄の役人である俺が言える最大限譲歩した一言だった。これを聞いて彼女がどう思ったかは、後ろを向いてしまった俺には知る由もなかった。
思ったよりも卒島のターンが長くなりそうです。