卒島水門の場合3
彼女の涙がようやく収まったころ、俺はようやく彼女に、
「他に質問は?」
と尋ねることができた。彼女は泣き腫らした目を隠すためか、あの日のように下を向いたままもごもごと言った。
「今は、何も…。でもそのうち何か思いつくかも…。」
「週に1,2回様子を伺いにくるから、そのとき聞いてくれればいい。じゃ。」
とだけ彼女に告げ、俺はその場を立ち去ろうと背中を向けた。
「ありがとう。」
「…礼を言われることは何もしていない。」
背中を向けたままそう返すと、俺はその場から立ち去った。
どうやら彼女は俺のことを覚えていないらしい。正直助かった。特定の人物とかかわりを持つのは望ましくない。それは俺にとっても、相手にとっても。たった1,2ヶ月しか関わることのない相手に深入りしたっていいことなんてひとつもない。彼女とのかかわりは何かとハプニング続きだったが、これから意識して距離を置いておけば大丈夫。そう思っていた。なのに。
「私の名前はオウミアキ!青い海に世紀末の紀!『おい』とか『お前』とかいう名前じゃない!」
こいつはことごとく俺の予想外のことを巻き起こしてくれる。距離をとろうと思った次の日からオウミアキにとっつかまった。「何か質問でも?」とたずねると、山のような質問を浴びせられた。
「どうして私こんな白い服着てるの?私の趣味に合わないんだけど。」
「幽体全員がそういう真っ白な服を着ることになっている。お前の趣味とか関係なく、全員同じデザインだ。」
だとか、
「どういう理屈で飛んでいられるの?」
「知らん。どうしても知りたきゃ閻羅さまに会うときにでも聞け。」
「いますぐ会える?」
「閻羅さまはそんなに暇人じゃない。」
「閻羅さまって忙しいの?」
「超ご多忙だ。」
「なんで?」
「人口の増えすぎが原因だ。本来なら、七日ごとに裁判を行うべきなんだが、オーバーワークで王たちが倒れちゃったらしい。それからは今みたいに49日の法要のあと一回のみって形になった。」
「ふーん、いいかげんねぇ。」
「まあな。」
とか、
「あ、そうそうそういえば、あんたの名前は?」
「俺個人に対する質問に答える義理はない。そもそも規則で禁じられている。」
「なんかめんどくさい規則。」
はては、
「普段地獄の役人ってどこで働いてるの?どっか空に浮いてる建物があったり?」
「…地獄の役所自体は異世界にあるから空になんてねえよ。」
「へー。じゃあ地獄から毎日こっちに出てくるんだ。通勤めんどくさいね。」
「地獄と現世の行き来は別段めんどくさいもんではない。だが、家は現世にある。」
「なんで?」
「規則だから。」
他にもいろいろたずねてきたが、忘れた。その多大なる質問の最後を締めくくる彼女の発言がアレだ。
「私の名前はオウミアキ!青い海に世紀末の紀!『おい』とか『お前』とかいう名前じゃない!」
「は?」
俺は間の抜けた返事を彼女に返す。なんでそんなことを言われなきゃならんのか。
「だから!あんたの名前は教えてくれないから仕方なく『あんた』とか『役人さん』とかで呼ばせてもらうけど、人のことを指示語で呼ぶのは失礼極まりないわ!」
彼女は憮然として言う。そういうものなのか?別に困らないんじゃないのか。指示語で呼んだって。
「めんどくさい。」
その一言で切って捨てようとしたが、彼女はそう甘くはなかった。
「あら。あなたが役人ということは、私は住人、いわばお客様にあたるんじゃない?お客様に対して失礼な態度をとるの?」
「…。」
確かに一理ある。かもしれない。と思わされてしまった時点で負けだったらしい。何度かの押し問答の末、俺は彼女、いや、青海のことをなるたけ名前で呼ぶ努力をするよう約束させられてしまった。
彼女とは関わらないようにしようと決意した直後にこの体たらく。次こそは完璧ビジネスライクなやりとりをしてやる!
えーと、まだしばらく(妙な決意を固めた)卒島のターンが続きます。