彼女が彼の名前を知っていた理由(ワケ)
春の穏やかな午後に、どうして持久走なんかしなくちゃいけないんだろう。
毎年4月に行われる恒例行事―と言ってしまうと語弊があるような気もするけど―体力テストの一環として私は持久走に励んでいる。
持久走が特別苦手という訳ではないが(中の上というところ)、ぶっちゃけめんどくさい。ラスト一周を走り終えてクールダウンを行っていると、昇降口から人が出てくるのが見えた。こんな時間(6時間目だ。)に早退?
「あ、卒島くんだね。」
私がぎょっとして振り向くと蒼がいた。
「さっき昇降口から出てきた人。2-E卒島水門くん。」
私が彼を見ていたのを知ってか知らずか蒼が言う。
「知り合い?」
「ううん。彼、ちょっとした有名人だから。」
蒼はふるふると首を振って答える。…ちょっとした有名人?
「さっきみたいに突然早退したり、授業サボったりするので有名。遅刻も多いらしいよ。」
「へぇ。」
遅刻はともかく、早退とかサボりをする生徒は目に付くだろう。…いわゆる不良的存在なのだろうか。さっきちらっと見た顔も若干人相悪めだったような。
「でもね不良とかじゃないんだよ。目つきは悪いけどね。」
蒼が私の心を読んだように言う。彼女とは付き合いが長いせいかこういうことがままある。人を見た目で判断してはいけないですよね。すみません。
私の表情からまたしても考えていることを読み取ったのか、蒼は満足そうにうなずくと話を続けた。
「卒島くんはね、出てる授業は居眠りとか、内職とかは絶対しないでまじめに授業受けてるんだって。無愛想だけど、真面目ってもっぱらの噂。そんな人が遅刻早退サボりをするってんで有名なんだよー。」
「なるほど。」
確かにちぐはぐな気がする。
「あんまりクラスの人とかと話す人じゃないからいろいろな噂が飛び交ってて、それがまたおもしろいんだよ。よく走っている姿が目撃されているから『一日に数時間走らないと気がすまない説』とか、『病気の家族のお見舞いのために抜け出してる説』とか、『出席日数ギリギリで卒業するため説』とか、『眉間のしわをとるために病院に通ってる説』とか、『実はスパイ説』とか他にもいろいろ。」
「へ、へえ…。」
知ってはいたが、かなり情報通な様子の友人に驚く。てか、すごい噂だな。
「というわけで、卒島くんはちょっとした有名人なんだけど…、アキ、一目ぼれ?じーっと見てたよね卒島くんのコト。」
「は!?」
「いやー、アキが男子に興味を持つなんて珍しい。春だねー。」
蒼はニヤニヤと笑う。女子高生に似つかわしくないぞ!!確かに今、春だけど!!
「違うよ!!こんな時間に早退って珍しいなってだけで!」
「はいはい。ごまかさない。」
ピーッ
集合の笛だ。そうこうしている間に全員の測定が終わったらしい。
「ほら蒼行くよ!」
「はーい。」
にやつく友人を引きずりながら私は集合場所に向かった。
――これは彼女が彼に出逢うほんの少し前のお話。
引っ張ったわりにしょうもない理由ですみません。もちろん卒島は自分がプチ有名人だということに気づいていません。