青海紀の場合
夏の抜けるような青空の中、今日も私は―…
「早く黄泉に向かえって言ってるだろ!」
「そんなの私の勝手でしょ!?」
…元気に(死んでるけど)ケンカしてます。
梅雨のちょうど中頃、私は事故で死んだ。雨でスリップした車に轢かれたのだ。死んで幽体となった私は、自分の身に起きた出来事をあっさり理解し(ファンタジー好きが功を奏した模様)、どうせなら晴れの日に死にたかったなー。などと考えつつ、16年という短い生涯に思いを馳せていた。
まだまだやりたいこともあったし、未練たらたらではあったが、一応『死』というものを受け入れようとしていたそのとき、
「おい!そこのお前!」
と大音声で呼ばわれた。声がしたほうを見ると一人の男がいる。人に話しかける態度として最低の部類に入る呼びかけといえるだろう。普段の私だったら青筋を立てて睨みつけていたに違いない。しかしその時は、『会話できる』という喜びに勝るものはなく、私は満面の笑みを浮かべた。
「あの…」
「あんた、死んでるから。」
私が口を開くと同時にソイツは爆弾を投下した。
「…あんた、今、なんて、言った?」
衝撃のあまり言葉を短く切りながらたずねた。そして、その問いに対してソイツは平然として答えた。
「あんた、死んでるからって言った。あんた、今自分が幽体になってるの理解してる?49日の法要が終わるまでは、そのまま好き勝手にうろうろしててかまわないけど、終わったら閻羅さまのところで審判を受けてもらうからそのつもりで。」
立て板に水とばかりにソイツはまくし立てた。
「あー、あの後、私ったら大泣きしちゃったんだよなー。一生(?)の不覚だわ…。」
「でかい独り言だな。」
「…!?あんた、まだいたの!?」
まだヤツはそこにいたらしい。まったく気がつかなかった。死んだ日から早数ヶ月の間にコイツと会話のキャッチボール(というほど上等なものではなかったが)をした結果、コイツが地獄の役人で、死した人々の水先案内人のような役割を担っていることがわかった。他にも地獄のシステムについていろいろたずねてみたが、大変興味深かった。たとえば、『地獄の役人が普通の人と混じって生活していることはけして珍しくない。』とか。ちなみに個人的なこと(名前も)は何も教えてくれなかった。それが規則らしい。
おっと、ヤツがもともと悪い目つきをさらにひどくして私をにらみつけている。
「聞いてるのか!?」
「うっ…、ごめん、聞いてなかった。」
話を聞いてなかったのは事実だからおとなしく謝る。
「だから!今日こそは黄泉に向かってもらうからな!49日の法要が終わってからもう1週間もたつぞ!何でもいいからとっとと黄泉に向かいやがれ!じゃないと…」
そこで一度言葉を切られた。少し黙り込んだ後、ヤツはぽつりとこういった。
「早く、黄泉に向かってくれ…。」
どうやら昨日までと違って、引くつもりはないらしい。…もうそろそろ潮時なのだろうか。今まで何回か決心してみたことはあったけど、うまくはいかなかった。閻羅さまにお願いして、現世に留まらせてもらっていたけど、これ以上ここにいるのは私自身のためにもよくないのはわかっている。
「おい…?」
再び黙り込んでしまった私に、訝しげな声がかけられる。私はひとつ息を吸って覚悟を決めた。
「卒島水門くん。あなたのことが、すきです。」
ヤツの目が見開かれる。そりゃ驚くだろうな。私が知らないはずのことを知っていて、おまけに告白までしてくるのだから。私はさらに言葉を重ねる。
「私は、私が死ぬ前から、あなたのことがすきでした。」
私はこの言葉が言いたくて、現世に留まっていたのだ。いや実のところ『卒島水門と一緒に居たくて。』が正しいのかもしれない。言いたい言葉をいえないまま死んでしまう人はこの世の中にたくさんいるだろう。私の場合、相手がたまたま地獄の役人で、死んでしまった後に伝えるチャンスがあった。死んだ後も好きな人と会話することができた私はなんて幸運だったのだろう。
卒島に思いを伝えたことで、私の現世に留まる理由はなくなってしまった。少しずつ自分の体が薄らいでいくのがわかる。
「私がどうして卒島のことを知っていたかは閻羅さまに訊いてね。」
「…。」
卒島はうつむいたまま何も言わない。もうあまり時間はなさそうだ。最後の一言を告げておわかれとしよう。
「『あなたは私を知りますまい。』」
ちょっと気障だったかな?なんて思いながら笑う。と、卒島が苦りきった表情で口を開いた。
「…―っ。『忘れません。』」
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次回(次章?)は卒島視点でお送りします。