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世界は俺の隣を中心に回っていた  作者: 白白明け
黒髪赤眼ツインテヒステリー女
7/24

第六話


MMO講習最後の夜。

俺は酒場で一人静かにブルーサイダーを飲んでいた。

この場面で飲んでいるものが酒類なら、もっと格好が付くんだけどな。

酒場のマスターであるダンディーなおっさんが「サービスです」とコボルトジャーキーを出してくれたので良しとしよう。

見れば周りにいるプレイヤ―達はみんなコボルトジャーキーをつまみながら騒いでいる。

たぶん、今日が講習最終日ということで運営側からのサービスなんだろう。

まったく、嬉しいことをしてくれる。


時計を見れば時間は既に11時。

昨日や一昨日なら既に疲れ果ててベットの上にいた時間だ。

周りのプレイヤ―達もそうだろう。

だが、今日はまだまだ騒ぎ続けている。

このゲームは一応、学園の講習という名目の物。

現実で言うなら夜10時を過ぎても出歩くことを助長するようなことをしてはいけないのだが、今日は運営側(つまり学校側)も黙認してくれるようだ。

ダンディーなおっさんが微笑みながらグラスを拭いているのがその証拠。


大人たちもわかってくれているのだろう、今こうしている風景が俺達にとってどれほど楽しく大切な物かということを。

三次元から剥離されたゲームという世界。

始めはゲームなんか、などと思っていた俺でさえこんなにも流れる空気を楽しく感じ、終わってしまうことを淋しく思っているんだ。

弟や夏木、あるいは早乙女のように騒ぐことが大好きで、ゲームが好きな奴らがどう思っているかは俺なんかじゃ測れない。

だから、だろう。

今日は楽しかった、昨日は楽しかった、三日間本当に楽しかった。

そんな話題からじゃあ、次はどんなことをしようかという話題に変わっていく。


『講習が終わればギルドが作れるようになる』

『新しいフィールドも増えるらしい』

『先輩たちとも遊べるぞ』


終わってしまうことは淋しいけど、これからもっと楽しいことが始まるんだ。

と、そうやって期待で胸を膨らませることで淋しさを紛らわそうとしているプレイヤー達。

彼らは笑う。

今日より楽しい明日を思って淋しさを忘れてしまう。


俺にはそれが出来ない。

俺に明日はないから、期待に胸を膨らませることで淋しさを忘れることはできない。

いまさら、弟と夏木の誘いを蹴ったことを悔いていない。

けどあの時、ちっぽけなプライドを取ったことは間違っていないと思うけど、ゲームは続けたかったな。

この短い時間で、俺はゲームを好きになってしまったらしい。

ああ、駄目だ、やっぱり後悔はあるんだよ、ホントはさ。

今からでも弟と夏木を捜して、やっぱり俺もゲームを続けるなんて情けないことを言いに行こうかなんて考えてしまう。

ああ、くそ、俺はなんて女々しいんだろう。

自分に半ば呆れながら、カウンターに突っ伏すと酒場にいっとう大きな笑い声が木霊した。

誰にも見られないように、無理やり笑う俺。


ゲームは笑いながらやるものだ。


どこかで聞いたそんな言葉を思い出した結果だった。







「ふっざけんじゃないわよっ!!」







突然の怒声にビクリと身体を起こす。

何事かと声のした方に顔を見ければ、そこには忘れる筈も無い、糞ガキの姿があった。

な、なにやってんだ、あいつ。

確実に〆に入っていた俺の言葉を遮った糞ガキは目を血走らせて、犬歯を剥き出しにして数人のプレイヤーを怒鳴りつけていた。

せっかく外見だけは可愛らしいというのに、あの顔じゃあ台無しだ。

まあ、それ以上に台無しなものもあるんだけどな。

酒場の空気が凍る。

さっきまで溢れていた笑い声は消え、全員が怒鳴り声を上げた糞ガキを見ていた。

糞ガキは血走った眼で全員を睨み返す。

おいおい、どんだけ敵を増やしたいんだよ。

つーか分かりきったことだろ、あの空気の中で怒鳴り声なんて上げた日にゃ、そりゃ周り全員が敵になるわな。

怒鳴られていた、魔法使いの少女の泣き顔がさらに憐れみをさそい、糞ガキに向けられる視線が強くなる。

流石に耐えられなくなったのか、糞ガキは舌打ちをかますと酒場から出ていった。

最後まで、そこ眼光で周りを睨みつけながら。


やれやれ、ようやく静かになったなとブルーサイダーを飲む俺。

糞ガキがどうなったか?はっ、知ったこっちゃない。

だというのに、何故か苛立ちが止まらない。

なんだというんだろう。


『兄さん、追いかけなくていいの?』


頭の中に輪っかを頭に載せた弟がデフォルメされて出てくる。


『はっ、あんな糞ガキなんて知ったこっちゃねーよ』


口の悪い、黒い尻尾を付けた俺は鼻をほじりながらケラケラ笑う。

なんだこの仕様、俺に喧嘩売ってんのかっ!

思わず自分の頭の中に突っ込む。


『でも、兄さんはあの子に借りがあるんだろう?この世界は助け合いが大事だって言ったじゃないか』


『おいおい、あの糞ガキは出会いがしらに罵倒してきたんだぜ?それを許したんだから、チャラだろ』


『兄さん、見ていたんだろ?あの子・・・泣いていたよ』


『・・・・・・』


何も言えなくなった悪魔の俺、変わりに俺自身が言葉を返す。


「ふざけんじゃねぇよ。ゲームは、笑ってやるもんだろ」


俺は立ち上がり、酒場を後にした。




∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇




既に時刻はそろそろ日付が変わろうという頃、講習は三日間なので12時を過ぎれば強制的にログアウトされる筈だ。

夏木に『12時ちょっと前に酒場に集まって三人でカウントダウンしようねっ!』なんて誘いを受けていたから、俺は人付き合いに忙しい夏木と弟の為に席を取り酒場で待っていた筈なのに、なんで夜道を全力疾走しているんだろうか。

弟はともかく、夏木の奴は怒るんだろうな。

なんて息も絶え絶えに考えていたのだから、糞ガキをようやく見つけた時、俺の機嫌が悪かったのは仕方のないことだった。


「くっそ、むかつく、むかつく、むかつく、むかつく・・・うっざいし」


「うざいのはお前だろ、酒場の空気壊しやがって」


夜中になり人気がなくなった大通りを不機嫌オーラ全開で出歩いていた糞ガキの肩を叩くと、


「なっ、・・ち、痴漢っ!」


「痛っっ!」


振り返りざまに足の甲を踏みつぶしてきやがったっ・・・!


「お、おおお前、痛てーだろっ!ざけんな、お前に痴漢するくらいだったら夏木でも襲うわっ!・・くっそ、ゴブリンに殴られたより・・痛てぇ」


「うっせーよっ!キモいし、死ね、痴漢っ!・・・・って、何時かの格闘家?あんた、ゲイなんじゃなかったわけ?」


なんだろう、もう俺帰ってよくね?

借りがあるからって、人がせっかく来てやったってのになんだよ、この態度。

頭の中にいる天使の弟だって、きっとキレるだろ。


「お前さ、自分がすげー糞ガキだってわかってるか?俺じゃなかったら、腹いせに襲いかかられても文句言えないレベルだからな?」


「はぁ?誰が糞ガキだっつーの。あんたマナと同い年だろ。喧嘩売ってんのかよ」


喧嘩売ってんのはお前だろっ!と叫びたいが、堪える。

ここでそんなことを言えばもう話は進まなくなるだろうからな、落ち着くんだ。

・・・・・・俺、なんでこんな苦労をしてるんだ?改めて考えると虚しくなるな。


「なあ、糞ガキ。お前さ、酒場の空気を壊したりして何のつもりだよ?お前に怒鳴られた女の子、泣いてたぜ?」


「キモ、何も知らない癖に説教なんてうざいんですけどー」


舌打ち混じりに赤い目で俺を睨みつける糞ガキ。

ああ、確かに俺は何も知らないよ。

怒鳴りつけていたプレイヤー達とお前がどういう関係なのかなんて知らないし、お前が悪いんだろと思っているこの考えも個人的な感情だよ。

けどさ、そう言うのを抜きにしても言ってやるべきだろ。

俺は糞ガキと初めて会った時、言ったことと同じようなことを言う。


「ああ、確かに何もしらねーよ。けど、ああいう態度が駄目だってことくらいわかる。あいつら、友達なんだろ?弟が言ってたぜ、VRMMOは助け合いだって。・・・・あんな態度とってたら、友達無くすぞ?」


「っっ、うっさいな。マナをあんたなんかと一緒にしないでっ!」


返ってきた言葉はあの時と同じ物。

けど、あの時と違うのは糞ガキにはもう、逃げ込むべきパーティー、仲間がいないということだろう。

逃げ出そうとした足を止めて、歯を食いしばり絞り出すように糞ガキはいった。


「あんたなんかに、なにが、わかんのよ」


だから、何も知らねーって、知りたくもねーし。

こうしてお前を追いかけてきたのだって、弟の言う通り借りは返しておいた方がいいとおもっただけのこと。


「あいつらが、あいつらが悪いんだよっ!・・・今日、マナは朝から酒場で待ってたってのに・・・いつまでもこねーし、いつの間にか夜になってるし・・・来たと思ったら、別の騎士連れてやがるし・・信じらんねー・・」


パズルのピースがはまるかのように俺は一気に理解した。

なるほどね、そういうことか。

傍若無人な態度を取っていた糞ガキが、パーティーを組んでいたプレイヤーたちから疎外されていく光景がありありと浮かぶ。



けど、俺は糞ガキを追い出したプレイヤー連中を薄情だとか酷い奴らだとは思わない。

むしろよく持った方だと思う。

あんな罵倒を浴びせられながらも、二日間はパーティーを組んでやっていたわけだからな。


気に喰わないのは、糞ガキの方。

なんでこいつは被害者面で傷ついてんだろうか。


「自業自得じゃねえの?」


さっきまで下に向けていた顔を上げて、糞ガキは射殺さんとばかりに俺を睨みつけてくる。


「嫌われて当然だろ、お前のその態度ならさ。二日目にお前が『昼の丘』で騒いでいるのを見たけど、あれはねーよ。人目も憚らないで罵倒されたやつがどれだけ傷つくかわかってんのかよ?しかもその後、お前は謝りもしないで一人で帰ってたろ。どうせ他のメンバーに注意されて、図星突かれて言い返せないから逃げたんだろ。それなのに次の日、酒場で待ってたってさ、パーティーが集まるわけねーじゃん。傍若無人で他人の気持ちも考えない、人付き合いをうまくしようとも思わないお前と遊びたいなんて思う奴がいるとおもうのか?」


ゲームをやっている奴は誰だって楽しみたいからやっているんだ。

だから、一緒に遊んでても楽しくない奴と遊ぶ奴なんているわけがない。

そう言ってやれば、ただでさえ俺の言葉と共に光を失っていた眼光は、完全に黙りこむ。


「なんだよ、あんたになにがわかんだよ。ゲイの癖に、変態の癖にっ、」


だというのに、罵倒だけは止まらない。

こいつは魂レベルで根性が腐っているのか、それとも何かほかの理由でもあるのか。


()だって、上手くやろうと頑張ったんだから」


眉を顰める。

意味がわからない、自分勝手で他人のことも考えずに罵倒ばかり吐いているくせに、上手くやろうと頑張った?

なにを言っているのか、俺には意味がわからなかった。


「現実じゃ、友達なんていないからっ、ゲームの中で位は友達作ろうって、頑張った。・・アニメに出てくるキャラみたいに、性格を明るくして、一人称は名前で言って・・・ゲームのことも・・ちゃんと調べて・・騎士とかのほうが需要があるっていうからっ、本当は魔法使いとか、巫女とかがよかったけど・・変えて・・私、頑張ったんだから・・」


途中、膝から崩れ落ち、赤い目をさらに真っ赤にして、年相応に泣く糞ガキ。

ああ、なるほどと俺は理解した。

今のこいつが言っていることは理解出来る。

俺はゲームはやらないが、漫画もライトノベルも読むし、アニメも見るから。

糞ガキのような傍若無人なキャラが出てくるアニメやら漫画やらは知っている。

そして、その全てのキャラが周りから愛されているってこともだ。

俺はそれについて疑問なんてもっていない、アレはアレで良いと思う、面白いから。


けど、それはあくまでも漫画やアニメ、ラノベでの中の話。

周りが文字の通りにしか動かない、キャラクターしかいない世界での話だ。

俺達がいるこのゲームの世界はアニメや漫画のように現実の世界ではないけれど、自分で見て聞いて考えて動くプレイヤー達がキャラクターとしている世界だ。

それをこいつはわかってない。

『ゲームと現実を一緒にしちゃいけない』それは世間で大々的に言われていることだけど、それと同じように『ゲームと物語を一緒にしちゃ駄目だ』。

アニメで花形をはれるような奴が現実にいたところで、嫌われるか距離を置かれるかするのは当然。

俺が心の中で主人公だと思っている弟ですら、本物の主人公たちから見れば、まだまだお人好しなどではないのだから。


「お前・・馬鹿だろ」


大きく息を吐き、呆れながら額に手を当てて糞ガキをみる。

いや、ほんと、それくらいしかかける言葉がない。

ようはアレだろ、こいつ、よかれと思って作っていたキャラが空回りしたんだろ?

友達を作るために気合を入れてキャラ作りをして、性格に合わせた姿かたちを作って、友達ができますように仲良くやれますようにと願いながら相手を罵倒してたわけだ。

ははっ、救えねーほどの馬鹿だよ、どんだけアニメ好きなんだって話。

けど、嫌いじゃないぜ、そういうの。

俺は糞ガキの手を取って、無理やりに立ち上がらせた。


「言っとくけどさ、仲間が欲しいんなら今すぐそのキャラ止めた方がいいぞ。お前、ゲームなんてあんまりやってないから知らないんだろうけど、MMOはコミュニケーションが重要なんだよ。んで、助け合いが大事らしい」


「・・・らしいって、なに」


「俺も弟に聞いたことだからな。ゲームなんてあんまりやらないし、正直まだよくわかってねー部分が多いんだよ。だれかさんみたいにゲームとアニメを勘違いした挙句、空回りして仲間を無くしたりはりなかったけどな」


「なっ、なんだよ。それ、ムカつく。あんた、マナを慰めたいのか貶なしたいのかどっちなんだよ」


慰める?なに言っちゃってんだ、こいつ。

頭は大丈夫か?ああ、馬鹿か。

内気で保護欲を誘うような女の子ならともかく、勝気でツリ目な糞ガキをどうして俺が慰めなきゃならないんだ。


「だから、そういう考えが駄目なんだよ。慰めてもらおうなんて甘えんな。助け合いって言っただろ。今、俺はお前を立ち上がらせてやった。だから、次はお前が俺の役に立て」


そう言って糞ガキの前に拳を差し出す。

糞ガキの「なんだよこれ」と言いたげな視線を受けて、俺は不器用なりに弟を真似て爽やかな笑みを浮かべ、八重歯を覗かせる。


「お前がキモいって言ってた、ムキムキのおっさんに習った熱い挨拶だよ。これを交わすと、仲間になれるらしい。丁度探してたんだ。俺が『ユメワタリ』を続ける理由になる、ゲームがど下手な奴を」


糞ガキは目を見開き、ぱちくりと何度か瞬きをくり返した後、黙りこんで地面を見詰める。

しばらくしておずおずと伸ばされてきた小さな拳と共に聞こえてきたのは、


「・・・ばかじゃん」


そんな小さな罵倒だった。


『ユメワタリ』の世界で終わりの鐘が響く前に、俺のフレンドリストに新しい名前が登録された。




プレイアーネーム  『マナマナ』

レベル       『13』

職業        『騎士』

スキル       『かばう こらえる 経験則 プレッシャー』

セットスキル    『かばう こらえる 経験則 プレッシャー』空きスロット2

発動スキル     『かばう こらえる 経験則 プレッシャー』

称号        『初心者』

装備        武器 鉄の槍 鉄の盾

頭 無し

腕 無し

          胴 チェインメイル

          腰 レッドスカート

          足 レッドブーツ




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