第四話
朝、起きると新しい称号が増えていた。
普通なら喜ぶべきことなのかもしれないが素直に喜べない。
なにせ『負け犬』だ。
確かに、俺は昨日かなりの無様を晒して、ようやく敵を倒せるようになったのもあの糞ガキのお陰だが、流石に負け犬はないだろう。
朝からテンションがだた下がる中、一応負け犬の称号の効果を確認しておくことにする。
称号『負け犬』 戦闘放棄時、逃走時の逃げ足が速くなる。
・・・これは、地味にうれしいぞ。
これが有ればスライムに囲まれた時も集団リンチから逃げられるかもしれない、『初心者』の称号には何の効果もないから付け変えようか。
しばらくの沈黙の後、俺は称号を『初心者』から『負け犬』に変えた。
なさけない?笑わせないで欲しい。
この程度の恥を忍んでいるようではあの弟の兄として1年も生きていくことができないだろう。
さて、今日はその弟と夏木との三人で遊ぶ約束だ。
決めた集合時間にはまだ少し早いけど、露店でも回って時間を潰しながら門へと向かおう。
俺はMMOカリキュラム講習、二日目を歩き出した。
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大通りにつくと昨日とは違い活気に満ちていた。
二日目ということで生産職を選んだプレイヤー達も露店を出しているらしい、賑やかだ。
市場独特の空気に当てられ、何か買って行こうかという気分になった。
無駄遣いをしたいわけじゃないが、何かを買ってみたい。
そう言えば昨日は忘れていたが、確か回復系のアイテムという奴があった筈だ。
それが有れば昨日のように何度も死ぬことはなくなるはず。
あっても無駄なモノではないし、うん、それを買いに行こう。
俺はふらふらと人並みに飲まれていった。
しばらく歩いてフラスコの看板を掲げる薬屋の露店を見つけた俺だが、顎に手を当て悩んでいた。
薬屋の露店は二つある。
一つはそばかすのある顔が美しいというより愛らしい・・・とても胸の大きな女の子がやっている店。
確かプレイヤーの設定で変えられる体型は身長を10㎝程度上下させるだけのものだったはずだから、あの胸は自前なのだろう。
思わず生唾を飲む。
もう一つはいかついおっさん顔の男がやっている店。
昨日はいなかったから、あのおっさんもプレイヤーの一人なのだろうが、なにを思ってあの顔立ちにしたかは定かじゃない。
元々が老け顔なだけかもしれないが。
女の子の店には多くの人(主に男性)が群がっているのに対し、いかついおっさんの店は客がまばらだ。
どちらで買い物をするべきか悩んだ末、俺は決断をくだした。
このゲームに来てからの経験則だが、ここはいかついおっさんの店を選ぶべきだろう。
昨日、女の子と話したいなんて理由で糞ガキに話しかけて手痛い思いをしたばかりだ。
それに比べてこのゲーム出会うおっさんたちは良い人ばかり、あのいかついおっさんも良い人に違いない。
俺はいかついおっさんの薬屋へとあるいていった。
「客か・・なにが欲しい」
おっさんは腕を組みながら表情一つ変えずにそういう。
見た目の通り、とても無愛想だ。
「回復アイテムが欲しいんだけど、一番安い物はなんですか?」
「一番安いのは薬草が5Gだが・・あんた、戦闘職だろう?なら、薬草を買うくらいならポーションを買った方がいい。50Gと薬草の10倍の値段だが、その恩恵はデカイ・・・薬草はすって塗り込んで使わなきゃならんし、効くまでに時間がかかる。戦闘中は使えんぞ・・ポーションは飲めばすぐ効く、低いレベルなら一本でほぼ完全に回復できるしな・・・どうする?」
やはり、このいかついおっさんは良い人みたいだ。
俺の予想に間違いはなかった。
俺はこの店でポーションを5本ほど買い、大通りを後にした。
門につくと、そこには俺に向かって大きく手を振っている二人組の姿があった。
もちろん、夏木と弟である。
驚いたことに二人の姿は昨日とは見違えていた。
夏木は味のない地味な初期装備の服から緑色の服に変わり、なにやら宝石のついたナイフまで腰に差している。
高そうだ。
弟にいたっては鎖がついた鎧を着ていた。
「・・・弟、兄さんは悲しいよ。そんないジャラジャラした服を着て・・何時から不良になってしまったんだ?」
そんな動けばジャラジャラ、止まればギラギラの服なんて着て、周りを威嚇でもしたいのだろうか。
「違うよ、これはチェインメイルっていう装備なんだ。別に俺が好きでジャラジャラさせている訳じゃないよ。あんまりかっこよくないし、俺だって早くアイアンプレートに変えたいんだ・・・って、兄さん。その腕装備アイアンアームだよね?どうやって手に入れたんだい?」
物欲しそうに俺の腕装備を見る弟。
聞けばこのアイアンアームは今、弟が付けているチェインシリーズの上位版、アイアンシリーズの防具らしい。
ちょっとした優越感。
まあ、貰っただけな訳だから自慢できることじゃないんだが。
それを話してやると弟は「格闘家にはそんな特典があったのか、能力補正の為かな?」とブツブツ難しい顔で呟いていた。
「もうっ、マッキ―もアッキ―もそんなことは良いから早く行こうよー。私、今日が楽しみで昨日の夜は眠れなかったんだから。マッキ―はどれくらいレベル上がってるの?私はレベル5、アッキ―はレベル11だけど、8ぐらいかな?」
遠足前の園児のようなテンションでそんなことをいう夏木。
生産職である自分がレベル5、戦士である弟がレベル11なら格闘家である俺は間を取ってレベル8位だろうと夏木は予想をたてたみたいだが、残念。
俺はお前の予想の範疇に収まるような男じゃないのさ。
「いや、レベル1」
「・・・・・マッキ―は昨日なにしてたのさ」
夏木にジト目ですげー睨まれた。
すげー怖い。
遊んでいたわけじゃないと弁明を繰り返し、スライムに勝てなくてどうしようもなかったと言ったら一応は納得してくれたようだ。
・・・どちらかといえば呆れている感じだったけど。
で、その後色々と夏木と弟が話しあった結果、今日は『昼の丘』という所に行くそうだ。
『昼の丘』は『朝の草原』よりレベルが上のモンスターが出るらしく、レベル1の俺がいっても大丈夫なのかと聞いたところ、レベル11の弟がいれば大丈夫だということらしい。
普通なら自分より遥かに出来のいい弟に対して歯がゆい気持ちを抱くところなのだろうが、俺にとっては今さらだったので特に気にもせず後ろを付いて行くことにした。
称号獲得 『マッキー』は条件『『負け犬』を付けた状態でレベルが10以上離れたプレイヤーとパーティーを組む』を満たしましたので新しい称号『飼い犬』を手に入れました。
称号『飼い犬』 パーティー編成時、取得経験値が5%上がる
俺は躊躇なく称号を変えた。
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犬の顔をした小人のようなのモンスター、コボルトは手に持った槍を構えて突撃してくる。
弟はそれを盾で受け、返す刃でコボルトに斬りかかる。
一撃だ、一撃でコボルトは地に伏した。
元々この『昼の丘』の適正レベルは5らしい、レベル11の弟にとってはコボルトなんて雑魚なんだろう。
だが、敵もそれだけでは終わらない。
『昼の丘』ではモンスターもパーティーを組み歩いているのだ、コボルトが倒れる様子をみていたゴブリンアーチャーは冷静に矢をつがえると弓を撓らせる。
弟はそんなゴブリンアーチャーをみると手に持っていた剣を『投的』した。
投げられた剣はゴブリンアーチャーの喉を掻き切ると、旋回しブーメランのように弟の手へと戻る。
何だ、あのスキルは、近接戦闘職なのに遠距離攻撃持ちなんて。
格闘家にはあんなスキルはないのにずるいじゃないか。
ふてくれされ別の所に目を向ければ、夏木が戦っていた。
相手はウッドマンという小さな木に手足が生えたようなモンスターだ。
夏木が宝石のついたナイフを振るう、するとナイフの先から火の玉が飛びだした。
木であるウッドマンは燃えた。
あれの宝石のついたナイフは来る途中に自慢されたが、魔法武器というものなのだそうだ。
知り合いの鍛冶師に作ってもらったらしい。
いいな、俺も欲しいな。
しかし、手に入れたところで格闘家である俺は武器を装備出来ない。
格闘家が地雷だと言われる理由を実感しながら、俺は時折飛んでくるゴブリンアーチャーの矢とウッドマンの木の実を避け続けるのだった。
そんなことを何度か繰り返し続けた俺達な訳だが、戦闘の合間に見せる弟と夏木、二人の笑顔を見て改めてこいつ等はすごいなと思った。
俺が二人の立場だったら、レベル1の奴なんか放っておいて冒険を進めることだろう。
そっちの方が断然楽しい。
だというのにこいつらときたら明かに足手まといな俺がいるのに、ずっと楽しそうに笑っているんだ。
どれだけ良い奴なんだよと思う。
「うん、これで兄さんもレベル5になった。次はもう少し大きい敵パーティーを捜そうか。ガンバッくれよな、兄さん」
「やったねっ!マッキー。よーし、きりきり狩りまくるぞー」
もうね、こいつら見てると俺がどれだけ小さい人間か思い知らされるよ、ホント。
苦笑いを零しながら二人の後に続いて行く俺。
すると、周りにいた別のパーティーから聞いたことのある声が聞こえた。
「ちょっと!もっとしっかり動けよっ!なんであのタイミングで魔法使わないわけ!信じらんねー・・・マナがコボルト相手にポーション使うはめになったじゃんっ!」
ああ、もういいわ。
目なんか向けなくてもわかる、昨日酒場であった糞ガキだよ。
指を指して喚いている。
罵倒している相手はどうやら昨日あの糞ガキが入っていたパーティーの奴ららしい。
てっきり格闘家の俺を馬鹿にしているからあんな言葉使い何だと思ってたけど、誰に対してもあれなのね。
流石に不味いんじゃねーの。
夏木も同じことを思ったのか、呆れたようにいう。
「あーあ、あのパーティ、もう駄目だね」
「やっぱりそうなのか?」
「うん。あの騎士の子が言ってることもわかるけどさ、流石にあんな言い方はないよ。注意するにもいい方ってものがあるし、こんな大勢の前で言うことじゃないでしょ。ほら、罵倒されてる魔法使いの子以外のメンバーも嫌な顔してるし」
うんうんと頷きながら弟が続ける。
「MMOゲームはさ、他のゲームと違ってコミュニケーションが重要なんだよ。助けあいだからね、誰にでもある程度の敬意を持って接しないと。ああいう態度を取ったり、力を借りるだけの寄生プレイヤ―は嫌われちゃうんだ」
「ふーん。って、寄生プレイヤ―って俺みたいな奴のことを言うんだよな?」
「あはは、兄さんは大丈夫さ。俺達が納得してやってることだからね」
そんなもんか。
俺達は次のモンスターを捜しに歩いて行く。
あの糞ガキはパーティーのメンバーに何か言われたのか捨て台詞を吐いて一人で街に戻って行ったが、俺の知ったことじゃないね。
この後、戦えるようになった俺は弟と夏木に借りを返す為にコボルトやゴブリンアーチャー達相手に暴れ回っていたが、途中でスライムの上位個体のブルースライムが出てきて死にかけた。
ポーションを使い、弟に助けてもらわなければ死んでいただろう。
どうやらスライムは俺の天敵らしかった。
そうして午前中からモンスター狩りに勤しんでいた俺達。
途中、夏木が持ってきたお弁当で昼食を取り午後もモンスター狩りを続けていたが、流石に俺は疲れてきたので申し出ると今日はお開きということになった。
明日もまた一緒に遊ぶことを約束して、街に戻った俺達だった。
レベル 1→8
取得アイテム 『折れた槍』×5『切れた弓』×3『小さな木の実』×6『きれいな水』×3
所持金3970G
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街に戻り弟と夏木と別れた俺は、大通りを歩いていた。
今日はもうモンスター狩りをするつもりはない。
宿も予約を入れてあるので宿に戻って寝ても良いけど、せっかくだから露店巡りをすることにした。
なにしろ現在所持金が4000G近くある。
その上、明日が終われば俺はもうこのゲームをするつもりはない。
せっかくだから全額パーっと使ってしまった方がいいだろう。
そんなことを考えながら歩く俺、すると声をかけられた。
「おおっ!兄ちゃん、見て行かんかい?美味いものが盛りだくさんやで」
声をかけていたのは白いエプロンを付けたふくよかなおっさん。
昨日もこの大通りに店を出していたから、おそらくNPCだろう。
覗いて行くことにする、この世界のおっさんに悪いおっさんはいないのだ。
きっといい物が置いてあるに違いない。
置かれている物は様々な食べ物。
おそらくこのおっさんは料理人で保存食や固形食なんかを売っているのだろう。
乾物だと思う物を手に取った・・コボルトジャーキー・・だと。
まさかコボルトをジャーキーにしたものなのか。
美味いのか、買っていくことにしよう。
夜食として食べるのだ。
次に目に入る物はビンに入った飲み物、ブルーサイダー。
おおっ、この世界でまさか炭酸飲料に出会うとは思わなかった。
どうやって作っているのかふくよかなおっさんに聞いてみて、原材料を聞いてがくぜんとした。
ブルーサイダーはブルースライムから作っているらしい。
信じられない、ならばこのグリーンサイダーは俺の天敵であるスライムからつくっているのか。
両方とも買って行くことにしよう。
今日の夜はサイダーを飲み、つまみにジャーキーを食べながら過ごすのだ。
良い買い物をした俺はほくほく顔でふくよかなおっさんの店を後にした。
まだお金には余裕があるので他には何を買おうかなとフラフラ大通りを歩く俺。
改めて思うが、昨日とは違い大通りは本当に賑わっているな。
生産職のプレイヤ―達は思い思いの露店を出し、客を引こうと声を張り上げている。
買い物をするプレイヤー達もみんな笑顔で楽しそうに話をしていた。
現実の世界じゃ、こういう光景は見られない。
高等生ぐらいの年じゃ自分の店を出すことなんてできないだろう。
アルバイトをしている奴以外、自分の好きに出来るお金を持っている人はあまりいない筈だ。
できないことができるということは面白い、つい笑顔になってしまう。
だからだろうか、俺も含めて此処にいる全員がただの買い物だというのに楽しいと感じている。
現実ではできないことをやらせてくれるゲームという世界。
ちんまいおっさんが言っていた、夢と冒険の世界『ユメワタリ』
ムキムキのおっさんが言っていた、無限に広がる世界『ユメワタリ』
VRMMO『ユメワタリ』
すこしだけ、明日が終わってもこのゲームを続けてみたいと思った。