第二話
入学式は2カ月も前に過ぎ去り、あと少しで夏休みが始まると言う頃。
いつも通り一人で通学路を歩く俺は、周りにいる同じ学園の生徒達が浮足立っているのを感じていた。
明るい声で聞こえてくる話題はもちろん今日から始まるMMOカリキュラムについて。
それぞれ冊子を持ちながら楽しそうに話をしている。
昨日、俺も冊子を読み思ったんだが、このVRMMOというゲームは友達がいるのといないのとでは楽しさの度合いがかなり違ってくると思う。
複数人で戦闘を行うパーティーとか、気の合う仲間と作るギルドとか、友達と一緒に楽しみましょうという要素が多い。
そうして見ると、このゲームはまさしく弟の気性にあっているんだなーと。
逆にあまり友達がいない奴は余り楽しめないような気がする。
俺が言うのもなんだが、同じ図書委員でずっと本ばっか読んでいるあの子とかは楽しむことができるのだろうか?
それとも俺と同じ考えで講習だけ受けて授業は取らないのかもしれない。
そうだとしたら現代人失格のレッテルが張られた仲間が増えて嬉しいんだけどな、そんなことを考えながら歩く。
通学路に流れる場違いな空気に疲弊していると、前で大きく手を振る女子生徒の姿が見えた。
長い馬の尻尾、まあポニーテールという髪型の女子なんて探せば幾らでもいるだろうが、「マッキ―!」なんて初等部のころ付けられたあだ名を未だに呼んでくる奴なんてこの幼馴染くらいだろう。
周りの視線にさらされながら、俺は彼女。
古口夏木を見た。
「マッキ―、おはよっ!」
「・・・お前さ、俺は何回言えばいいんだよ。その恥ずかしい呼び方で俺を呼ぶなっていってんだろ」
「へ?そうだっけ?」
首を傾げ疑問符を浮かべる幼馴染。
「中等部の頃から言ってる」と困り顔で言うが、「めんごめんご、マッキ―」なんて返してくるところを見れば、未だ改める気はないらしい。
信じられるか?こいつ、いつでもどこでもマッキ―なんだぞ。
そりゃ、初等部の頃はよかったさ。
俺もまだ子供だったし、子供特有の可愛らしさがまあ人並みにはあったからさ。
けど、中等部にはいってもマッキ―。
背が伸びてもマッキ―。
声変わりをしてもマッキ―。
終いには高等部にはいってもマッキ―だ。
もはや苛めといってもいいね。
正直、俺は周りの人間の中で夏木が一番苦手だったりする。
幼馴染なんてポジションは漫画やアニメで見るようなかわいらしいものじゃないと、俺は言いたい。
なにせこいつは俺が子供の頃の弱みを握っているのだ。
そのせいで俺はこいつに物を強く言えない。
「マッキ―はなんでマッキ―って呼ばれるの嫌なの?昔は喜んでくれてし、可愛いじゃん」
「可愛いとか、年頃の男にいう言葉じゃないんだよ。夏木だっていまさら昔のあだ名で呼ばれてみろ。恥ずかしくて悶絶するだろ?」
「んにゃ、マッキ―なら別にいいけど。むしろ嬉しいよ、昔みたいにココナッツってよんでくれたら」
教室で、夏木に
『マッキ―』
と声をかけられ俺は笑顔で返す。
『なんだい?ココナッツ』
・・・どん引きだ。
しかえしのつもりだったんだが、でへーと顔を崩す様を見て白旗を振る。
止めてくれ、そんな呼び方で夏木を呼ぶ様を誰かに見られたなら俺はもう死ぬしかない。
「相変わらず恥ずかしがり屋さんだね」
「うるせーよ」
駄目だわ。
弱み云々の前に、口でも夏木に勝てる気がしない。
そんな弱気を悟られないように俺は不敵な笑みを浮かべながら言った。
「で、一応道を引き返してまで俺の所に来たのには理由があるんだろ?まあ、大体察しはつくけどさ、それ?だよな」
手を振っていた時も、駆けて来た時も、首を傾げて居た時も手から離すことが無かった冊子を見ながら言う。
「あ、うん。『ユメワタリ』が遂に始まるねー。私、楽しみでしかたないんだ。マッキ―はもう職業とか決めた?それぞれに特別なスキルとかあるみたいだから、悩んじゃうよね。普通のスキルだって一般VRMMOとは比べ物にならない位あるし、『ユメワタリ』はインターネットにも成長値とかの攻略法ってないから慎重に選ばなきゃだしねー」
うん、実に楽しそうだ。
けれど、残念。悪いが俺はこの楽しそうな笑顔をぶち壊さなければならない。
別にさっきの仕返しと貸そういうのではなく、仕方のない事実として。
「ああ、俺はMMOの授業は受けないから」
「ええええええええええぇぇ!」
予想通りの反応をありがとう。
「な、なな、なんで!?『ユメワタリ』だよ?政府公認VRMMOだよっ!一般VRMMOとは一線を画と言われて、教育終了後で成人した後でも続けたいっていう要望が絶えなくて、海外から『ユメワタリ』をやるためだけに留学してくる生徒だっているくらい超絶人気ゲームだよ!」
へー、ふーん、ソレハスゴイナー。
ほとんどゲームをやらなくて現代人失格のレッテルが張られた俺はそんなこと何一つ知らなかったけどね。
だからなに?とすら思う。
一気に捲し立てた夏木は大きくため息を吐いた。
「うー、マッキ―のゲーム嫌い。いい加減に直した方がいいよ。そんなんじゃ現代社会で生きて行けないじゃん。会社入った後の接待ゲームとかどうするのさ」
「別に、ゲームが嫌いとかっていう訳じゃない。昔はよく一緒にやってたろ?」
ゲームが嫌いな訳じゃない。
ただ、やっていてもむなしいだけっていうか、ゲームしているくらいならバイトしていた方が有益だと思うだけ。
「だからさ、俺は今日の講習だけ受けて授業は取らない。まあ、弟はやる気みたいだし精々一緒に楽しめばいいんじゃねーの?」
「・・・はぁ、もういいよ。マッキ―ってば頑固だからもう何もいわない。けど、講習の間は一緒に遊んでもらうからね。覚悟しておくように」
「はいはい。りょーかいしましたよ」
講習の間なんてゲーム内でたかだか三日。
直ぐに終わるさ。
そう、思っていた頃の俺は何も知らない幸せ者だった。
今日、帰り道で後悔することになるなんて俺はまだ知らなかった。
とか、伏線を張っておけば逆に何も起こらないのではないだろうか。
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遂に始まるMMOカリキュラム。
学校に来てからずっと喋りっぱなしだった早乙女を追い払い移動教室を始める俺。
学園で最大の広さを誇る教室。
ゲーム室に入るのは初めてなのだが、すごいな。
体育館より広いんじゃないだろうか。
この教室を見るだけでゲームが現代社会でどれほど重要な役割を持っているかが分かる。
うん、そりゃそんな中でゲームをしない俺は現代人失格のレッテルを貼られるわな。
先生達の指示に従い、出席番号の書かれたゲーム機の中に入った。
『これよりMMOカリキュラム講習会を始めます。みなさんログインしてください』
流れてくるアナウンスに従い、俺は電源を入れた。
女子教師の顔を映していたバイザーが暗くなり、光の綿毛のようなものが湧いて出てくる。
そしてその光が視界を覆う頃、一瞬の浮遊感の後、俺はゲームの世界へと入っていた。
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白い大理石で出来た天空に浮かぶ花園。
うん、見渡すまでも無くファンタジー。
しかし、すごいな。
十年ちょっとゲームから離れていたのだけれど、ここまでクオリティが上がってきていたのか?
いや、たぶんこの『ユメワタリ』が特殊なんだろう。
流石は日本中のオタク達が作り上げた政府公認VRMMO。
これは夏木が熱中するのもわかる。
ゲームには疎い俺だけど、これ以上のゲームは無いのだろうと思える。
実際にそこにいるような臨場感だけじゃない、池の水面に映る姿を見ればそこには適度に二次元化された俺が居た。
髪を触ってみたり、頬を引っ張ってみたり、色々やってみるが感覚がいちいちリアルだ。
他にも走ってみたりジャンプしてみたりと遊びながらいると、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「よくぞ来た、若者よ。未知なる未来を模索する『ユメワタリ』の世界へようこそじゃ!ワシは此処の案内人。さあ、ワシと共にこの世界を存分に楽しもうぞ」
そこには小奇麗なローブを着たちんまいおっさんが居た。
冊子に乗っていた世界への案内人というやつだろう。
にしても小さい、俺の膝ぐらいの大きさしかない。
おっさんにしては随分と可愛い姿だが、マスコットキャラってやつか?
「取りあえず、アンタと一緒に冒険ってのはやだな」
「つれないのー」
いや、いじけた様に小石を蹴ったところでおっさんはおっさんだからね。
全然可愛くはねーよ。
「ごっほん、まあよい。失礼なことを言う若者じゃが仕事は仕事じゃ。ワシが何も知らぬお主にこの世界のことを説明してしんぜよう。まずはこの世界の成り立ちじゃが、聞くかの?」
「いや、パスで」
「ふぉっ!聞かんのか!?」
どうせ長ったらしい説明が始まるんだろう?
いいよ、どうせすぐにゲームは止めるんだし。
時間の無駄だろ。
「むぅ、失礼というか無気力な若者じゃのー」
ほっとけ。
「まあ、そう言うならいいんじゃが。次にこの世界のシステムについてだが、聞くかの?」
「流石に、それは聞いておいた方がいいんだよな?」
「まあの。そんなに長くはせんし、すぐ終わる。心して聞くのじゃ」
ちんまいおっさんの話に耳を傾けることにする。
「まず、このゲームで一番大切なことは自分というキャラクターじゃ。
それがこの世界での自分自身であるのだから当然じゃの。
キャラクターである自分はお主たち若者が好きなように作ることができる。
今は現実世界のお主たちを基にした姿かたちじゃが、設定で髪型、髪の色、体型や顔の造形もある程度は好きに変えられるようになっておる。
ああ、設定というのは後でやるからの。
今は説明を続けるぞい。
次に、このゲームで大切なことはお主自身が何をするかじゃ。
冒険するもよし、街で働くもよし、基本的に自由なこの世界で自分が楽しめることを捜す。
これは重要なことじゃよ。
どうせ遊ぶのなら楽しい方がいいじゃろう?
ああ、けれどの、やりすぎていかん。
・・・やりすぎれば天界より使者が来てお主を断罪することじゃろう。
まあ、ぶっちゃけ運営側が動き出すから止めておいた方が身の為じゃぞ。
けれどの、最低限のルールさえ守ればこの世界は基本自由じゃ。
十人十色の楽しみ方がある。
その楽しみを大きくするためのやり込むべき要素が多くある。
冒険者として多くのモンスターを倒しレベルを上げ、俺TUEEEE!をするもよし。
街で手に職を付け、ほのぼのと暮らすもよし。
なにもせずその辺でのほほんとすごすもよしじゃ。
若者が思い描く全ての夢をかなえてくれる世界。
それが、『ユメワタリ』じゃ」
「へぇ」
説明を聞き終わった俺は思わず唸る。
なるほど、説明を聞いているだけで面白そうだ。
ゲームにあまり関心がない俺でさえ、そう思うんだ。
ゲームに熱中する今時の若者達はおそらく熱狂するのだろう、流石は『ユメワタリ』。
政府公認は伊達じゃないと言うことだ。
感心している俺を微笑ましそうに見ていたちんまいおっさんが「次にいくかの?」と聞いてくるので頷いた。
「次はさっき言った設定じゃ。
まずはお主の姿についてじゃが、何か変えたい所はあるか?
髪の色を金髪や銀髪などにも代えられるし、背丈も10センチほどなら上下が可能じゃ。
顔立ちも鼻を高くしたり目を大きくしたり、瞳の色も変えられるのじゃがどうする?」
うーん、顔を変えるね。
なんか、いやなんだよな、自分の顔をいじくるのって。
他人がやっている分にはいいんだけど、自分がやるとなると何となく怖い。
「ふむ、へたれじゃの」
うるせー。
「まあ、そう言うなら無理強いはせん。
幸いお主は弄らずとも見れる顔をしておるし、それでいいならいいじゃろ。
次はネーム設定じゃ。
どんな名前を付ける?」
俺は悩んだ末、あの名をちんまいおっさんに伝える。
そう、『マッキ―』だ。
わかってくれていると思うが、これは俺が望んだ訳じゃない。
朝、通学路で夏木に聞いたんだがゲームではあまり自分の本名を使わない方がいいらしい。
一般VRMMOならともかく、このゲームは学校全体で参加するもの。
ゲームで何かあった時、現実で面倒なことにならないように別名の方がいいということだ。
たしかに、その通りだとその時は頷いていた訳だが、改めて自分のネームを決めようとした時に思った。
ものすごく、恥ずかしい。
なんか、あれ、自分で自分のあだ名を付けるのって恥ずかしいよな?それと同じ。
あまりゲームをやらない俺は自分にネームを付けると言うことに慣れていなかった訳だ。
だから、仕方なく『マッキ―』。
どうせすぐに止めるのだし、別にこれでいいかとこれに決めた。
「ふむ、『マッキ―』じゃな?
一応言っておくがもう変更は出来んからの?
いいんじゃな?
よし、ならこれで決定じゃ。
マッキ―よ、新たな名を得たお主を改めてこの世界に歓迎するとしよう」
よかった。
笑われなかった。
これでちんまいおっさんに笑われでもしたら、どうしようかとおもったよ。
「じゃあ、次はジョブ設定じゃ。
職業を決める前に、説明を聞くかの?」
一応、冊子は読みこんだけど、確認のために聞いておくか。
「では、始めるぞい。
まず、職業には二つのタイプがあるのじゃ。
戦闘職と生産職と呼ばれる二つじゃな。
二つとも字で感じる通りだと思って良いぞ。
戦闘職は文字通り、戦闘を行うことを前提とした職業じゃな。
冒険をしたい、モンスターと戦いたいと言う若者は此方を選ぶとよいじゃろう。
次に生産職、これも文字通り物を作り出す職業じゃ。
戦闘職の者達が使う薬、防具、武器等と作ったり、料理を作ったりすることができる。
戦うのは苦手だから街で仕事をしてのんびり暮らしたいと言う若者は此方がお薦めじゃ。
理解できたかの?
ふむ、感心じゃな。
一発で覚えられるとは筋が善い。
次は戦闘職、生産職の職業、いわゆるジョブについてじゃ。
戦闘職と生産職にはそれぞれ様々な種類のジョブがあり、それぞれに系統というものがある。
まあ、何ができて何が出来ないというタイプの違いという奴じゃよ。
たとえば戦闘職で魔法を使いたいという者は魔法使いのジョブを選ぶとよい、生産職で武器を作りたいというものは鍛造師のジョブを選ぶ、といった具合じゃ。
まあ、魔法使いじゃなきゃ魔法を絶対に使えないと言う訳ではないんじゃが、これはまた後で説明するとしようかの。
ともかく、この世界には様々なジョブが溢れておる。
自分のやりたいことにあったジョブを選ぶのが賢明じゃ。
噂では隠しジョブというものもあるらしいからの、それを捜してみるのもおもしろいじゃろう。
最後にスキルについてじゃな。
スキルには二種類あっての、それぞれをジョブスキル、マルチスキルと呼ぶのじゃ。
ジョブスキルはその名の通り、選んだ職業によって覚えられるスキルのことじゃ。
侍なら『居合抜き』のスキル、忍者なら『暗殺』のスキルなどがある。
これはその職業でなければ覚えられない特殊なスキルなんじゃ。
そして、それと違いマルチスキルはどんな職業でも覚えることができるスキルのことをいう。
たとえば侍でありながら魔法を使ってみたいと思ったら、マルチスキル『魔術』を付ける。
すると魔法使い程の魔法ではないが魔法を使うことができる。
それは忍者だろうが戦士だろうが変わらんのじゃ。
そしてマルチスキルはジョブスキルと違い、ゲーム内での行動やイベントで覚えたり、スキルショップで売っていたりもするから大概のものは比較的簡単に手に入れられるのじゃ。
ジョブスキルとマルチスキル。
6つのスキルを覚えられる中でどのスキルを覚えさせるかによってキャラクターに個性が出て、個人個人の魅力が増える。
それがこの世界での楽しみの一つになってくるのぉ。
あ、あとの、スキルには特定の二つを組み合わせることで発動する合成スキルもあるからいろいろ試してみるとよいのぞ。
少し長くなったが、これで職業設定の説明は終わりじゃよ」
ふう、長かった。
額に滲んでいた汗を拭う。
あまり発達していないゲーム脳で今の説明を理解した俺を褒めて欲しい。
知恵熱が出るかと思ったわ。
「して、マッキ―は何の職業を選ぶのじゃ」
ちんまいじいさんのそんな声と共に空中にイラスト付きで職業名が浮かび上がる。
侍 忍者=くのいち 騎士 戦士 格闘家 魔法使い 盗賊 獣使い 狩人
鍛冶師 錬金術師 裁縫師 料理人 農家 神主=巫女 神父=シスター
ふむ、本当に一杯あるな。
取りあえず、戦闘職にするということは決めている。
3日しかゲームをしない俺が生産職とか選んでも仕方ないからな。
となると、侍、忍者、騎士、戦士、格闘家、魔法使い、盗賊、獣使い、狩人、神主、神父のどれかか。
夏木から聞いた話では自分が慣れた武器を使う職業を選んだ方がいいらしいが、うーん。
弟なら剣道部だから侍か騎士を選べばいいんだろうけど、俺は帰宅部で図書委員だ。
使い慣れた武器なんてない。どうしよう・・・
悩んだ末、俺は『格闘家』を選ぶことにした。
「ふむ、『格闘家』じゃな?この職業は他の戦闘職と違い、武器を使わずに戦うことのできる職業じゃ。全てにおいて秀でた点はないが、変わりに弱点もない。近接戦闘を得意とするこの職業でいいのかの?」
使い慣れた武器って、普通の高等生なら拳だよな。
喧嘩でいちいちバットとか鉄パイプとか持ち出すのは不良のやることだ。
「本当によいのじゃな?これで決定するぞい?」
だから、いいって。
「うむ、わかった。これでお主のキャラクター設定は終了じゃ。この『カード』に全て映しておいたからの、確認しておくのじゃ」
渡されたカードの中心を言われるがまま触ると、立体映像で俺の姿が映された。
プレイアーネーム 『マッキー』
レベル 『1』
職業 『格闘家』
スキル なし
セットスキル 空きスロット6
発動スキル なし
称号 『初心者』
装備 頭 無し
腕 無し
胴 麻の服
腰 麻の腰巻
足 麻のズボン
「ん?おい、おっさん。俺、何のスキルも持ってないんだけど、ジョブスキルはその職業に就けば自動的に覚えるんじゃなかったか?」
「おお、それはの、下界に降りた時に職業訓練所でチュートリアルを受ければ覚えられるようになるんじゃよ」
そうなのか。
疑って悪かった、ちんまいおっさん。
謝るとよいのじゃよいのじゃ、と微笑まれる。
このおっさん、みてくれはちんまいけどいいおっさんだ。
そんないいおっさんは咳払いをすると、キリリとした顔でいった。
「では、若者よ。全ての準備は整った!夢と冒険の世界『ユメワタリ』へと旅立つのじゃっ! この世界で自身の夢を掴みとれいっ!」
「おう、色々ありがとな。おっさん」
「よいよい、それが仕事じゃしの。では、いってまいれ」
お世話になったおっさんと握手を交わした後、突然俺の下の床に穴が開いた。
「は?」
そして、天空の花園から落下していく俺。
ああ、そう言えば下界とかいってたわな、あのおっさん。
「がんばるのじゃぞーー!」
俺が落ちた穴から微笑んでいるおっさんの顔が見えた。
あの、爺っ!このこと黙ってやがったなっ!くそ、どうすんだよこれ。
ゲームだと分かってはいるが、無駄にハイクオリティなんだぞっ!
普通に怖えーぞ!
「う、うああああああああっ!」
そのまま、俺は落下していくのだった。
∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇
気付けば仰向けに倒れていた俺。
空高くに豆粒ほどの何かが見える。
たぶん、あそこから落ちてきたんだろうな、我ながらよく死ななかったよ。
下は石畳だってのに、ホント、ゲームでよかった。
「いっ、」
立ちあがると腰に鈍い痛みが走った。
腰痛って、腰を打ったんだろうけどなんでこんな妙にリアルなんだ、このゲーム。
「マッキ―、だよね?」
「俺をその名で呼ぶなっ!」
腰を叩いていると後ろから呼びかけられたので、反射的にそう答えてしまった。
振り返ると、そこには薄緑色の瞳で緑色の長い髪を結った美少女が立っていた。
「えっと、誰?」
「え?ああ、私だよ、私。ほら、ネーム見てよ」
美少女の顔から視線を上へと動かすと、ネームが表示される。
『ココナッツ』と。
「え?お前、夏木なのか?面影殆どないじゃん」
「そんなこと無いでしょ?顔の形はほとんどいじくってないわよ?」
むっとした表情で緑色の髪をいじくる夏木、もといココナッツ。
いや、少なくともお前はそんな反社会的な髪の色はしてなかっただろ。
「・・・俺は黒髪のほうが好きだったんだけどな」
「いいの。ファンタジーなんだから。見なさいよ、みんな髪の色とか瞳の色は変えているじゃない。そのまんま黒髪黒眼なんてマッキ―くらいなんじゃないの?」
いわれてみれば、この空間にまばらにいる人達はみんな色とりどりの髪の色をしていた。
現実の世界では無理だから、みんなゲームの世界で位は髪を染めたいのかもしれないな。
「まっ、すぐ止める俺には関係ないな。それより夏木、これからどうすればいいんだ?訓練所だったか、そこに行かなきゃいけないらしいけど、何処にあるんだ?」
「え?マッキーはまだチュートリアル終わってなかったの?私もアッキ―ももう終わっちゃったよ?キャラ設定も凝ってない癖に、なにやってたのよ」
少し苛立ちながら言う夏木。
どうやらちんまいおっさんの話を聞いている間に随分と時間がたっていたようだ。
ああ、ちなみにアッキーというのは今、手を振りながら此方に駆け寄ってくる弟のあだ名だ。
マッキ―とアッキ―、両方とも初等部の頃、夏木が付けたあだ名だったりする。
「兄さん、やっと来たんだ。って、兄さんも外見変えてないんだ。お揃いだよ」
そういう弟の姿は確かに現実と変わっていない。
が、元々が漫画やアニメの主人公みたいな奴だ。
俺よりも周りに溶け込んでいた。
「アッキー、聞いてよっ!マッキ―ってば、まだチュートリアル終わらせてないんだって、何やってたんだって話だよね。私達、早く遊べるようにってそっこうで終わらせたのに」
「悪かったって。俺はいいから先に遊んでろよ」
夏木も弟も早く遊び始めたいみたいだし、待たせるのも悪いよな。
それにいちいち急かされるのも嫌だし、先に遊んでてくれとそう言った。
すると頬を膨らませて怒っていた夏木が、突然表情を変えた。
「え、えっと、マッキ―、怒ったの?ごめんね、せかしちゃって」
あ、くそっ、やっちまった。
そう言えば昔から夏美の奴はこうだったんだ。
遊びの時は何時もより自分のテンションがあがっているのを自分でもわかっているから、相手の態度とかで気を使うようになる。
はっちゃけるならはっちゃけ続ければいいのに、面倒な性格をしてるんだよな。
最近、一緒に遊ぶことなんてなかったから忘れていた。
弟の方を見るが、困り顔で頬をかくだけ。
ああ、くそ。
「夏美、別に俺はお前と遊びたくないって訳じゃないぞ。ただ、俺はこれからチュートリアル受けに行かなきゃいけないし、待たせるのも悪いだろ?だから先に遊んでてくれないか?いや、今日は別々で動かないか?俺はゲームなんて久しぶりだし、お前達の足引っ張りたくないからさ。今日は練習に当てたいんだ。三日もあるんだし、一緒に遊ぶのは明日からでも遅くないだろ?」
出来る限り優しい口調でそう言ってやれば、下を向いていた夏美は小さく頷く。
弟に「頼んだわ」と謝っておこう。
「じゃ、兄さん。俺達は行くからさ、しっかり昔の勘を取り戻しておいてくれよな」
「わかってる。お前も明日は精々俺を引っ張って行けるよう、強くなっておけよ」
弟は「それは得意顔でいうことじゃないよ」と苦笑いする。
ま、そうだわな。
そろそろ訓練所に行こうとすれば、慌てた様子で弟に呼びとめられた。
「あっ、兄さん!フレンド登録したいからカードは見せてからいってくれよ」
「ん?ああ、フレンド登録ね。そう言えばそんなんあったな。ほれ」
カードを取りだし投げ渡してやると、弟だけではなく落ち込んでいた夏美もカードを覗き込み、叫んだ。
「「え、えええええぇぇっ!」」
な、なんだよぉ。
―――フレンドリスト―――
プレイヤーネーム 『ココナッツ』
レベル 『1』
職業 『裁縫師』
スキル 『裁縫 採掘』
セットスキル 『裁縫 採掘』空きスロット4
発動スキル 『裁縫 採掘』
称号 『初心者』
所持金 2000G
装備 武器 銅の鋏
頭 無し
腕 無し
胴 麻の服
腰 麻の腰巻
足 麻のズボン
プレイアーネーム 『アッキ―』
レベル 『1』
職業 『戦士』
スキル 『投的 あばれる 妨害』
セットスキル 『投的 あばれる 妨害』空きスロット3
発動スキル 『投的 あばれる 妨害』
称号 『初心者』
所持金 1000G
装備 武器 銅の剣
頭 無し
腕 無し
胴 麻の服
腰 麻の腰巻
足 麻のズボン