第二十二話
『酒場』。
さまざまなプレイヤーが集うその場所に訪れたのは久しぶりだった。
普通にプレイをしているのなら、主にプレイヤ―同士の交流やパーティーを作る相手を探す場所として利用されるこの場所に訪れる機会は、言うまでもなく多い。
しかし、俺の場合はそうじゃなかった。固定パーティーを組む二人が、知らないプレイヤーとの交流や新しいパーティーメンバーを探すことを嫌がっていて、また俺自身もそこまで積極的にはなれない。
そんな俺にとって酒場は、気の利くマスター(おっさん。この世界のおっさんは皆いい人)には悪いがは、あまりなじみの深い場所じゃない。偶にマナやユウヤミ以外の知り合いと会う時に待ち合わせ場所として使うくらいだ。
そんな馴れない場所で初めてのことをしようというのだから、緊張していた俺ではあったが、しかし、その緊張は酒場に入った瞬間に消えた。普段であれば人であふれ賑わいを見せる酒場が、今は静かだった。人も疎らで数えるほどしかいない。思えばそれも当然だろう。ほとんどのプレイヤーはある一大イベントに参加しており、忙しいのだ。
俺は拍子抜けした気分で本来なら少しの間は待たなければならない掲示板の前に立ち、掲示板に張られた紙に手をかざし、スクリーンを立ち上げる。
そして、馴れない操作に戸惑いながら目的のモノを書き上げる。
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(モンスター討伐依頼)
『『明け方の湖畔』にボスモンスター出現』
『明け方の湖畔』にボスモンスター「グレートキングアイアンオーガ」が現れた。
戦力求む。
現在、騎士一名(レベル30前半)
巫女一名(レベル30後半)
格闘家一名(レベル30前半)。
募集主・マッキ―
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モンスター討伐の依頼。まあ、簡単に言えば一緒に狩りしませんかという依頼を掲示板に書き込んだ。初めてのことだったから、何を書けばいいのか悩んだ末に俺は必要と思われる情報だけを書き込むことだけにした。本当なら気の利いたあいさつとかを書いた方が反応が良いんだろうけど、まあ、これでも大丈夫だろう。
うん。いや、別に気の利いたあいさつが思い浮かばなかったわけじゃない。本当ならとびっきりのジョークも書き添えたかったが、逆にそういうのがない方が緊急依頼って感じがして人も集まるかなと思ったんだよ。
うん。ほんとほんと。
「と言っても、まあ、これじゃあ、どう書いたところで人が集まるかは微妙だよな」
俺はガラガラの酒場を見て呟いた。
というか、たぶん、この掲示板への返答はしばらくないだろう。今始まっている一大イベントが終わるまでは、返答はない。それはわかっていたが、まあ、もしもということがある。待つにしても、ただ待つのと何かやってから待つのでは色々と違う。特に俺の自己満足という点で。
俺は待つことを選んだ。
定石通りにグレートキングアイアンオーガを倒すために必要な戦力が揃うまで、奴の討伐はあきらめる。もちろん、それは今起こっている一大イベントが終わるまで俺達のゲームの攻略が進まないということでもあるが、まあ、それについては別に大きな問題じゃないだろう。
別にあの銀色の巨大豚が倒さなければゲームで遊べないというわけじゃない。『明け方の湖畔』以外のフィールドに行けばいいだけの話だ。幸に『明け方の湖畔』以外にも俺達のパーティーの平均適正レベルと同程度の難易度のフィールドは存在する。あの銀色の巨大豚を倒せる戦力が揃うまでは、他のフィールドでマナやユウヤミと遊ぼう。
所詮はゲーム。時間をかけて攻略して何の問題もない。
問題があるのは、メンバーが揃うまでではなく、揃った後だろう。
「別に五~六人の少数で狩りする訳じゃないし、十数人での集団戦なら、その分、他のプレイヤーと関わる時間も減る。マナとユウヤミも、まあ、嫌がるだろうけど納得はしてくれる。・・・はず」
断言はできない。けれど、これしか方法がないのだから仕方がない。
俺は何とかなるだろうと頭を掻き、掲示板の前を後にする。
もし書き込みがあれば自動的に俺に酒場からメッセージが送られてくるから、何時までもここにいる必要もない。
掲示板から立ち去ろうとした俺に、一つの紙切れば目に入る。
俺が書き込んだ『募集掲示板』の端にポツンと張られていた依頼書。
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(おつかい依頼)
『職業レベル不問』
誰にでもできる簡単なお仕事です。
報酬・働きに遭った経験値。及び魔導書一個。
募集主・運営
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初心者にゲームに慣れてもらうために運営が出すレベルも職業も不問のよくある「おつかいクエスト」。俺も『ユメワタリ』を正式に始めた当初、幾つかゲームに馴れるためにこなしている。内容は薬草の採取だったり、文字通り「お使い」的に品物を人に運んだ利するだけの簡単な依頼だ。
おそらく俺達新入生が『ユメワタリ』を正式に始めた数か月前に発行され、今まで売れ残っていたその依頼書を俺は手に取る。
内容は不明。不親切だ。たぶんそれが売れ残りの原因だろう。「お使い」的な依頼にはフィールドを行き来しなければならないものや届け先の人物がどこにいるのか不明なものなどもある。おそらくリアリティーを出すための演出なのだろうが、時間を無駄に消費する上に報酬もあまりいいものがないそういった依頼はやりたがらないプレイヤーの方が多い。
俺だってそうだ。だが、この依頼の報酬には惹かれるものがある。
「『魔導書』か・・・アニメみたいに火とか水とか雷とか出るんだよな。・・・かっこいい」
確か『魔術』のスキルカードを買って、『魔導書』を使えば魔法を一個覚えられるんだよな。格闘家じゃ杖とか装備できないから、威力は多分低いだろうけど、それでも心惹かれるものがある。かめかめ波とかマカンコウビームとか出ないかな。
「ふむぅ」
どうせ時間もあることだし、やってしまおう。
俺はしばらく迷った後、男のロマンを叶える為に依頼書を手に取る。
俺は依頼書をもって受付に向かった。
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『おつかい依頼』の依頼主は意外なことに俺の旧知の人物だった。
久しぶりに会うその人物のことを思うと、心が躍る。暑苦しかったあの人は、きっと今も変わらず暑苦しいままだろう。
俺は『オウコク学園都市』の中心にある大広場の近くにある建物を目指して歩く。
忙しなく走り回っている多くのプレイヤーをしり目に歩けば、すぐに目的の建物を見つけた。
うん。『輝け!格闘家!』と書かれた大きな垂れ幕の下がる建物。
ここで間違いない。
俺は実に数カ月ぶりに、格闘家の訓練所に俺は足を踏み入れた。
さて、あの人はいるだろうか。
「すいませーん!依頼を受けに来たんですけどー!」
扉をくぐり腹から声を出す。あの人はすぐに表れた。
「おお!お前が我の依頼を受けてくれた・・・ん?おお!お前はマッキーではないか!久しいな!」
相変わらず暑苦しい筋肉という鎧をまとったムキムキのおっさんは、俺を見るなり豪快に笑った。ムキムキのおっさんはどうやら俺のことを覚えてくれていたらしい。
俺は驚いた。おそらくNPCであるムキムキのおっさんがまさか俺の名前まで覚えているとは、すごいな『ユメワタリ』。いや、最近のゲームじゃこういうのは普通なのだろうか。
ふむ、最近『ユメワタリ』しかゲームをやっていない俺じゃ。わからない。
「俺のこと、覚えていてくれたんですね」
「ははは!当然であろう!マッキーは我の今年の唯一の弟子であるからな!忘れたりなどはせんよ!」
「そういや、そんな話もありましたね。・・・って、へ?唯一の弟子?一番弟子じゃなくて?」
「無論、一番弟子でもあるぞ!そして、残念なことに今年の格闘家はマッキーだけだからな。唯一の弟子とはそういう意味だ」
ああ、うん。そうなんだ。格闘家。今年は俺一人だけなんだ。
同級生たちは優秀だな。きっと、下調べをしっかりとしていたんだろう。つまり地雷を踏んだのは俺一人だけだったということか。
まあ、別にいいんだけど。
「ん?なんだ?兄弟弟子が居なくて落ち込んでおるのかマッキーよ。なあに、気にするな。我はお前という弟子がいるだけで満足だ。それでよいではないか!」
「いや、まあ、おっさんがそういうならそれでいいですけど・・・この訓練所、弟子不足で潰れたりしないのか?」
不人気すぎて格闘家という職業がシステムから削除されるとか、ないだろうな・・・。
「潰れん潰れん!細かいことを気にすると禿げるぞ!細かいことなど気にせずに我の様な大きく寛大な心で物事を捕えるのだ」
「いや、スキンヘッドのおっさんに言われても」
テカテカと輝く太陽のような頭をペシリと叩きムキムキのおっさんは笑う。
「おおっと!そうであった!だが、勘違いするなよ。我は禿ではない!剃っておるのだぞ」
「いや、どっちでもいいけど、まあ、うん。そろそろ話を進めませんか?」
「おお!そうであったそうであった!けど、その前にマッキーよ。お主にこれをやろう。お主がまた此処に訪れることがあれば渡そうと思っていたのだ」
ムキムキのおっさんはどこからか銀色のネームタグの様なものを取り出した。差し出されたそれを受け取ると銀色のネームタグは俺の身体の中に溶けていった。
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称号獲得 『マッキー』は条件『格闘家訓練所の師範代から称号を受け取る』を満たしたので新しい称号『孤高の闘志』を手に入れました。
称号 『孤高の闘志』 一人で戦闘を行う際の攻撃力・防御力が10%上昇
称号獲得 『マッキー』は条件『称号『飼い犬』と称号『孤高の闘志』を手に入れる』を満たしたので新しい称号『闘犬』を手に入れました。
称号 『闘犬』 戦闘を行う際の攻撃力・防御力が5%上昇。
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「『孤高の闘志』?いや、なんかすごい使えそうな称号を手に入れたけど、いいのか、おっさん?俺、何にもしてないぞ。孤高って程に一人で攻略もしてないし」
「ははは!何を言っている!マッキーは既に孤高の存在だろう。だってほら、今年の格闘家はマッキーただ一人だけであろう」
ああ、孤高ってそういう意味か。孤高(物理)。笑えねーよ。
とりあえず俺は称号を『飼い犬』(経験値アップ)から『孤高の闘志』に付け替えておく。称号『飼い犬』を持っていたおかげで同時に手に入れた『闘犬』の方がソロプレイ限定という制限がない分、使いやすそうだが、まあ、今は俺一人だから単純に攻撃力と防御力の上昇率が良い方を付けておく。
マナやユウヤミとパーティーを組む時は『闘犬』に付け替えよう。
「よし!渡す物も渡した。それではマッキーよ、我の依頼についての説明をしよう」
「ああ、お願いします」
「うむ、実はマッキーに頼みたい依頼とは、届け物なのだ」
ムキムキのおっさんの依頼内容は予想通りのものだった。
「この我が記した書物、『だれでもできる!簡単護身術!初級編』を町はずれに店を構える『薬屋』のばあ様に渡してきてほしいのだ。本来なら我自身で行くべきなのだが・・・最近、このあたりに物騒な空気が流れておる気がしてな、この訓練所を空にする訳にもいかんし、頼みたいのだ」
お使いの様ですまんなと頭を掻くムキムキのおっさんに大丈夫だと首を振る。
簡単な依頼内容で正直、助かった。運営が出すNPC経由の依頼は面倒事がないので安心はしていたのだけれど、ムキムキのおっさんの話を聞いて改めて安心する。
今の『オウコク学園都市』に流れる不穏な空気とは全く関係のない、ありきたりな内容は俺が征くと決めた道から寸分のずれもない。
うん、よかった。
そして、人間とは不思議なもので安心すると全く関係のないものに興味が湧く。
「なあ、おっさん。『薬屋』のばあさんって、いくつ位なんだ?」
「ん?知らんな。ばあ様は我が子供の頃からばあ様だったからな」
マジか。おっさんが子供の頃からばあさんって、いったい幾つだよ。いや、まあ、全部『ユメワタリ』のシステム上のことなんだろうけど、以外その辺の細かい設定はガバガバなのか、『ユメワタリ』。まあ、普通はNPCの年齢なんて気にしないか。若い綺麗なお姉さんの年齢ならまだしも、ばあ様だからな。
「そんな、ばあさんが護身術に興味があるって、ずいぶんアグレッシブな、ばあさんだな」
「いや、この我の書物『だれでもできる!簡単護身術!初級編』を欲しているのは、ばあ様ではなく最近店で働くようになった少女の方だ。・・・あまり大きな声では言えんのだが、その少女は少し訳ありらしくてな、護身術に興味があるそうなのだ」
「訳あり?」
「うむ、その少女は錬金術師らしく、前は大通りで店を出していたらしいのだが、経営が上手くいかずに店を畳んだらしい。その際に少しばかりの借金を性質の悪い輩から借りてしまったらしくてな。それを人の好い、ばあ様が匿っているらしい」
そして、何かあった時の為に護身術を身につけておきたいというこか。
まあ、筋の通ったストーリーだ。
「我がその性質の悪い輩を成敗してやっても良いのだが、それは少女に断られてしまった。金を借りたのは自分なのだから、きっちり返すとな。筋の通ったなかなか良い少女だ。マッキーよ、届け物しっかり頼んだぞ」
「ああ、任せてくれ」
やるべきことは簡単で、目的も誇れるものだとするのなら、迷うことはなにもない。
俺は大手を振ってムキムキのおっさんに教えてもらった『薬屋』へと向かうのだった。
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『おーさま』と呼ばれたあの人、『あーさー』のことを考える時、私の脳裏に浮かぶ光景はいつも決まっていた。
あの人は何時も一人、背を向けて歩いていた。
多くの者たちの前を、歩いていたのさ。
あの人の後に続くものは多くいる。ギルド『おーこく』において『えんたくのきし』と呼ばれる最古参のプレイヤー達である私達。私達の多くはあの人の背中を信じ歩き、その他大勢のプレイヤーもまた実直にその足跡をたどるのだろうさ。
曰く、最大手ギルドのギルド長。
曰く、最強のプレイヤー。
あの人のことを表す言葉は多く存在し、だから誰もがあの人を『おーさま』と呼び称えた。
----『王さま』『王さま』『王さま』『王さま』----
そして、何時しか誰もがあの人の名を忘れちゃった。いや、恐れ多いと感じたのだろうさ。名を呼ばないことで敬意を表していたのだろうさ。けれど、どちらも同じさ。
私は知っている。
名を忘れ去られたあの人が人目を忍んで流した、その悲しみを、私は知っている。
『えんたくのきし』の一人である私は『おうさま』の孤独を知っているのさ。
「・・・だから、私は『おーこく』の危機に喜んじゃってる。最低さ、うん、自覚している。事が終わったその時に裏切者として火刑に処されることすら、私は受け入れられるだろうね」
それほどまでに焦がれた。待ち望んだ時。
「『おーこく』に対し立ち上がった『じんみん』による革命。裏で糸を引く『ぶんぶれん』。漁夫の利を狙う『にじいろのきずな』。いいさ、実にいい。あの人が立つに相応しい舞台は整ったね。---お礼を言うよ。名前もしらない革命の徒たち。君たちは、実にいい働きをしたよ」
私は何時になく高揚した気分を隠すつもりもなく、口元を釣り上げながら『じんみん』を率いるリーダーが潜んでいるであろう場所、『ぶんぶれん』が本拠を置く町はずれの街道を歩いていた。道すがらであう『じんみん』や『ぶんぶれん』のメンバーは私達を見るなり攻撃を仕掛けてくる。
「『円卓の騎士』!覚悟!」
やはり、『おーこく』の中心メンバーである『えんたくのきし』の顔は割れているようだね。
けれど、そんなことが、長年あの人と共にあった『えんたくのきし』達の障害になる筈もないよ。
襲ってきた相手は私が放った魔法であっさりと崩れ落ちた。
「年季が違うよ。ねえ、子羊」
「『めりー』って呼ぶなし!うちの名前は『めりおっと』!毎回毎回!いい加減にしろし!」
「ああ、ごめんね。ついね、いかにも魔人復活の生贄にでもされそうな勝ち気でいたいけな君を見ると、勝手に口が動いてしまうのさ。子羊」
「・・・あんた、うちのこと本気で怒らせたいの?いいよ、やってやるし。裁縫師舐めんなし」
私の連れ合い。『えんたくのきし・めりおっと』こと『裁縫師めりおっと』はアイテムボックスから赤い宝石の付いた金剣と青い宝石の付いた銀剣を取り出すと私の方に向けてくる。
むむ、不味いね。どうやらやり過ぎてしまったようだ。
「あは、そう怒らないでよ。私達は数少ない昔なじみじゃない」
「その昔なじみの名前もろくに覚えてないってありえないし」
「覚えているさ。めりおっと。君の名前は、めりおっと。忘れた訳じゃないさ」
「なら故意に間違えてたってことだし。余計に性質が悪いし」
「む、むむ、なら、どうすれば君は私に宝剣を向けるのをやめてくれるのかな?」
「謝るし」
「ごめんなさい」
「うん。許すし」
頭を下げた私に『めりおっと』は頷き両手に持った宝剣を下げてくれた。
危なかった。彼女が本気で怒っていたら、いくら高位の魔法使いである私でも、対処できるか解らないからね。
「それで、これからどうするし?あんたがどうしても此処に来たいっていうから、うちも『王さま』の命令であんたの護衛としてここに来たけど、目的はなんなのか、うち聞いてないし。いい加減教えろし」
「なに、目的は至極簡単なことさ。『じんみん』のリーダーの顔を見ておこうと思って、ここに来たのさ。『おーさま』である、あの人は別として、私達の多くの顔は割れているのに、私達だけ『じんみん』のメンバーの顔を知らないというのは、拙いよね?言うまでもなく、『じんみん』の革命は今回のMMOカリキュラムのリミットではあるゲーム内での一週間を越えて来週まで、下手をすると一カ月はかかるかもしれないイベントだよ。情報戦で最初から後れを取るわけにもいかないさ」
「なるほど、けど、そう簡単に見つかるものじゃないと思うし。『文武連』の連中と違って、『人民』はギルドという形すら取っていない連中だし。そのリーダーが名前や顔をそうそう知られるような真似をするとは思えないし」
「そうだね。確かに、おそらく『じんみん』のリーダーは王政に対して革命を起こそうとするほど男気の有る人だけど、同時に思慮深くもあるはずさ。そうでなければ私達『おーこく』に知られずに『ぶんぶれん』との水面下の交渉なんてできなかっただろうね」
「なら、」
「けど、悲しいかな、相手が男の子である以上、取れる手段はいくらでもあるよ」
「どういう意味だし」
「ふふ、メリー、いや、めりおっと。私達がこうして、『ぶんぶれん』の本拠が近い此処に二人だけで来ている。その事実を客観的に見てみるといいよ」
「客観的に?」
「そう、女の子がたった二人で此処にいる。その意味はなんだろうね?」
そこまで言えば、めりおっとは気がついたようで呆れたような視線を私に送る。
ふふ、そう、女の子が二人。それも片方は戦闘職ですらない裁縫師。
そんな私達が自分たちがアジトを置く場所をふらふらと歩いている。その事実に、男気あるれるであろう男の子がどう反応するかは分かり切ったことだね。
「男の矜持を利用するとか、あんた、最低の女だし」
「ふふ、褒め言葉ありがとう。けれど、これくらいはしてもいいさ。何しろ私たちのギルドを壊滅させようとしている奴が相手だからね」
『おーこく』を相手に弓を引いた男の子。たとえ、それがどんな人であれ、ここまで舐めた真似をされて黙っている筈がない。即戦闘、というわけには行かないだろうけれど、顔を出して宣戦布告位はしてくるに違いないよ。いや、しなければならないだろうね。
私達がここにきているということは、先ほどの襲撃から分かる通り、『じんみん』も『ぶんぶれん』も知っている。
それなのに隠れているような人に従うほど、『じんみん』と『ぶんぶれん』の人たちも馬鹿じゃないよ。
私達はNPCなどではなく、プレイヤーなのだから。
「それもそうだし」
めりおっとは笑い。
「そうだよ」
私も笑った。
そして、ソイツは現れた。
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ソイツは一目見て、ただモノではないと分かる恰好をしていた。
その恰好を一言で表すのなら、そう『暴徒』だ。
首から下は珍しくもない初級装備のアイアンシリーズ。しかし、その腕部部分の装備であるアイアンアームだけは、所々に歪みが入り汚れが目立つ。その意味を考えただけで、私は恐ろしいと感じてしまった。仕方がないさ、私も『ユメワタリ』では高位の魔法使いだけれど、現実の世界ではただの女子高生。
あからさまに武器は使わずに拳で殴らなければならない何かを日常的に殴り付けているのだろう痕跡を見せられて、動揺しない筈がない。
加えて、顔の装備が異常だった。本来、アイアンシリーズで統一するならそこに収まるべきヘルメット型の装備アイアンヘルムはそこには無く、鉄製のバイクのヘルメットをソイツはかぶっていた。
異常であり、異形だった。
隣にいる、めりおっとの息をのむ音が聞こえる。
思わぬ出会いに硬直した私たちをしり目に、ソイツはゆっくり歩いて私たちの方へと向かってくる。まるで私たちのことなど知りもしないとでもいうような、自然体だった。
平時であれば私達はソイツをただの目立ちかがりやな馬鹿だと思っただろうね。
けれど、『じんみん』が起こした大イベントの最中なら話は別だよ。
『えんたくのきし・めりおっと』と『えんたくのきし・けい』。
私達の顔を知らないプレイヤーなんて、今はいない。
私はソイツに話しかけた。
「君は、誰かな?」
ソイツは私とめりおっとの前、1メートルほどの処で立ち止まった。
ライダーヘルムの下から覗く眼光が私たちを捕えた。
横のめりおっとは既に宝剣を抜いている。
その宝剣、『金剣銀剣』は最上級の裁縫師であるめりおっと自身が魔力装飾を施した一品。
振れば一切のタイムラグなく高位の魔法を放つことのできる魔法剣。
魔力の消費なく回数制限が切れない限りは降り続ける限り魔法を放ち続けることのできるその宝剣は魔法使いである私から見ても強力な装備。誰もが欲しいと思えるそんな武器。
それなのに、ソイツはそんなものには興味がないとでも言いたげに、一瞥しただけでもう『金剣銀剣』を見ようともしなかった。
まるで自分には装備する必要がないとでも言いたげな目だった。
それがめりおっとの琴線に触れたんだね。
自分が作った自慢の一品を馬鹿にされたと思っためりおっとは顔を苛立たし気に歪ませながら吠えた。
「あんた、何なんだし!」
「・・・似ているな」
ソイツが呟いた言葉を聞いて、最初、私は何を言っているのかわからなかったよ。
「似ているな」。たぶん、めりおっとがソイツの知る誰かに似ているってことを言いたかったんだろと思った。けど、私達と相対したこの状況で、そんなことを言う意味がどこにあるのかが、わからなかった。
だから、私達は次に出てくるだろうソイツの言葉を待っていた。
だというのにソイツは---
「んじゃ、またな」
---そういって、私達二人の間を通り過ぎていった。
「は?」
「へ?」
ソイツが通り過ぎていった後、私はめりおっとと顔を見合わせて数秒の間、固まってしまった。そして、二人合わせて後ろを振り返る。
そこには何の警戒もすることなく背を見せて、立ち去っていく、そいつの姿があった。
「な、なな、な!」
めりおっとの顔が紅潮し、言葉にならない声が漏れていた。
私が止める間もなく、めりおっとは立ち去るソイツの背に向けて魔法剣を振った。
「舐めんなし!」
『金剣銀剣』から放たれた火と氷の魔法弾がソイツに向かって飛んでいく。
その魔力を感じ取ったのだろう、ソイツは振り返り---吹き飛ばされた。
振り返ったソイツは吹き飛ばされる寸前、「え?ちょ!?『がま--』」と何か言っていたけど、何もする暇もなく『金剣銀剣』の魔法弾は炸裂して、ソイツは吹き飛ばされた。
「・・・」
「・・・」
予想外の事態だった。それはめりおっとも同じだったようだ。
うん、そうだよね。
まさかソイツがノーガードで攻撃を食らうなんて思わなかったよね。異様な格好に似合った奇策でも使った防ぐなり避けるなりすると思ったよね。
うん。私も思ったさ。
けど、ソイツは普通に吹き飛ばされた。
私達は普通に吹き飛ばされたソイツの元に向かう。
一応、体力は残っているようで死に戻りする様子はない。しかし、ソイツは状態異常・気絶を起こしていて、立ち上がる様子もない。
ただ、決して離さないと、その手に握られている本が印象的だった。
『だれでもできる!簡単護身術!初級編』。なんだそれ。
「ねえ、めりおっと。もしかしてさ、この人」
「・・・言うなし」
「この人、『じんみん』とか『ぶんぶれん』と関係ない、ただの一般人じゃ」
「言うなし!」
めりおっとは頭を抱えて叫んだ。
私は、うん、どうしよう。




