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世界は俺の隣を中心に回っていた  作者: 白白明け
寡黙無愛想腕組み男&黒髪黒眼天才男
22/24

第二十一話

「ぶもぉぉぉぉおおお」


『明け方の湖畔』にアイアンオーガの咆哮が響く。そして、降ろされる巨木の丸太をそのままこん棒にした武器と呼ぶには粗末すぎるそれは、しかし、見た目通りの重量を備えていた。俺は腕を交差させてその振り下ろしの攻撃を受ける構えをとると同時にスキルを発動させる。


「『がまん』!」


格闘家の専用スキル『がまん』の効果はその場から動けなくなる代わりに一時的に自分の体力と防御力を上げるというもの。完全に防御の態勢。

しかし、それではまだアイアンオーガの攻撃を防ぐには足りないということを俺は死に戻りの経験から知っている。数十分前に俺はこの『がまん』の態勢を崩されて、車に引かれたカエルの様に潰されている。

アイアンオーガの剛撃は完全な防御の態勢を容易く崩してくる。無論、防御力に特化した『騎士』なら防ぐこともできるだろうが、そこは不遇職である格闘家。中途半端に高いだけの防御力ではアイアンオーガの剛撃は防げない。

だから、後方に控えるユウヤミが『結界』スキルを発動してくれた。


「『結界』防御の型!マキ、耐えて!」


「おう!」


『結界』のスキルの効果は味方の能力を上昇させる結界を張ることが出来るというもの。その恩恵は『結界』の効果範囲内にいる全ての味方に与えられる。今回は防御力を上昇させる結界を張った。

それにより、俺はアイアンオーガの攻撃を耐え逆に丸太のこん棒を弾き返す。


「ぐぶもぅ!」


まさか弾き返されるとは思っていなかったのだろうアイアンオーガは情けない声を出しながら、後ろに仰け反りバランスを崩す。


「今だ!マナ!」


「わかってる!うりゃ!」


マナの鉄槍がバランスを崩したアイアンオーガの片足を捕える。アイアンオーガは声も上げられるまま足を取られて倒れた。

俺は即座に倒れたアイアンオーガの身体に上り、マウントポジションを取る。

そして、拳を鳴らす。アイアンオーガの顔が恐怖に引き攣った。


「安心しろ。美味いとんかつにしてやるから。『ラッシュ』」


「うへぇ、マナってば変なの想像しちゃったじゃん。止めてよね。『スパイラルスピア』」


「二人とも、最後まで気を抜かない方がいいわ。死んじゃうわ。『結界』攻撃の型」


俺たち以外誰もいないフィールドにアイアンオーガの叫び声が響いた。



∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇



アイアンオーガの討伐を終えた俺たちは小休憩をするために湖畔の近くの岩場に腰を下ろしていた。『明け方の湖畔』というフィールド名だけあって、このフィールドには大きく美しい湖畔が広がっていた。俺は立ち上がって湖畔に向かい水に触れる。冷たい。俺は水をすくって顔を洗う。冷たい水が疲れて熱を持った体温を下げてくれる。思わず鎧を全て脱いで水浴びをしたい気分になるが、止めておこう。襲われるかもしれない。誰にとは言わないが。

俺は二人の元に戻る。ユウヤミがブルーサイダーを用意してくれていたので受け取る。


「ありがとな、ユウヤミ」


「ええ、貸し一つね」


「・・・おい」


「冗談よ」


「ちょっと、マナのマキといちゃいちゃするなし」


「誰がお前のだ」


クスクスと笑うユウヤミに、目くじらを立てるマナ。いつも通りの光景だった。


「にしても、最初はびびったが、アイアンオーガも三体目になると意外と楽勝だな」


「そうね。アイアンオーガは元々特別な攻撃もしてこないモンスターだもの。ダメージの大きい振り下ろしの攻撃にだけ気を付ければ大丈夫よ」


「そうそう、あんた豚野郎雑魚じゃん雑魚。で、あと何体くらいでマキの新装備は揃えられそうなの?」


「後に二体くらい倒せば十分だ思うが」


「なら、パパッとやっちゃおう!」


笑ってそう言うマナの言葉に俺達は頷いた。俺たち三人は全員、この時まで知らなかったのだ。あの絶望の存在を。

それを責めることは誰にもできないだろう。俺はゲーム初心者だから、そういう攻略情報というものを集めるのが得意ではなかった。ネットに上がっている掲示板を見る程度ならともかく、MMOにおいて基本となるプレイヤー同士の情報交換というものを俺は親しい間柄の奴としかしていない。それも最近は色々と忙しい事態が各所で起きていたので、おろそかになっていた。マナとユウヤミは言わずもがな、こいつらにそんな対人能力はない。

だから、俺たちは知らなかった。

アイアンオーガを一定数倒すとランダムでフィールドに出現するボスモンスター。

本来は出現したら『明け方の湖畔』で狩りをしているプレイヤー全員対処することが通例となっているモンスター、グレートキングアイアンオーガ。

巨大な体躯を持った銀色の二足歩行の豚の形をした絶望が大樹の丸太を二本もってやってくる。


「ぶぶぶぶぶもおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


『明け方の湖畔』が揺れた。

凄まじい咆哮に込められる感情は、豚語を解さない俺でもわかる。同族を殺された怒りと憎しみ。それらが交わり憤怒となってグレートキングアイアンオーガの瞳を真っ赤に染めていた。


「ちょ、な、なにあれ!なにあれ!」


いち早くその憤怒の化身の姿を捕えたのはマナ。マナはポカンとしばらくその巨体を見て放心した後、慌てふためいてグレートキングアイアンオーガを指さす。

それがまずかった。マナがグレートキングアイアンオーガを見つけたということは、グレートキングアイアンオーガもまた俺たちを見つけたということ。

忘れてはならない。深淵を覗く時、深淵もまた俺たちを覗いているのだ。


「それは言葉の意味が違うわ。マキ、辛い現実から眼を背けて死にたくなる気持ちはとても共感できるのだけれど、今はその時ではないわ」


「・・・ああ、わるい。ちょっと、幻覚かとも思ったんだが、違うのか。なんだあの巨大な銀の豚。アイアンオーガがただの豚に見えるサイズだぞ。いや、どうせあれも飛べないだろうから、まあ、ただの豚なのだろうけど」


「ちょ!アキ!意味わかんないこと言ってんなし!アイツこっち来てるよ!どうすんの!」


「どうするって、そりゃ逃げるしかないだろ。どう見ても俺たちの平均レベルより、適正レベルが高いぞ。勝てるわけないだろ」


「いえ、それは無理ね。私も初めて見るけれど、あれは多分グレートキングアイアンオーガよ。この『明け方の湖畔』のボスモンスター。逃げても追ってくるわ」


ボスモンスター。つまりはかつて俺とマナに苦汁を舐めさせた相手、『未明の渓谷』で戦ったコカトリスと同じボスキャラということか。なるほど、確かにそれでは逃げ切ることは難しいだろう。ボスモンスターは普通の敵モンスターと違い、逃げてもしつこく追ってくる。完全に撒くにはフィールド移動しなければならない。

つまり『明け方の湖畔』からでなければならないわけだが、こうしている間にもグレートキングアイアンオーガは全速力でこちらに突進してきている。俺たちが全力で逃げたところで、追いつかれるのは確実な速度。俺一人なら、称号を『負け犬』に返ればその逃走時の速度強化の補正で逃げ切れるかもしれないが、俺は横目でマナとユウヤミを見る。

まあ、出来る訳のないことだった。


「ユウヤミ、俺に『結界』をかけてくれ」


「戦うの?」


「逃げられないなら戦うしかないだろ。とりあえずやるだけやってみよう。頑張って無駄になるのが時間だけなら、頑張るべきだろ」


元々、ゲームなんてものは時間を楽しく消費するためにやるものだと俺は思っている。なら、頑張って失敗して時間を無駄にしても、失うものは何もない。


「そう、あなたがそうしたいなら、それでいいわ。マナちゃんも、いいわよね」


「マナちゃんって呼ぶな!何回マナに同じこと言わせるのよ!」


「ごめんなさい。マナちゃん」


「あー!もう!」


「あー、もう、いいから。二人とも喧嘩は後にしろって。ほら、来たぞ。豚の王さまが」


「ぶぶぶぶぶもおおおおおおおおおおおおおおおおお!ぶぶぶぶぶもおおおおおおおおおおおおおおおおお!ぶぶぶぶぶもおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


「うっさい!マナが喋ってるんだから黙って!死ね!豚野郎!」


マナが切れた。いや、女の子が死ねとか豚野郎とかいうなよな。切れたマナは槍と盾を構えてグレートキングアイアンオーガに向かって行く。


「・・・って!おい!一人で行くな馬鹿!ユウヤミ、結界頼んだ!」


「ええ、わかったわ。けど、『結界』を使っても多分あの豚の攻撃は一撃位しか耐えられないと思うわ」


「わかってる」


俺はアイテムポーチから薬品瓶を二つ取り出す。不遇職と呼ばれる格闘家である俺は、こんなこともあろうかと以前に手に入れたアイアンバットの血を使って錬金術師であるゴンゾウさんに防御力上昇の増強剤。『硬化の水』を作ってもらっていた。一定時間、防御力を上昇させるそれを俺はひとつを自分の身体にふりかけ、もう一つを先走ったマナに投げてぶつける。


「ふぎゃっ!?なにすんの!」


「ちっと頭冷やせ!闇雲に突っ込んでも踏みつぶされて終わりだぞ」


「うぅ、じゃあどうすんのよ」


「アイアンオーガの時と同じ作戦で行く。とりあえず俺が陽動して攻撃を誘発するから、マナはそのすきに後ろに回り込んで足狙ってバランス崩せ」


グレートキングアイアンオーガは巨大だが、外見上はアイアンオーガと大差ない。王冠の様なものが頭のてっぺんに乗っているくらいだ。なら、たぶん、攻撃のパターンも同じようなものだろう。違う点はアイアンオーガと違い武器を両手に持っていること。そこに気を付ければ、なんて俺は考えていたのだが、浅はかだった。

本来であれば、集団で戦わなければ勝てない相手に1パーティー。しかも、パーティーの最大人数の半分しかいない俺達三人で勝てるほど、銀色の豚の形をした絶望は甘い奴じゃなかった。


グレートキングアイアンオーガが飛んだ。飛べない豚がただの豚だというなら、グレートキングアイアンオーガはただの豚ではなかったらしい。

その巨体をからは想像もできない、重さを感じさせない軽やかさでグレートキングアイアンオーガは飛び跳ね、そのまま上空に数秒上昇し続けたかと思うと、次の瞬間、落ちてきた。落下の衝撃はすさまじく地面を割り大地を震動させる、奴のバランスを崩そうとしていた俺たちのバランスを崩させた。

そして振りかぶられる大樹の丸太。


「っっ、マナ!避けろ!」


「え?」


俺はその丸形から、マナを守ろうとして、あっけなく潰された。

本日二度目の死に戻りだった。



∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇



「え?にゃに、手ごわい敵モンスターについて知りたいのにゃ?にゃは、マキもようやくゲームに興味を持ってくれたみたいでメメも嬉しいにゃ。手ごわい敵、そうにゃあ、まあ序盤で気を付けるボスモンスターはコカトリスと、あとグレートキングニャンニャンオーガかにゃ。特に後者のグレートキングニャンニャンオーガは特殊にゃ。ニャンニャンオーガを一定数狩るとランダムで出現するボスモンスターにゃんだけど、一度出現したら倒すまでずっとフィールドに居座るのにゃ。フィールド移動しても消えないにゃ。だから、現れたらフィールドにいるプレイヤー全員で狩るのが通例にゃ。数の暴力でボコボコにするにゃ。え?フィールドにいるプレイヤーで勝てなかったら、どうするかかにゃ?それはあれにゃ、諦めるしかないにゃ。っているのは冗談にゃ。まあ、応援を呼ぶしかないにゃ。一度湧くとそのフィールドでのプレイが出来にゃくにゃる特殊なボスモンスターにゃから、大手のギルド、『王国』や『文武連』、『虹色のきずにゃ』は何時でも討伐の依頼を受け入れているのにゃ。にゃから、どうしても倒せそうもない時はお願いすばいいにゃ」


グレートキングアイアンオーガとの死闘が全滅という結果で終わったその日の夜、俺はコボルトジャーキーを齧りながら、MMOカリキュラムが開始する前に現実世界の教室で早乙女と交わしたそんな会話を思い出していた。

グレートキングアイアンオーガのと戦いに無策で挑んでしまったこと。敗因は早乙女がもうすぐ始まる『ユメワタリ』での生活に胸が躍り、MMOカリキュラムが始まる前からゲーム内でのキャラを被り俺と会話をしていたことだった。

グレートキングニャンニャンオーガ、てっきりでっかい招き猫の様なボスかと思っていたが、なんてことはない、グレートキングアイアンオーガのことだったらしい。まったく、『ユメワタリ』ではどんな些細なことが死に繋がるかわからないから恐ろしい。


「・・・集団で挑まなきゃまず勝てない相手か、三人だけで勝つのは、やっぱ難しいのか。はぁ、どうするかな」


窓の外から夜空を見る。空一面に広がる星々は現実の世界ではまずお目にかかれない、ゲームの中だけの幻想的な光景だった。


グレートキングアイアンオーガ。俺が瞬殺され、そしてその後ユウヤミとマナが仲良く一緒に死に戻りしてきたことからわかるように、俺たち三人だけで勝つには無理なボスモンスター。本来であれば広く討伐依頼を出すべきあの豚だが、しかし、今その討伐依頼にこたえてくれるプレイヤーは少ないだろう。

なにしろ、今ここ『オウコク学園都市』では『王国』『文武連』『虹色の絆』そして『人民』を巻き込んだ一大イベントが巻き起こっている。ほぼ全てのプレイヤーがそのイベントに参加しており、イベントが落ち着くまでの間は誰もただの討伐依頼なんて目もくれないことだろう。


「行き詰ったな・・・」


さて、どうするか。袋小路の行き止まり。以前、コカトリスと戦った時と同じ状況に俺達はいる。その時はコカトリスの石化攻撃を無効化することのできる巫女であるユウヤミを仲間にすることでどうにか前に進むことが出来たのだけれど、今回も新しい仲間を探してみるか?

いや、それは無理だ。もしこれが弟のアキであったなら、タイミングよく力になってくれる仲間が現れるのだろうけど、残念なことに俺にはその主人公補正がない。ここで新しいヒロインの登場は、断言しよう、あり得ない。


第一に、俺がマナやユウヤミと出会ったことですら、出来過ぎた奇跡のようなものだったのだ。自作自演のヒロインに、かつてヒロインだった女の子。世界の中心の隣に立つ俺は、そんな特殊な二人だったからこそ、あの二人に出会うことが出来た。

だから言ってしまえば、正直、言いたくはないが言ってしまうなら、あの二人は特別で、その特別があの二人以外にいるとは思えない。

強大な敵を前に新しい仲間は現れない。それが普通にゲームを、そして人生をプレイするしかない俺の様な奴にとっての普通。


「無理難題を前にしたとき、どう行動するかによって人の本質は図れる。とか、前読んだ漫画に書いてあったっけか、となると俺の本質は・・・」


果たしてどうする。ここでの選択によって、まあ、たぶん色々な部分が変わってくる。その変化は物語風に言うなら、今後の展開にも関わってくるだろう。

重要な選択肢。俺はどう行動する?

①我武者羅にグレートキングアイアンオーガに挑む。

②堅実にレベルを上げる。

③無理だと変わっているが新しい仲間を探してみる。

④グレートキングアイアンオーガのことはいったん忘れて『イベント』に参加する。

⑤立ち止まる。

⑥諦める。

⑦明日は明日の風が吹く。

⑧明日から本気を出す。


いや、まて、俺は頭を振った。後半の考えに行けば行くほど、俺の頭の中で悪魔の格好をした俺が、鼻をほじりながらヘラヘラとふざけた考えを提案してくる。


『いやいや、俺。選択肢を8つも考えてる時点で選択する気がないのは明白じゃん」


だまれ。⑤以降を考えたのはお前だろ。俺じゃない。


『お前も俺だって。だって俺は俺なんだから』


俺は脳内の悪魔の俺を脳内のマナに売り渡す。脳内のマナはウヒョーと気勢を上げて悪魔の俺を担ぎ上げ走り去っていった。ドナドナが流れた。罪悪感はなかった。まあ、俺が俺にしたことだ。どうでもいい。


ともかく、俺は選択肢を①~⑤の中で考えなければいけない。さて、どうするか。

俺はしばらく考えた後、答えを出す。

選んだ選択肢は・・・


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