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世界は俺の隣を中心に回っていた  作者: 白白明け
寡黙無愛想腕組み男&黒髪黒眼天才男
21/24

第二十話

書いたり書かなかったり、止めたりしながらでも書いちゃうんだから、もうどうしようもない。

 


 『ごめんな、亜樹』


 兄さんに本気で謝られたのはいつ以来だろうかと考えて、たぶん五年前が最後だったんだろうと思った。僕の兄さん。大佐真樹は、本当にズルい人だ。何時だって、言いたいことだけを言って僕の前から消えてしまう。

「お前なら大丈夫だ」「出来るはずだ」

 そんな確証もないことを、まるで本気で心から信じているように自信に満ちた顔で言って、何時だって僕の前を歩いて行ってしまう。任せたと、きっと兄さんはそう言いたいのだろうけど、少し無責任じゃないかと僕は思う。そして、そう思いながら何時だって頑張ってしまう僕はたぶん、兄さんに頼られるのが嫌いじゃないんだろう。

 兄さんは何時だって僕に言ってくれる。僕が特別な奴だって、そう言ってくれる。それが僕は素直に嬉しいんだ。

誰だって自分のことが大好きで、自分のことを一番に見ている世界で、自分を中心に回っている筈の世界で、兄さんは僕のことを一番だって褒めてくれる。他人じゃない肉親に、そう言われて嬉しくない筈がないじゃないか。

 そう思ってしまう僕は本当に単純な奴で、きっと兄さんの言う通り難しく考えることなんてなかったんだろ。やりたくもないことを泣きながらにやる必要なんて、なかったんだろう。父さんや母さん、妹やナツキより、誰より、僕を長く見ていてくれた兄さんが言うのなら、きっとそうなのだろう。

 そう思えば、顔をあげられる。空を見上げられる。青空を見て、僕はいつも思う。偶に空を見上げると意外と綺麗でビックリするなと。


「会長、シオンさん、ココネちゃん、クリコさん、ユウ先輩、もう大丈夫です。ありがとうございました」


 僕を支えてくれていた彼女たちにお礼を言って立ち上がる。僕を信じて頼ってくれる彼女たちに何時までも甘える訳にもいかない。それに、情けない姿はあまり見せたくもない。


 「アキ君、本当に大丈夫なの?」

 「アキ君、本当に大丈夫なんだね」


 会長とシオンさんが重ねるようにそう言って心配してくれる。僕は大丈夫ですと笑顔を返す。何故か顔を赤らめて顔を反らされてしまった。心配をかけてしまったから、怒ってしまったのだろうか。


 「アキちゃん~。ココネお姉ちゃんにもう少し甘えてもいいんだよ~」


身体の小さい茲根先輩。プレイヤーネーム『ココネちゃん』は僕の首に両腕を回して背中にぶら下がりながら、そんなことを耳元で言う。耳を甘噛みされた。こそばゆい。

そんなココネちゃんの行動を見ていた同級生のクリコさんは褐色の肌が映えるエルフの外見アバターの、長く伸びた耳まで赤くしながら背中のココネちゃんを引き剥がそうとする。


 「な、なにをしているんです!茲根先輩!アキさんから、離れてください!」


 「え~、やだ~、それに駄目だよクリちゃん。茲根のことはゲームではココネちゃんって呼んでっていってるでしょ~」


 「なら、先輩だって私のことをちゃんと呼んでください!」


 「ええ~、呼んでるよ~。クリちゃん」


 「私の名前はクリコです!」


何時も通りの賑やかな光景。そして、それを少し離れた位置から見守っているユウ先輩も、またいつもと同じように冷静だった。正義感が強いから、たまに先走ってしまうこともあるけれど、普段から冷静沈着な生徒会のまとめ役であるユウ先輩は本当に頼りになる良い先輩だと僕は思っている。


 「それにしても、アキ。お前の兄はなんというか、すごいな」


ユウ先輩の言葉に僕は頷いた。その通りだ。僕の兄さんは、なんというか、すごい人だ。


 「昔から、あんな感じなんですよ。斜に構えていて、でも言っていることは当たり前のことで、だから性質が悪いんです。昔、幼馴染に言われました。僕は理想的な現実主義者で兄さんは否定的な理想主義者だって」


「随分と難しいことを言う幼馴染だな」


「はい。それも小学生の時に言われたことですからね、僕も兄さんも当時はどういう意味なのか、わかりませんでしたよ。今は、少しわかった気がします」


僕は何時だって自分が出来る最善のことをする為に考えて、計算をして、悪く言えば打算的に動いている。ピンチになった女の子が居たら全力で現実的に動いている。『僕が考える』一番理想的な終わり方をするために。

そして、兄さんは『女の子が考える』一番理想的な終わり方をするために頑張る人だ。自分の頭の中でそれが夢見る女の子のただの夢だって否定しながら、それでも我武者羅に頑張る。いつだってそうだ。そう、何時だってそうだったから、兄さんは女の子を救えることが少ない。

だって、兄さんがしようとしているそれはただの理想でしかないから。僕の現実的な救い方より少しだけいつも遅い。

違いはそれだけで、言ってしまえば本当に簡単な違いでしかない。


「ユウ先輩、僕は女の子に、現実的な救いの手を差し伸べているつもりです。そして、兄さんは女の子の話を聞いてやりたいようにやらせているんです。たとえそれが間違っているとわかっていても、自分のことは自分で決めさせるんだ」


 その違いにコンプレックスを抱えているのは兄さんだけじゃない。僕も同じだ。だって、言ってしまえば僕はただ自分の意見を押し付けているだけなのだから。


「アキ、私はお前のやり方が間違っているとは思わない。現に、私達は全員がお前に救われている。現実的に、私達は今、幸せだよ。だから、立ち止まらないでくれ。お前は私達にとって、大切な光だ」


「ありがとうございます。そして、わかっています。僕は立ち止まりません。兄さんが僕に色々なことを押し付けながら、それでも何時だって歩き続けているように、僕だって歩き続けるつもりです」


迷うつもりは、もうない。兄さんが教えてくれた。僕は間違っていなかったということを。

どうあれ僕は会長を、子音さんを、茲根先輩を、栗子さんを、幽先輩を、現実の世界で救うことが出来たのだから。それは僕にしかできないことだった。それを間違えた結果だったなんて、そんな彼女達に失礼なこと言う気はない。正しいことをしたって僕は胸を張るべきだ。

兄さんがそうしているように。胸を張って歩くべきだ。


兄さん。兄さん。兄さんも、この理想ゲームの世界で頑張っているんだろう。

僕が思い出すのは兄さんに付いて行った二人の女の子。

そのうちの一人、マナマナちゃんとは兄さんが来る前の間に少しだけ話をした。とても弱弱しい女の子だった。自分に自信がなくて、だからライトノベルのヒロインなんていう幻想の殻を被ってこの『ユメワタリ』の世界で生きようとしていた。僕なら、あるいは多くの人なら、そんな弱弱しい女の子に対して殻から出るように言うだろう。


『勇気を出して。大丈夫。そんなものがなくても君は魅力的な女の子だ。みんな、君を受け入れてくれる。そんなことをしなくても、みんな、君と遊んでくれる』

なんて当たり前のことを言うだろう


けれど、兄さんは違った。その殻ごとマナマナちゃんのことを受け入れた。


『変わる必要なんてないだろ。自分が良いと思ってやってることなんだろ。なら、それでいいじゃないか。遊び相手には俺がなってやるよ』

そんなことを言ってくれたのだと、お前とは違うと、マナマナちゃんに僕はそうなじられた。


その通りだ。僕は兄さんとは違う。大佐亜樹は大佐真樹と違う。

そして、それでいいんだ。違う人間なんだから、どっちも間違っていて、どっちも正しい。


だから、兄さん。僕は頑張るよ。たぶん、兄さんが思い描いていた結末とは違う結果になるように、頑張るよ。きっと兄さんは僕に「頑張るなって」言いたかったんだろうけど、僕は頑張る。


「会長、シオンさん、ココネちゃん、クリコさん、ユウ先輩、お願いがあります。僕に力を貸してください」


僕は彼女たちに頭を下げる。ここから先、僕がやろうとしていることはきっと無駄な結果に終わるだろう。だから、これはただの僕の自己満足でしかない。


「『王国』と交渉します。『文武連』と戦います。『人民』を止めます。それが、無駄に終わる結果だとしても、やるべきことはやります。たとえ、たとえそれが、救わなくていいものだとしても、僕はみんなとの世界ユメワタリを救いたい」


彼女たちは一度、互いに顔を見合わせた後、笑ってくれた。


「ありがとうございます」


「いいよ、アキ君の頼みだもん」

「いいです、アキ君の頼みだもの」


「そうだよ~。アキちゃんの為だもんね~」


「そうです。アキさんがそうしたいなら、私達も協力します」


「ああ、アキ、それくらいでお前への恩を返せるなら安いものだ」


彼女たちと一緒に過ごす『オウコク学園都市』の平和を守るため、もう一度、僕らはゲームを始める。



∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇



『文武連』の拠点である酒場で俺はいつも通りに腕を組みながらただそこに立っていた。感じられる周りの熱気に取り繕った不愛想な表情が崩れそうになる。危ないなと不愛想を顔に張り付ける。ここ『ユメワタリ』の世界での俺のキャラクターは不愛想な錬金術師。何の力も持たない、ただの小さな商店の店主。そうでなければいけない。現実の世界での郷田三蔵のように喧嘩に喜びを感じてるような顔をしてはいけない。

『王国』の打倒という掲げた大きな夢がすぐそこまで迫り、『文武連』と『人民』の熱気はピークに達している。皆、大きなイベントを前に興奮を隠しきれない様子だ。

その熱い空気の中で、一際嬉しそうな笑みを浮かべた男が一人、近づいてくる。

筋骨隆々の大男。現実世界での俺の体躯に勝るとも劣らない体躯をした、この男は『文武連』の副ギルド長。プレイヤーネーム『ヤマトマル』。現実の世界で柔道部部長を務める男。


「不機嫌そうな顔だな、ゴンゾウ」


「・・・別に、いつも通りだ」


「そうだな。結局、ここまでの間に俺はお前の笑みを見たことがない。残念だ」


「・・・あいつは、『タカラマル』はどうした?」


「ギルマスなら作戦の最終調整に入っている」


「・・・もう直に作戦の開始時間だろ、こんな時間まで確認作業か?」


「心配するな、準備は全て終わってる。あれは相変わらずの心配性だ。でも、まあ今回は文句も言えない。なにしろ『王国』の打倒なんて『ユメワタリ』の『オウコク学園都市』サーバー始まって以来の一大イベントだ。このイベントには『文武連』の今後もかかっているんだからな」


それもそうかと俺は納得する。『オウコク学園都市』に君臨する三大ギルドの一つにして、もっとも影響力のある巨大ギルド『王国』。その打倒がどれだけの大事なのか理解できない馬鹿はこの『オウコク学園都市』にはいないだろうと思ったが、いや、あるいはあの男なら、ただの小事だと切り捨てるのかもしれないとそんな考えも浮かぶ。


「・・・結局、マキの奴は来なかったか」


「マキって、お前が言っていた例の格闘家か?」


俺のつぶやきにヤマトマルが反応する。それもそうか。フレンドリストが二ケタに満たない俺が一個人の名前を口にするのは、考えてみれば珍しいことだった。


「・・・ああ、誘ったんだが、どうやら俺は振られたらしい」


「こんな一大イベントを見送るなんて、そのマキって奴は、いったいどんな奴なんだ?」


「・・・そうだな、言うなら、主人公になりそこなった男。あるいはダークヒーローか」


「ダークヒーローって、そいつは高校生にもなって中二病か?」


「・・・いや、そういうんじゃない。あいつ、マキは自己評価が著しく低い奴でな、自分を特別な奴だなんて欠片も思っていないだろう。だからこそ、強い。いや、すごいか」


「話が見えないな。ゴンゾウ、錬金術師でありながら『人民』を率いて俺たち『文武連』と取引をするまでのし上がったお前が言うなら、そのマキって奴は出来る奴なんだろう。そう考えたから俺もギルマスもそのマキを仲間に入れることに異論はなかった。けど、実際にそいつはこの場にいない。逃げたのか、あるいは何か理由があるのかは知らないが、ともかくここにいない奴が本当にそんなにすごいのか?」


「・・・すごいさ。考えてもみろ、ヤマトマル。この場にいない、なんてことがマキの奴以外に、いったい誰が出来る」


思わず漏れてしまった笑みに、ヤマトマルは驚いた顔をする。ああ、やってしまった。『ゴンゾウ』である間、滅多なことでは笑わないと決めていたのに笑ってしまった。


「・・『オウコク学園都市』にいる全てのプレイヤーが今、おそらく戦おうとしている。俺が考えた『人民』による革命という一大イベントに参加しようとしている。『王国』、『虹色の絆』、『文武連』、違いはあれど参加はしている。今の『オウコク学園都市』にあるのはそういう熱い空気だ。だが、マキは違うのだろう。あいつは今、その空気を読んでいない」


「空気を読んでない?」


「・・・ああ、そうだ。空気を読めないんじゃない、読まんのだ。俺の予想では、ここに来なかった以上、あいつは今頃、普通に『ユメワタリ』をプレイして遊んでいるのだろうよ。友達と、楽しく狩りにでも言っているに違いない」


「は、はあ?普通に遊んでいる、だと?そのマキってやつは、このイベントを見逃して、ただ遊んでるだけだって言うのか?どうしてだ?」


「・・・そうするだけの理由が、あるのだろうよ。あいつの中ではな」


理解が出来ないという表情を浮かべるヤマトマル。ああ、そうだろう。俺にだって理解が出来ない。だが、マキの奴にはあるのだろう。おそらく信念とも呼べる、何かが。


「・・・空気に飲まれず、他人に流されず、確固たる自我の元で自分のやりたいことをやる。悪く言えば欲望のままに生きている。そして、あいつはそれを隠そうともせずこう言うだろう。「欲望のままに生きて何が悪い」と」


それは現実世界の俺でさえ、出来ないことだ。俺は確かに現実の世界で欲望に忠実に生きてはいる。しかし、それでもそれを正しいことだと声高に叫ぶことは出来ない。それではまるで狂人だ。不良と見られることに恐怖はない。しかし、狂人だと思われるなんて、考えるだけで恐ろしい。


「・・・そして、さらに恐ろしいことにマキはその狂気を完全に御している。自分でも無意識の内に自制できるほどにコントロールしている。だから誰もが、あいつの弟でさえも、一見して騙される。だが、俺にはわかる。ゴンゾウが、断言しよう。・・・あいつはまぎれもなく狂人だ」


現実での大佐真樹との関わりは少ないから、現実の世界でのあいつがどういう奴なのかはわからないが、『ユメワタリ』の世界でのあいつ、プレイヤーネーム『マッキー』との関わりは深いからそう断言できる。このゲームの世界で生きる『マッキ―』は狂人と言って問題ない。

思えば最初からそうだった。他人に流されず、あるいは一般的な価値観というものを無視してあいつは俺の店で買い物をしていた。胸の大きな可愛らしい女とむさくるしいおっさんの店。値段も性能も変わらないなら、どちらで買い物することを選ぶのか、普通なら前者だ。考えるまでもない。なのにあいつは俺の店に通い詰めていた。

一時期、そういう趣味、ホモなのかとも思ったが、黒髪の女の子を連れて歩いている所を大通りで何度か見かけたから、そうではないのだろう。


「・・・なあ、ゴンゾウ。それはただ単にお前のことを友達フレンドだと思っていたから、お前の店で買い物をしていただけじゃないのか?俺だってフレンド登録している奴がいたら、そいつの店で買い物するぞ」


「・・・あるいは、俺の店で買い物をする程度なら、そうなのかもな。だが、忘れたのか、ヤマトマル。あいつは今、ここにいない。友達フレンドである俺の誘いを断ったんだぞ?」


「あ」


「・・・そうだ。他人に流されず、空気に飲まれないどころか友達フレンドの頼みですら、本当にやりたくないことはやらない。他人の評価など気にせず、物事の価値を己が価値観だけで決定する。大事も小事も己の中だけで完結させる。そんな奴を、狂人と呼ばずに何と呼ぶ?」


ヤマトマルは納得した様子で頷き、顔を青くして俺を見た。


「ていうか、おい、ゴンゾウ。前はそんな狂人を味方にしようとしていたのか?」


「・・・『王国』の転覆という革命を起こすんだ。狂った奴が一人くらいいないと締まらないだろう。それにあいつは一見すれば常識人だ。『人民』の革命がマキにとってやりたいことであったなら、何の問題もなかった」


「そうか、まあ、いい。どっちにしろそのマキは来なかったんだ。今いない奴のことをどう来いっても仕方ない」


「・・そうだな、もうあいつの話題は終わりにしよう。賽は投げられた。どちらにせよ、もう『人民』も『文武連』も止まれない」


そういった直後、ヤマトマルに『文武連』のギルドマスターであるタカラマルから最終確認が終了したという報が届く。俺とヤマトマルは酒場の壇上に登る。

『文武連』のメンバーと『人民』に参加したプレイヤー全員が俺たち二人を見る。


「頼むぞ、ゴンゾウ。開戦の号砲は、予定通りお前がやれよ」


「・・・ああ」


俺は一歩前に出て叫ぶ。


「・・・時は来た!立ち上がれ『人民』よ!剣を抜き!旗を振り!『王国』に知らしめよ!革命の時、来たれり!俺たちの名をこの国に、『オウコク学園都市』に永遠のモノとして刻むぞ!」


歓声が上がる。恐怖はない。皆、嬉嬉として戦うことだろう。

さあ、始めるか。楽しい楽しいゲームの始まりだ。



∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇



「緑の魔女様!市街地の各地で暴動が起きています!『人民』を名乗る奴らが、『王国』傘下のギルドに決闘申請けっとうしんせいをしているそうです」


「慌てるなよ、決闘申請?私たちのギルド『王国』に集った同志たちは、『人民』なんて言う連中のやられてしまうほど弱いのか?」


「し、しかし、『人民』の数は膨大です。報告によれば『王国』傘下のギルドが決闘に勝利した瞬間に次の『人民』を名乗るギルドが決闘申請をしているようで、いくら精強な『王国』軍とはいえ、このままでは・・・」


「だ、そうだ。『王さま』。どうする?『王国』直下の精鋭プレイヤーたちに出撃の要請を出すか?」


「・・・」


「ふふ、まだ諦観するのかな?未だ、王座から動く気はないと?」


「・・・」


「そうか。わかった。だそうだ、伝令。『王国』のギルドチャットで全『王国』軍に伝えると言い。未だ、『王さま』は動かず。臣下を信じて座していると」


「はっ、了解いたしました。全ては、王の命じるがままに」


ギルド『王国』においての古参であり、伝令役を務めるプレイヤーが王座の間から走り去った後、私は『王さま』に近づき、玉座に座る彼の膝の上に座る。絶対の君主制を布く『王国』において、いくら私が副ギルドマスターであるとはいえ、それは他のプレイヤーに見られていい光景じゃなかった。

だからだろう。彼は冷たい目を何時にもまして冷たいものにする。


「ふふふ、そう怒るな。ここには私とお前しかいない」


「だとしてもだ、『魔女』。この『王国』において、『王さま』足る俺は絶対の存在でなければならないことはわかっているだろう。その俺に座するなど、何を考えている」


「なに、その玉座に座るお前を見るのがこれで最後かもしれないと思うと、やりたかったことをやるのは今だと思っただけだよ」


そう言って全体重を彼に預ける。彼は冷たい目で私を睨んでいたが、退かそうとは、しなかった。そのことに、私は少しだけ驚いた。さすがに怒られると思っていたが、そうか、やっぱり彼は本当は優しい男だったのだと、そう思った。


「なあ、『王さま』」


「なんだ、『魔女』」


「私達はこのままいけば負けるだろう。『王国』への不満は、昔から少なからずあった。それを『人民』は爆発させようとしている。それだけじゃない。『人民』は『王国』の陥落を大衆の娯楽にするつもりだ。番狂わせ(ジャイアントキリング)、そんな夢物語がみんな大好きだろう。きっと、『王国』に何の恨みもない奴らも『人民』の革命に参加する」


「愚かだな。その場の空気に流されるだけに者達に、俺の築いた『王国』が、共に『王国』を築いた俺の盟友たちが負けるはずもない」


「だとしても、『王国』は滅びるよ。たとえ『人民』を退けたとしても、その後ろには『文武連』がいる。いや、『文武連』は所詮、脳筋と引きこもり女が作ったギルド。恐れるには足りないけれど、『虹色の絆』は少しばかり拙いだろう?」


「・・・」


「『人民』と『文武連』は退けられるだろう。けれど、その後の戦後処理で『虹色の絆』に『王国』の持つ利権の大半は持っていかれる。わたし達の築いた『王国』がどれだけ強大でも三大ギルドの二つと連戦をして勝てるほどに『ユメワタリ』、このゲームは甘くないぞ」


「ならば、ならば『魔女』よ。お前はどうしろというのだ?この俺に、よもや『王さま』に、あの『虹色の絆』のガキに頭を下げろなどという気じゃないだろうな」


「そんなことは言わないさ。誰かに頭を下げている『王さま』なんて、誰よりも私が見たくない。けれど、これ以上、頭を抱えるお前も見たくない」


「俺が頭を抱える?いったい何を・・・」


彼の言葉を遮るように私は体の向きを変えて、彼と向き合う。

『オウコク学園都市』における最大ギルド『王国』を支配する謎のプレイヤー。『王さま』と呼ばれる彼の外見は現実世界と同じ金色の髪と現実世界とは違う金眼。そして、騎士職である彼の体躯はごく標準的な大きさ。

私は愛しい男の首に手を回す。彼が少しだけ狼狽するのが震えで分かった。

いい気味だ。


「『王国』の滅亡は、もう止まらない。そして、生き足掻くことが見苦しいとお前が思うのなら、どうだ『王さま』、私と一緒に最後の勝負にでないか?」


そう、終わらせてしまおう。私達が作り上げた『王国』が誰かの手で壊されてしまうくらいなら、私達の手で壊してしまおう。いい思い出も悪い思い出も、これまでの全ての過去もこれから有る筈だった未来も、すべて引き裂き壊してしまおう。そして、諸人に知らしめよう。『王国』というギルドの名を、『王さま』というプレイヤーの全てを。

私は『魔女』として嗤う。


「『王国』の滅亡とともに土塊の末裔の歴史は終わる。さあ、最後の幕を引こうじゃないか、『王さま』。いや、騎士王殿」


「ふ、ふふ、あは、あはは!ああ、いいだろう。『魔女』。さすがだよ、その甘言に、乗せられてやろう」


『王さま』は玉座から立ち上がる。それは本来であれば私も彼も、『王さま』も『魔女』も望むことではなかった。謎のプレイヤーである『王さま』が表舞台に立つこと、それは『オウコク学園都市』サーバーにおける『ユメワタリ』の世界のゲームバランスの崩壊を意味してしまう。

だから彼は「そうなってしまった」その時から、剣を抜くことを止めた。『王さま』として『王国』の繁栄を内政によって支えることを選んでいた。

その縛りプレイをいま、彼は止める。


「伝令!いるな!入れ!」


「はっ」


王座の間の前に控えていた伝令役のプレイヤーが扉を開けて入ってくる。

そして、古参である伝令役のプレイヤーは『王さま』が玉座から立ち上がっている姿を見て、絶句する。当然だろう、それは私が目にするもの一年ぶりの光景だ。


「見ての通りだ。これより俺は出陣する。『王国』配下の全ギルドにそのことを伝えよ。それから、あいつら、『円卓の騎士』全員に召集をかけろ」


「は、はは!---「いや、その必要はねぇな」」


走りだそうとする伝令より早く、玉座の間の入り口から声がかかる。

そこには総勢11人のプレイヤーたちが集結していた。いうまでもなく、彼らは『王国』建立当初から私と同じように彼を支え続けた最古参のプレイヤーたち。


「お前たち、何故ここに?」


「なぜって、そりゃ自分のギルドが攻められてるときに転寝してる奴はいねぇだろうが」


「そうですよー。おーさま」


「是非もなし」


「・・・(コクコク)」


「ていうか、招集遅すぎだし。私達勝手に来ちゃったし」


「おい、口の効き方に気を付けろ。いま、あいつは『王さま』だぞ」


「まあまあ、硬いことはいいじゃんか。久しぶりに全員揃ったんだし楽しくやろうぜ」


「それを放浪癖のあるあなたが言いますか」


「そうそう、ギルドの年末年始の打ち上げでも全員揃わなかったのはあんたが来なかったらかでしょう」


「・・・ねみぃ」


「おい、起きろ(ぼそ)。どやされるぞ(ぼそ)」


『王さま』と『魔女』、そして『王国』において『円卓の騎士』と称される彼ら最古参のプレイヤーが揃った光景は本当に久しぶりのものでだからこそ圧巻であり、そして本当に『王国』が終わってしまうのだという実感を感じさせた。

『円卓の騎士』を代表して最初に王座の間に入ってきた目つきの悪いプレイヤーが『王さま』に問いかける。


「で、出陣するんだよな。お前が、戦うんだよな?」


「ああ、一度はもう二度と剣を握らぬと決めた。だが、どうやらその誓いは守れないらしい。責めるか、俺を」


「いいや、待ってたぜ。お前のその言葉を、俺は、俺たち全員!晩秋待ち焦がれていた!」


立ち上がった『王さま』に11人のプレイヤーが膝を折る。私も下に降りてその列に加わろうとしたが、彼に手を引かれて抱き留められる。突然のことに顔を赤くする私。たぶん、さっきの意趣返しなのだろう。赤くなる私を彼は冷たい目で意地悪気に見ていた。『円卓の騎士』の女性陣の何人かから、恨みがましい視線を感じたけれど、うん、悪くない気分だった。


「俺達が共に戦う、久々のギルド戦だ。せっかくだから、ギルドチャットに映像と音声を流したい。みんな、名乗りと意気込みを頼む」


「へっ、いいぜ。『王国』軍部統括。『円卓の騎士』、うるふぃん。俺らに逆らう奴は全員ぶっ潰してやる所存であります」


「『おーこく』魔術部門統括。『えんたくのきし』、けい。『おーこく』の為にがんばりまーす」


「『王国』軍部副統括。『円卓の騎士』を拝命せし我が名は、らんすろっと。全ては王の命ずるがままに」


「・・・『王国』・・・隠密部隊・・・部隊長・・・『円卓の騎士』・・・るーかん。・・・」


「『王国』直営防具店「理想郷」店主。『円卓の騎士』、めりおっと。私は戦闘は専門外だし、裏方で頑張るし」


「『王国』直営武器店「湖」店主。『円卓の騎士』、がうぇいん。同じく裏方だが死力を尽くそう」


「『王国』所属、放浪の天才錬金術師にして『円卓の騎士』、ばらん様とは俺のことだぜ!いや~、久々に面白い遊びが出来そうだな~」


「『王国』魔術部門副統括。『円卓の騎士』、はーゔぇす。放浪の馬鹿錬金術師のことはわたしが見張ってますから、皆さんは心置きなく戦ってください」


「えっと、私は『王国』所属の料理人。いちおう『円卓の騎士』、えくとる。空腹状態になったら任せてね」


「『王国』冒険者、部門、『円卓の騎士』、特技は、早寝遅起き、ぐぅ」


「・・・ああ~、隣のコイツは『王国』冒険者部門統括、ぺりのあ。俺は副統括、ぶらしゃす。こんなんだがこいつも俺も全力でやるもりだ」


11人の『円卓の騎士』の名乗りは、なんだか後半になるほど酷いものになっているような気がしたけれど、隣にいる彼がそれを見て満足そうに頷いているのだから、きっとこれはこれでいいのだろう。それに私はこの光景を懐かしいと思う。


ギルド『王国』の建立当初、メンバーが今いる13人だけだったころの『王国』は、こんな感じでグダグダとゲームをして遊んでいた

話がまとまらず、何をするかも決まらない。だた一緒に遊んで笑いあっていただけの日々は、とても楽しく温かかった。けれど、きっと、あの頃の誰もが思っていた。この幸せな空間は長くは続かない。楽しいだけじゃ、誰かが欠けるって分かっていた。誰もがいつか、この暖かな空間に飽きてしまう自分を自覚していたから、誰かが欠けてしまうんじゃないかと不安に飲み込まれていた。

だから、彼は『王さま』になった。グダグダとしたゲーム生活にメリハリを付けるために『王さま』という仮面をかぶって目標を立てた。

あの頃は到底できるはずもないと思っていた目標。

『王国』を『オウコク学園都市』で一番大きなギルドにするという目標は、私達のゲーム生活に刺激を与えてつながりを強くしてくれた。

そんな彼の優しさ、『王さま』という仮面があったからこそ、今まで私たちは楽しく『ユメワタリ』というゲームをプレイすることができた。

だから、私は、私達は言わなきゃいけない。


「ありがとう」


「突然どうした?」


「今日この日まで、『王さま』で居てくれて、ありがとう」


「・・・いいさ、俺も楽しかった」


彼は笑った。それは私が一年ぶりに見る、ゲームの中での彼の笑顔だった。


「さあ、行こうか。『魔女』。いや、」


「ああ、行こう。『王さま』。いや、」


「まーりん」


「あーさー」


私達は最後のゲームを始める。



∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇



気付けば仰向けに倒れていた俺。

空高くに豆粒ほどの何かが見える。

見慣れた光景。死に戻りの定位置で寝転がり、俺は誰ともなく呟いた。


「やべぇ、アイアンオーガ、超強い」

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