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世界は俺の隣を中心に回っていた  作者: 白白明け
寡黙無愛想腕組み男&黒髪黒眼天才男
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第一九話

追記しました

『虹色の絆』

俺の弟、『アッキ―』ことアキが所属するそのギルドのことを知らない人間はオウコク学園都市において皆無だろうと思う。『王国』『文武連』に並ぶ三大ギルドの一つにして王黒学園生徒会執行部会長がギルド長を務めるそのギルドは生徒会執行部のメンバーがそのままギルドのメンバーとなっている為、正式なギルドメンバーの人数こそ少ないがその在り方や弟を含めた役員たちの人望により傘下に入るものが多くオウコク学園都市で『王国』に次ぐ影響力を持つとまで言われている。

そう『王国』がユメワタリにおいての影であるなら『虹色の絆』は光なのだ。


誰かの為に何かをやろう。みんなが楽しめる世界を守る為に剣を抜こう。

みんなの絆を苗床に虹色の薔薇を咲かせよう。助け合って生きて行こう。


憧れずにはいられない理想を掲げる彼らを多くのものは支持している。

俺もまた生徒会長は頭がおかしいとか妹の副会長が裏ボスだとか庶務の騎士は馬鹿とか軽口で色々言ってはいるが別にそれは『虹色の絆』のことが嫌いだったというわけじゃない。

むしろ、弟が所属するギルドを嫌えるはずがないと思っていた。いや、嫌ってはいけないという強迫観念すらあったことだろう。

俺みたいなちっぽけで主人公にもなれなかった存在が光である彼らを嫌ってしまえば、それはくだらないやっかみでちっぽけに過ぎる感情でしかないと思われるだろう。

だから、俺は絶対に『虹色の絆』を嫌えないと思っていた。


けれど、そんな筈がなかった。どれだけ理性を積み上げたところで人は簡単に人を嫌えるのだ。


考えていた妨害もなく俺とユウヤミは『虹色の絆』のギルド拠点にたどり着く。

壁に馬鹿でかい虹色のバラの紋章が描かれた汚れ一つ付いていない白く四角い建物は近代的でありながらどこか中世を思わせるデザイン。金持ち屋敷のような鉄の槍みたいな物で出来た塀に囲まれて居て、中には庭やちょっとした噴水付きの水場なんてものもある。

一か月前、馬鹿騎士もといユウ先輩に連行されて来た時と変わらない美しさ。

まさしく主人公一同が笑いあり涙ありさわり程度のHありの日常ファンタジーを送るに相応しい建物。

そこを前に敵意を持ちたつ俺達を応援してくれる奴らなんていないのだろうと、そう思わせる佇まい。


隣で立ち尽くすユウヤミを鼓舞するつもりで俺は門の前に立つ。

するとすぐに門が音も立てずに開く。そこに居たのは勿論―――


「まったく、ああ、本当にまったくお前はそういう奴だよ。ここで出てくるのは普通ユウ先輩とかそう言う露払い的キャラクター性をもつ奴だろうに。お前はこうして出てくるんだ。それもわかってやっているから性質が悪い。なあ、弟。背中から黄色い声で応援されて戦うのは楽しいかよ」


俺の前に弟が立つ。マキの前にアキが立つ。なんて、夏木が見たら笑うのだろう。

距離にして10m。格闘家である俺からすれば遠すぎる距離でも戦士である弟からすれば十分に射程距離なのだろう。

そして、10mという離れた距離から見ても俺と弟のレベル差は歴然だった。まず装備している物からして違う。俺が一か月前と同じ夏木に作ってもらったアイアンシリーズを装備しているのに対し弟の装備は鋼鉄(アイアン)シリーズの遥か上を行く白銀(プラチナ)シリーズ。この辺が一ヶ月で主要エリアを全て回った弟とだらだらと攻略に励んでいた俺の差なのだろう。

ああ、まったく悔しいとも思えない。けれど、憎らしいとは思う。

マナが攫われた。それだけで悲しみで顔を歪める弟を憎いと思う。殺してしまいたいと思うほどに。


「なあ、弟。どうしてこんな真似をした。いったい何が目的だ。『虹色の絆』どうしてマナを攫った。マジで意味がわからねぇ」


弟は言う。真摯な様子で言葉を返す。


「兄さん。本当に悪いと思っているんだ。兄さんにも、マナマナちゃんにも。けど、こうするしかないんだ。もちろん、ずっとマナマナちゃんを拘束するつもりはないよ。少しの間だけ、『虹色の絆』が『王国』と話を付けるまでの間、不自由をかけてしまう」


「だから、意味がわからないんだって。『王国』?どうしてここで『王国』の名前が出てくるんだよ」


「もう隠さなくていいよ。兄さんは知っていた。僕だって知っていたよ。マナマナちゃんが『王国』のギルド長『王さま』の妹だってことは」


「・・・・・・マジで?」


「だから、そう言うのはもういいんだって。王黒学園の『ユメワタリ』サーバー『オウコク学園都市』に創られた『王国』というギルド。『王さま』というプレイヤー。そして、マナマナちゃんの本名は『王城』真名。『王国』を守る城の名を真の名として刻む少女。そんな少女が『王国』の関係者だってことは少し考えればわかることじゃないか。隠し通せる訳がない。兄さんはマナマナちゃんから聞いていたはずだよ」


いや、聞いてないけどそんな話は。そういえば確かにちらっと『王国』に知り合いがいるとかいう話は聞いたことがあるけど、『王さま』の妹だなんて話は全く知らなかったし兄がいるという話も全く聞いてない。

というよりマナの奴も兄が『王さま』だってことを知らなかったんじゃないのか?

現実の世界では無口文系少女というフィルターに隠れていてわかり難いけれど、マナは隠し事の上手い人間ではない。有体に言って、あまり頭がよろしくない。

もし兄が『王さま』だということを知っていたのなら親戚に有名人がいるのを自慢するような感覚で話してきても不思議ではない。

正体不明の『王さま』の正体は実は家の兄貴なんだよっ!とか、満面の笑顔で言いそうだ。


「まあ、ああ、うん。わかった。マナが『王国』の関係者だとしてもどうして『虹色の絆』がマナを攫ったんだ。お前ら、『王国』と戦争でもするつもりか?」


「違うよ。そんな筈がない。僕らは戦争を止める為にマナマナちゃんを攫った。兄さんは知らないと思うけど、今、『ユメワタリ』で大変なことが起きているんだ。『王国』が打倒されようとしているんだよ。無名のプレイヤーたちの手によってね。『人民』と名乗る彼らは現実の学園内で話を取り決め今この瞬間にも『王国』に攻め込もうとしている。そして彼らは『王国』を打倒してしまうかもしれない。そんなことになったら大変だよ。『ユメワタリ』の平穏を保ってきた三極ギルドの一つが消えれば混乱は避けられない。それも無名のプレイヤーたちに落とされたとなればなおさらだ。その情報を掴んだ僕たちは混乱を避けるために『王国』と交渉するしかなくなった。その為にあの子が必要だったんだ」


『人民』。十中八九、ゴンゾウさんたちのことだろう。いや、すごい。まさかこんな速度で打倒『王国』への力を蓄えていたなんて。実際問題、俺なんていらなかったってことじゃん。


「その為に、」


俺と弟の会話に入って来たのは俺の後ろにいたユウヤミだった。彼女は足を一歩前に踏み出し俺に並びいう。


「その為にあの子を攫ったというの?まるで三流のやることね。マキが貴方のことをとても褒めていたからどれほどの男なのかと思っていたら、がっかりだわ」


「そうだね、返す言葉もないよ。たしかに僕は最低だ。けれどそれでも僕は『オウコク学園都市』の平和を守りたいと思う」


「っっ!ふざせないでちょうだい!貴方のどこが、主人公なのよ!」


その罵声は弟だけに向けられたものではなかったと思う。事実、ユウヤミの瞳は俺のことも睨んでいた。黒い瞳が責め立てる。どうして貴方はこんな男に負けを認めたのだと。


俺と弟。共に返す言葉は重なった。


「僕は主人公なんかじゃないよ」

「それでもあいつは主人公なんだよ」


弟の言葉はいつも通りのもので、俺もまた何時ものように答えるだけ。


「俺はな、ユウヤミ。世界の悲劇を嘆いて神に祈るような奴を主人公だとは思わない。たまたま手に入れた力で漠然と世界を救おうと思う奴を主人公だとは思わない。偶然強くて偶然勝って偶然正義の味方になる奴を主人公だとは思わない。弱くても諦めないで自分が持てる全てを賭けて闘って。敵わない敵がいるなら臆面もなく他人の手を借りて、己の手を汚して、たとえ――――」


思い出すのは5年前のあの日。中学校の入学式の日。

舞い落ちる桜吹雪の中で弟はずっと恋をしていた幼馴染から伝えられた告白を蹴った。

俺と同じであの子に恋をしていた筈なのに。隠れみていた俺を知るはずもないのに。

弟は泣きそうな笑顔で言った。


『僕は今の関係を壊したくないんだ。ごめんね。夏木』


「―――たとえ、愛する人に背を向けても自分の目的を果たそうとする奴を俺は主人公と思うから」


弟は平和を守りたいと言った。その為なら手段を問わない。こいつはそういう奴だ。

大切なモノとそうでないモノとの線引きが明確にされているから、迷わない。戸惑わない。

敵対することに躊躇がない。弟の中の天秤に掛けられた平和とマナ。どちらに傾いたのかなんて考えるまでもない。

それを薄情だとか非人間的だとか言うつもりはない。その秤は誰もが持っているものだ。

主人公(ヒーロー)にだって民衆の前に救わなければならない少女(ヒロイン)がいるように。

誰にだって優先順位がある。

そしてもちろん、俺にある。


「なあ、弟。話はわかった。平凡な俺の頭がようやく今の状況に追いついた。お前はこの都市の平和を守りたくて、その為にマナを攫って『王国』が倒される前に『王国』の権利と勢力を全て『虹色の絆』に取り込もうとしている。『王国』が潰れた時の影響を最小限に留めて、なおかつ平和を守る為の力を手に入れる。今後こんなことがないように。ああ、惚れ惚れする位に良い手だよ。それで、そんな話を聞いた俺がどういう返しをするのかもわかってるよな?」


「ああ、勿論。兄さんは頭の良い人だからね」


「そっか、じゃあ、言うまでもないか」


「うん。でも言ってくれよ。僕は何のために戦うのかを兄さんに語った。なら兄さんもどうして戦うのか言うのがフェアだろう」


俺が戦う理由?ああ、知りたいって言うなら教えるけどそれを言ったらほら、お前の後ろにいる『虹色の絆』のメンバーたちが一斉に俺に襲い掛かってくると思うんだよね。

それをしっかり押さえてくれるならいいけど。まあ、うん。その辺は弟を信用してもいいだろう。なんだかんだで彼女たち全員、弟に惚れているだろうから弟が許可を出すまでその場を動かないはずだと信じて。まったく本当に人垂らしの弟だ。兄として心底羨ましいよ。


俺は言う。平和を守るという大義を掲げる弟に対する俺が戦う理由とは。


「お前らさぁ、ゲームになにマジになってんの?いいから俺の友達を返せよ。遊ぶ時間が減るだろうが」


『王国』が潰れる?『世界ユメワタリ』が混乱する?

だからなに?

いいじゃん。ゲームなんだから。もっと気楽に遊ぼうぜ。


「はは、本当に兄さんは、頭がいいな!」


弟は剣を抜く。そして(おれ)に襲い掛かってきた。



∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇



今から思えば信じられないようなことではあるがその昔、俺と弟はよく喧嘩をしていた。

五年前のあの日まで俺と弟はくだらない事でしょっちゅう揉めていたのだ。今思えば、と言うより今になっては思い出すことも出来ないほどくだらないことで周りに心配をかけるほどの大喧嘩をそれこそ星の数ほどやらかしたものだ。

そのたびに俺たち二人は両親に怒られ、妹に泣かれ、夏木に慰められていた。


『またバカなことをしたね。どうして仲良くできないのよ』


そういって夏木は俺達二人の頭を撫でる。

馬鹿と言われて俺達二人は黙り込むしかなかった。子供ながらに夏木の言葉が正しいと理解していたのだろうと思う。確かに俺達は馬鹿だった。馬鹿な理由で喧嘩をしていた。

星の数ほどした喧嘩の原因は忘れてしまうほどに些細なことだったけれど、喧嘩をした理由は今でも覚えている。

俺はあいつが許せなかったのだ。そして、あいつまた俺を許せなかったのだろう。


同じ顔をしていて同じ体をしているのにどうして目の前のこいつは俺と同じように生きられないのか。


双子と言う特殊な立場で目の前の相手を見ていた俺達は互いにそう思っていた。

目の前の相手が自分とは違う人間だというそんな当然の感覚さえ持たずに鏡に映る自分をみるような感覚で相手を見ていた。

そう俺達は互いを嫌ってなんていなかった。

嫌っていたのは許せなかったのは鏡に映る自分自身。

俺は王佐真樹(おとうと)が嫌いで弟は王佐亜樹(あに)が嫌いだったし許せなかった。

目の前で見せつけられる自分の欠点を愛することなんてできなかった。


そんな俺達の関係が壊れたのは五年前のあの日。あの日に俺達は互いに違う人間なのだという当然のことを夏木に教えられた。

なんてことはない。きっかけは些細な事。夏木は亜樹を選んだ。真樹は選ばれなかった。

ただ、それだけのことで、俺達は互いが違う人間なのだということを思い知らされた。


以来、俺達の間に喧嘩らしい喧嘩はなかった。

当然だ。亜樹が俺じゃないと言うなら、これほどできた弟はいない。誰に対しても優しく誠実で掛け値なしに尊敬できる存在。そんな相手を理由もなく嫌えるほどに俺は強くなかった。

そして、その頃から傍から見てもわかるほど如実に表れ始めた俺と弟の才能の差。

それが決定打となり俺は確信したのだ。俺とこいつは違う。


俺は生涯、弟には敵わないと。


その確信はたとえ世界が変わった所で変わらない。

王佐真樹は王佐亜樹には敵わない。これは漫画的に言うなればアカシックレコードに刻まれた確固たる事実。

だから、俺は切りかかってくる弟を前に――――戦うことを放棄する。


ユウヤミの助言通りに弟の剣を両手を広げて無抵抗に受け入れた。


プログラムされた肉を裂く音が聞こえた後に焼けるような痛みが右肩から左の腸骨の辺りまで駆け抜ける。つーか、マジでイテェ。泣きそうだ。

しかし、ここで泣くのはあまりにも情けなさ過ぎるので気合で耐える。幸か不幸か未だに続く傷みが弟の一撃で体力の全てを削られ死に戻りするという結果だけは無いことを教えてくれる。いや、マジで一撃で死に戻りするならそれでもよかった。この痛みを感じずに済んだのなら、それも全然ありだ。

けれど、現状がこうである以上、俺はもう少し虚勢を張るしか無いようだった。


「・・・どうしてだい。兄さん。今の攻撃よけられないわけじゃなかったよね。それに格闘家なら『カウンター』だって狙えたはずだ。相手の攻撃に合わせて発動すれば必ず先制攻撃を成功させることの出来るあのスキルは良い性能だよ」


「なるほど、お前はそうして欲しかったわけだ。俺に殴って欲しかったわけだ。ああ、わかってたよ。だからわざと喰らってやった。お前の考えをわかっていたからな。やっぱりお前は思っていたんだ。自分が間違っているって。だから、お前は俺に殴られたかったんだろう」


「・・・なにを言っているんだ。兄さん」


「柄じゃねぇなって言ってるんだよ」


今回の件。最初から感じていた違和感を血と共に吐き出すように俺は言う。


「女の(マナ)を利用して『王国』と取引をする?平和の為に必要な犠牲(マナ)?はっ、ああ、正論だ。正しいよ。全くもって反論の余地がない。もしそれがお前から出た言葉じゃなきゃ俺はもろ手を挙げてその正しさの前に平伏しただろうさ。けどな、それがお前から出た言葉なら賛同するわけにはいかねぇよ」


世界と女の子を天秤にかける。

一昔前に流行った風潮だ。膨大な世界とたった一つの命を秤にかけてどちらを選ぶのか。

女の子を救うか。世界を守るか。

多くの物語において主人公たちはその究極の選択を前に悩み苦しみ答えを出した。

ある騎士は小さな姫の手を取り、ある傭兵は愛した情婦の亡骸を抱き咆哮した。

どちらが間違っていたとも俺は言わない。俺個人の考えとしては世界を守る方が正当だとは思うけれど女の子を守った奴を笑おうとは思わない。

誰しもが悩み苦しみ出した答えだ。当人にとっての最善の答えだ。

だから、もしマナを交渉材料に『ユメワタリ』の平和を守るという奴がいても、いいとは思う。


「けどな、弟。お前は駄目だ。らしくない。マナを犠牲にする?女の子を利用する?違うだろ。そうじゃないだろ。お前が出せるのは最善の答えだけじゃねぇだろ。どうしてお前は女の子も世界も助けるって最高の答えをださねぇんだよ!」


お前はそれが出来る奴なのに。どうして楽をしようとしているのか。

俺は弟の胸倉を右腕で掴む。瞬間、腕が取れる様な痛みが上半身全体に伝わる。

くそ、左腕で掴めばよかった。


「世界も救って女の子も救うだって?そんなこと出来る訳ないがじゃないか」


「いいや、出来る。お前ならできる」


「出来ない。兄さんはいつもそうだ。俺に期待をかけ過ぎだ。俺は、主人公なんかじゃないんだ」


「確かに、お前は『ユメワタリ』じゃ主人公じゃないのかもしれない」


「っっ!?」


「なに驚いてんだ。気づいてないと思ってたのか?お前が気づいてたんだ。俺が気づいて無い筈がないだろう」


―――弟は『ユメワタリ』の世界では現実ほど凄くない。


弟の後ろに並ぶ頭のおかしな会長、裏番な副会長、褐色美人の書記に人形を抱いた会計、馬鹿騎士もとい庶務の誰もが言う。なにを馬鹿なと。『アッキ―』は一年生にして三極ギルドの一つ『虹色の絆』の副ギルド長にまで上り詰め。現在、発見されている全ての主要エリアを回り。多くのボスをその剣で倒し戦う様はまるで勇者そのもの。誰も彼の元に集いたくなるほどのカリスマがあるのだぞと声高に叫ぶ。


ああ、だからどうした。たかがそんなことでなにを得意に弟を語る。

俺はこいつを10年以上見続けていたんだぞ。母親の腹の中に居る頃から一緒に居たんだぞ。

そんな俺が教えてやろう。弟を飾る言葉は一つでいい。


主人公(こいつ)は神に愛されている。


こいつがいるだけで悲劇は消える。涙は無い。誰も彼もが救われる。

これが比喩ではないことを俺は身をもって知っている。

そんな弟が『ユメワタリ』、この世界では強くて勇敢でカリスマがある程度。

それを劣化だと言わないでなんていう?

ゲームと現実は違う。

それは誰もが縛られる真理で弟も例外じゃない。

弟は現実では主人公でもゲームでは主人公にはなれなかった。


ただそれだけのこと。


「だから、お前は諦めたんだ。みんなを救うって言う最高の選択を。できないからって言い訳をして、諦めた。まあ、別にそれはいい。それは賢い選択だ。お前が守りたいモノのための選択なんだろう。けどな、それじゃあ駄目だろ。繰り返すつもりかよ、五年前と同じ失敗を」


「・・・」


五年前のあの時もお前はそうやって自分でも納得できない選択肢を選んでいた。

ああ、確かにあの時にお前が夏木と付き合うって言う選択をしていたら俺も今まで通りに居られた自信は無い。お前を恨んだと思う。憎んだと思う。お前どころか夏木さえ嫌ってしまったかもしれない。俺達三人の関係は崩れたかもしれない。

だからお前は夏木を拒んだ。

結果として今日まで俺達三人は仲良くやって来れた。

その選択を間違っているとは言わない。賢い選択をしたと思う。

けどさ、


「お前は欠片もあの時のことを後悔してないのか?もしそうだとするならお前は男どころか雄でもねぇよ」


「なら、俺はどうすればよかったんだよっ!」


弟は俺の手を乱暴に払いのけた。そして比喩ではなく俺の右手は千切れて飛んだ。

くるくると錐揉み回転をしながら何時か見た人のように空高く飛び上がり、庭にある噴水の中にポチャンと落ちた。

ギリギリの状態で繋がっていた右腕だ。レベル差のある弟に乱暴に払いのけられれば千切れるのも当然のことだった。痛くはなかった。むしろ、断続的に続いていた焼き鏝を当てたような痛みが消えて調子が良いくらいだった。


片腕を失った俺の様子にユウヤミは絶句し駆け寄ってきてくれたけれど、俺には彼女を見る余裕はなかった。

今、俺がすべきことは弟と向き合い続けることだと思ったから。


「誰も傷つけたくなんてなかった。みんなが笑っていてくれればそれで良かった。けど、そんなことは無理なんだよ。誰も彼もを助けてやれて、敵だって抱きしめてあげられる。そんな主人公(やつ)は物語の中にしかいないんだよ!戦えば誰かが傷つくんだ!けど戦わなきゃ守れないんだ!しょうがないだろっ、誰にだって優先順位があるんだっ」


そう言って弟は膝から崩れ落ちる。

地面を見ながら涙を零す。弟の泣く姿をみるのもまた、五年ぶりのことだった。

あの時もお前は泣いていたな。涙を零しながら笑っていた。

最善の選択をしたとお前は自分で思っていたのに涙を流した。


「兄さん、俺は、どうすれば、いいんだよ」


答えなんてその時に気付いて居るべきだったんだ。

流れ落ちたその涙が何よりの証明だったのだから。


なあ、弟よ。お前は容量がよくてなんでも上手く出来る奴だよ。

だから許せなかったんだろう。昔から許せなかった。

俺がお前を見て俺自身の不出来さが許せなかったようにお前もまた俺を見て自分の不器用さが許せなかった。

お前はなんでも出来る奴だから、自分はもっと出来るだろうと思っていたんだろう。


俺が救えなかった少女たちを救って。悪意から周りを守って。立ち上がれない奴には手を貸して。道を踏み外した奴には殴ってでも正道を戻した。

もう十分なのに。弟はもう十分に主人公だったのに。それでもこいつは満足しなかった。

もっと出来る筈だと。完璧を究極を求め続けた。


―――俺は主人公なんかじゃないよ―――


そして何時しか弟は成功を幸せだと感じることすらできなくなった。


成功は飽和して幸福は空気のように軽いものになる。

人は当たり前にそこにあるものを大切なモノだとは思えない。


まだだ。まだ俺は出来る筈だ。幸せとは幸せな終わり(ハッピーエンド)とはこんなものじゃ無い筈だ。


もう十分に弟の御蔭で多くのものが救われていたのに弟は十全じゃないと嘆いていた。

何時だって笑いながら泣いていた。


ああ、そうだ。出来る奴が幸せだ、なんて決まりもない。

何もかもを手に入れて、なにをやっても上手い奴ほど自分は幸せだはと思わないし、呟かないものだから。

たとえ誰に眼からみても成功している人物がいたとしても、本人は意外と幸せじゃないことなんてよくあること。

出来る奴ほど不出来な時に不幸だと大いに嘆く。

今、この時のように。五年前のあの時のように。


嘆いて、後悔をして、それで立ち止まってしまえたのならまだ幸せだった。

けれど、弟はすごい奴だから、立ち止まることすら出来ずに優秀な頭脳は自分でも納得できない次善の策をはじき出す。そして、弟はまた後悔を繰り返す負のスパイラル。


「どうすれば、いいんだよ」


「答えはもう出てるだろ。後を見ろよ。そこに答えがあるだろう」


弟は振り返る。

ああ、そうだ。そこにあるものを目に焼き付けろ。


崩れ落ちたお前の元に駆け寄ってくる少女たち。

生徒会長―羽音(はおと)祢音(ねおん)

副会長―羽音(はおと)子音(しおん)

会計―日根(ひね)茲子(ここね)

書記―伊呂波(いろは)栗子(くりこ)

庶務―円道(えんどう)(ゆう)


それが、お前が十分じゃないと嘆いていた選択肢で救ってきた少女(ヒロイン)達。

それを見てもお前はまだ自分は間違っていたと思うのか。

その輝きを見てまだお前はこんな結末(ハッピーエンド)じゃ物足りないと思うのか。


五人の少女の腕に抱かれて弟は言う。


「俺は、もう、やりきったのかな」


「ああ、お前はもうやり終えているよ。己の手を汚してでもその子たちが愛した世界の平和を守りたいと思ったんだろう。なら、もういいんだ。俺はもう十全に戦った」


俺が知らない所でお前は何時だって戦っていた。戦い続けていた。

だからもう戦わなくていい。

泣いてしまう位だったらゲーム中でくらい楽をしたっていいじゃないか。

やりたくないことは、やらなくてもいいんだ。


後は俺に任せておけ。


「兄さんは止められるのか。『王国』を『人民』を。この世界を救えるのか」


「ははっ、世界を救う?そんなこと出来るわけ無いだろ。俺にできるのはただ『ユメワタリ』っていうゲームを好きに遊ぶくらいだ」


初心は変わらず。俺の目的は『ユメワタリ』というゲームを楽しむこと。

マナとユウヤミと一緒に三人で笑って泣いて馬鹿をやって、ファストフードでポテトを片手に語るようなぐだぐだな、けれど、笑顔で語れる物語を作りたい。


そのために邪魔者を排除するのを躊躇わないくらいには俺は悪い奴だよ。


「最初から俺がすべきこと何も変わっちゃいない。だから、亜樹。ごめんな。マナは俺が連れていく」


亜樹に背を向け真樹は行く。弟を置いて兄は行く。


俺はようやくゲームを始める。




∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇




『オウコク学園都市』における三大ギルドの最後の一つ、『文武連』について俺が知っていることは少ない。それは『王国』のようにちょっかいを出しも出されてもおらず、『虹色の絆』の様に知り合いが加盟しているわけでもないのだから、当然のことだった。

 そんな『文武連』について俺の知っている数少ない情報の一つにすがり、『虹色の絆』からマナを救出した俺たちは町はずれに向けて歩いていた。

 大通り近くに拠点を置く『虹色の絆』から近いとも言えない町はずれまでの道のりの中で左腕に纏わりつく重さに俺は疲弊する。


 「マナ、いい加減離せよ。熱い、重い」


 「ええぇ~、いいじゃんかよ~、マナってば『虹色の絆』の奴らに攫われてちょー怖かったんだから。へへへ、マキが来てくれた時は本当にうれしかったよ!マナってばマキに惚れ直しちゃった!」


 「ソレハドウモアリガトウゴザイマシタ」


 「えへへ」を通り越してそのうち「ぐへへ」なんて擬音で笑うんじゃないかと思うほどに顔を緩めて笑うマナを引き剥がすことはもう諦めて俺は何故か反対側に纏わりつく黒い物体に声をかける。


 「で、ユウヤミは何をしているんだ?」


 「なにって、両手に華なんいていう男の子の夢を叶えてあげているのよ。両手に華、両手に薔薇と彼岸花。ふふ、見なさい。みんなあなたを羨ましそうに見ているわ」


 ユウヤミの言葉で俺は自分に向けられる居心地の悪さを再任する。ユウヤミの言う通り、いくつもの視線が俺に向けられていた。いや、確かにマナとユウヤミはとても面倒な性格をしている変人であるということを除けば整った顔をしている美少女ではある。そんな二人を引き連れた俺が高校生という多感な時期を生きる彼らにとってどう映るのか、わからないわけじゃない。

 しかし、俺は声を大にして言おう。代わってほしいなら代わってやるから前に来い。

 両腕にマナとユウヤミというぶら下げながら---


 「っておい、マジでぶら下がるな。肩が抜けたらどうするんだ」


 「へへへ、へへへ、あへへ」


 「ふふふ、ふふふ、うふふ」


 「何が一体そんなに楽しかったんだよ。マジで意味がわかんねぇ」


俺は溜息をつきながら、けどまあ、大人しくしてくれているなら言いか腕は重いけど、なんて現実の逃避をしながら町はずれへ向かう足を止めずに頭を働かせる。

『王国』と『虹色の絆』はマナという切り札を失ったが交渉を続けるとアキは言っていた。その結果がどうなるかは俺には全く読めない以上、考えるだけ無駄だった。

そして、アキが動き出している以上、『オウコク学園都市』で今一番大きな筋書き(メインストーリー)となっている物語は色々なところで動いているのだろう。

 『王国』打倒の為にゴンゾウさん率いる『人民』も今頃は『文武連』に当たりを付けているに違いない。そして、『王国』もまたそれを黙ってみているわけがない。

 『王国』は俺を誘拐するなんていう意味は分からないことはするが行動力にとんだギルドだ。加えてあの掴み所のない『緑の魔女』とその彼女が親し気に『アイツ』と呼んでいた、まあたぶん『王さま』と呼ばれるプレイヤー、アキが言うにはマナの兄もいる。

 『王さま』にはあったことはないが仮にも三大ギルドの頂点にまで上り詰めたプレイヤーだ。俺とは違い、マナの様な残念ではない、優秀な兄なのだろう。

 空を見上げる。太陽は丁度頂点に達している。時間は丁度正午ごろ。

 『王さま』率いる『王国』とアキ達『虹色の絆』、そして『文武連』と手を組んだ『人民』の三つ巴は今まさに始まろうとしている。

 俺は固唾を飲んで、勇足を堪えながら、町外れへとやってきた。そこには俺の知る『文武連』の数少ない情報の一つであった『文武連』の本拠点が間違うことなく存在していた。

 俺が『文武連』の本拠点の前で足を止めるとマナとユウヤミの俺の腕を握る力が強くなった。

 ユウヤミは緊張した声で言う。


 「ついたわね」


 「ああ、ここが『文武連』の拠点。って、おい。マナ、お前振るえてるのか?」


 「は、はあ?ふ、振るえてねーし!」


巨大な酒場を模した外見をした『文武連』の拠点からは外にいても感じられるほどにピリピリとした殺気立った雰囲気が漏れている。きっとあの中心にゴンゾウさんはいるのだろう。俺は腕を組みいつも通り不愛想な顔で渦中に立つゴンゾウさんを思い浮かべながら----『文武連』の拠点を後にした。

そして、そのまま町はずれから町の外へと出ていく。


 「え?」


 「え?」 


 ポカンとするマナとユウヤミ。はて、馬鹿みたいな顔をして一体どうしたのだろうか?


 「どうした?何か変なものでも食ったのか?拾い食いは駄目だぞ。腹壊すからな」


 「いえ、具合が悪い訳じゃないのだけれど。というより、そのふざけた言いぐさは、あなたも私たちが言いたいことわかっているんじゃないのかしら」


 まあ、そうだな。


 「そうだよ!マキ!どういうこと!文武連の本拠に用があるんじゃなかったの!」


 「いや、誰もそんなこと言ってないだろ。俺はただ『オウコク学園都市』から出るために町はずれを目指していただけで、『文武連』の拠点に立ち寄ったのは、まあ、どんな雰囲気なのか見たかったっていうただの野次馬根性だ」


「………どういうことかしら?わたしにはよく意味がわからないのだけれど」


「そうよ!説明しなさいよ!」


 首を傾げるユウヤミと俺を指さすマナにため息をつく。


「マナ、人を指さすな。あと、わからないって、マジで言ってんのか?」


 俺のやっていること。俺のしたいこと。わからないという二人の気持ちが良く俺にはわからない。やるべきことも。やりたいことも。俺は最初から口に出しているだろう。

 

 「ようやく遊べる(ゲーム)ができるんだぞ。とりあえず、向かう先は『明け方の湖畔』でいいか。あそこで出てくるアイアンオーガの鋼鉄の剛皮が欲しいんだよな。いい加減、アイアンシリーズにも飽きてきたし、それがあれば上位装備が作れるってナツキ、知り合いの装飾家の奴が言ってたんだ」


 長かった。ここに来るまで本当に長かったなと俺は回想する。先週はゲームが始まって早々に誘拐され、ゲーム内での一週間を無意味に過ごしてしまった。マナが誘拐されたとき、今回もまた同じようなことになるんじゃないかと内心ヒヤヒヤしていた。

 一週間に一度しかないMMOカリキュラムをそう何度も無意味に潰したくはない。

 だから急ごうと俺は言うのだが、マナとユウヤミの二人はまた戸惑っている様子だった。


 「どうしたんだ?」

 

 「いえ、本当にいいのかしら?」


 「いいって、ユウヤミ、『明け方の湖畔』ってそんなにレベルの高いフィールドじゃないだろう。俺たちでも十分に通用すると思っていたんだけど、違うのか?」


 まさかまた『未明の渓谷』の時の様に特定の職業の仲間がいないと攻略の難しいボスモンスターでもいるのだろうか。あるいは格闘家である俺の天敵であるスライム系の強キャラがいるのだろうか。


 「いや、ユウヤミが言ってるのはそういうことじゃないっしょ。マナでもわかるっつーの。『王国』と『虹色の絆』と『文武連』の三つ巴。それに『人民』とか、もろもろどうするのかって話じゃん。遊ぶのはいいけど、それよりも先にやらなきゃなんないことがあるじゃんか!」


 「いや、無いだろ」

 

 マナの一見正論に聞こえる言葉をばっさり切り捨てる。まあ、うん。マナの言いたいこともわかる。けれど、それは違うだろう。前提として俺が何故、ゲームをしているのかを思い出してほしい。そして、ゲームとは何なのかを思い出してほしい。


 「楽しいことをすること。面白いことをすること。それがゲームで、それがゲーム(あそび)だろ。面倒なことや嫌なことを、やらなくて何が悪い。そりゃ、俺も現実でそんな甘っちょろいことを言う気はないけど、ここはゲームの世界『ユメワタリ』。やりたくもないことをやれなんて言う権利は、誰にもないだろ。やりたいことだけ、やればいいんだ」


 現に俺を『王国』打倒の旗印にするために『人民』に引き込もうとしたゴンゾウさんを思い出してほしい。彼は確かに義憤に燃える熱い漢だった。そして、その情熱を抱えたまま嬉嬉として『王国』の打倒という革命を起こそうとしている。楽しそうに戦おうとしている。

 ゴンゾウさんはやりたいことの為に全力で遊ぼうとしている。

 それを悪いだなんて誰も言えない。

そして、それは弟だって同じだ。アキもまた、自分の楽しいゲーム生活を守るために本気で『オウコク学園都市』の危機を救おうとしている。自分のやりたいことを、やっている。

 そう、結局はただそれだけの話だ。

 『王国』と『虹色の絆』と『文武連』の三つ巴。『人民』による『王国』の打破という『オウコク学園都市』を揺るがすかもしれない事件が起ころうとしている現状。

 それがあまりに大きなことであるかのように見えるから、分かり辛くなっているだけの話。たしかに、現状の混乱を収めるために必死になっている奴らも多くいるだろう。

 ユウ先輩や緑の魔女の様に、『王さま』や弟やゴンゾウさんに従い一緒に各々が抱く正義感のまま戦っているプレイヤーも多くいるはずだ。

しかし、それもみんな、とても簡単に言ってしまえば、必死になって遊んでいるだけだろう。

 なら、俺たちも楽しく勝手に遊べばいい。それをとがめることのできる奴なんていない。

 

「『王国』に『虹色の絆』に『文武連』に『人民』。確かに大ごとだ。大事なことなのかもしれない。けどさ、マナ、ユウヤミ。俺は遊ぶためにゲームやってんだ。世界を救うためでも、ましてや弟へのコンプレックスを解消するためでもない。楽しむためにやってんだ。ならさ、この『ユメワタリ』でお前たち二人と遊ぶ以上に大事なことなんてあるか」


「・・・えっと、マキ。あのさ、マキにとってマナ達と遊ぶことって」


「あなたにとって、『オウコク学園都市』の平和より、大切なことなのかしら?」


「何言ってんだ。当たり前だろう」


俺がそういえば、二人は互いに顔を見合わせた後、笑ってくれた。

よかった。これで心置きなく遊ぶことが出来る。どちらか一人でも『王国』と『虹色の絆』と『文武連』の三つ巴。『人民』の革命。『オウコク学園都市』で始まっているメインストーリーに興味があると言えば、そっちへの参加も考えた。自分がやりたい遊びだけを押し付けるほど、俺は子供じゃない。けれど、まあ、別に興味がないと言ってくれるのなら、うれしい限りだ。先週、遊べなかった分、遊び倒そう。

 まあ、弟のアキには悪いことをするという気持ちがない訳じゃないが、あいつもあいつで俺のパーティーの一員であると知りながらマナを攫うなんて真似をしているんだ。公平なナツキに審判ジャッジを頼んでもお互い様だと言ってくれるに違いない。

だから、心置きなく遊び倒そう。


 「けどさ、いや、マナはそれでいいし、マナとの時間を大事だって言ってくれてちょー嬉しいんだけど、アキはホントにいいのかよ」


 「そうね。いえ、わたしも二人が良いならそれでいいの。もともと、わたしは『オウコク学園都市』に大切な人なんて、アキとマナちゃん以外にいないもの。けれど、あなたは違うわ。弟さん、大事なのでしょう?」


 「まあ、兄弟だからな。そりゃ、大事だよ。で、『オウコク学園都市』の平和があいつにとって大事なものであるってこともわかってる」


 「なら、手を貸してあげてもいいんじゃないのかしら。わたしたちと遊ぶのはその後でも遅くはないわ」


 「そうそう。別にマナは少しくらい待たされるのは気にしないよ?マナ、そんな我がまま女じゃねーし」


 「・・・言いたいこともあるが、まあ、いいや。ありがとな。でも、マジで大丈夫だよ。むしろ、あいつのことも思っての、今回の判断だ」


 俺は『オウコク学園都市』の外から中で戦う弟のことを思う。


 嫌なことからは逃げていい。やりたくないことはやらなくていい。思うがままに在るがままに生きていい。ゲームの世界、『ユメワタリ』はそういう世界だ。勿論、他人に迷惑のかかることはやらない方がいい。助け合いが大切だということだけは、現実世界もゲームの世界も変わらない。けれど、一線を越えない以上は「助けない」という選択もまた、したっていい筈だ。俺は多分、弟であるあいつに、現実の世界で、全てを「助ける」ことが正しいとさせる世界で潰れそうになってしまっていたあいつにも、それを知ってほしい、のだろう。

 俺の読みが正しければ、おそらく『人民』の手によって『王国』は打破される。ゴンゾウさんの思い描いた革命が絵に描いた餅ではないことは歴史が証明している。俺の参加不参加なんて、最初から戦後処理をしやすくする為のものにすぎないと最初からゴンゾウさんは嘘偽りなく言っていた。ゴンゾウサンは本当にいろんな意味で正直な漢だった。

 『人民』の革命は止められない。いくら弟が必死になったところでマナという切りカードを失った以上、きっと『王さま』が『虹色の絆』と手を組むことはないだろうと俺は思っている。『王さま』はあったことのないプレイヤーだけれど、マナの兄だというのなら大体の性格の予想はつく。優秀な君主ではあるのだろうが、きっと孤高で、はっきり言えば我が儘な性格をしているに違いない。そして、このゲームの中で、マナがそうであるように自信に満ちている筈だ。

 そんな『王さま』はたとえ窮地に立っていると理解しながらも、『勇者おとうと』の手を払いのけるに違いない。それがとてもカッコイイ散りエンディングだと、そう思うに違いない。

 『王国』は撃たれる。『人民』の革命によって。そして、『王さま』は満更ではない表情を浮かべながら表舞台から消えていく。そのとき、『勇者おとうと』は知るだろう。

 救えないものがあることを。あるいは、助けなくてもいいものがあるということを。

 そのくらいの現実を、あいつは知った方がいい。神様に愛されていない、現実の世界とは違い思い通りにならない、このゲームの世界で生きるのなら、なおさらに。



 「んじゃ、行くか。『明け方の湖畔』」


 「おお!久しぶりにマナの槍さばきを見せてやんよ!」


 「ふふ、久しく暴れていなかったから、わたしの呪われた血が騒いでいるわ」


 

 そして、メインストーリーを外れて、俺たちは何時も通り、『ユメワタリ』の世界を普通に遊び始める。

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