第十八話
郷田三蔵は落伍者である。それは自他共に認める事実であり、その事実を根拠に彼には不良と言うレッテルが張られている。そして、その称号を本人は決して嫌ってはいない。むしろそのレッテルがあるからこそ得られる恩恵を好みながら郷田三蔵という男子生徒は王黒学園における青春を謳歌していた。
その現実が一見取っ付き難く見えるけれども触れ合ってみれば心根の優しい不良という使い古されたキャラクターの存在を否定する。そんな奴は現実にはいないと切って捨てる。
彼は望むままに不良であり、あるがままに不良だった。
不真面目で不誠実で、暴力を好み喜んで振う。そんなどうしようもない落伍者と俺のような脱落者が出会うこととなったこの顛末は、なるほど当然の結果だったのかもしれない。
彼は言った。『王国』が気に喰わないと。それは間違いなく彼自身の荒い気性から出た本心だろうと俺は思う。
不良である彼はゲームの中では一介の職人として生きている。それは戦いも争いも現実で事足りているから別のことがしたかったからだと言っていた。
その言葉にも俺はなるほどと納得した。ゲームが何故こんなにも楽しいのか。その一番の理由は現実ではできないことが出来るからだと俺は思う。
俺が『マッキー』として現実では出来ないモンスターとの争いを楽しんでいたように、郷田もまた『ゴンゾウ』として争いのない日々を楽しんでいたのだろう。
互いに現実において得難いものであることに変わりなく、『ユメワタリ』と言うゲームを続ける確固たる理由足り得ている。そして彼はその為に『ユメワタリ』において無口で渋い商人というキャラクターを被り生活をしていたのだ。
しかし、なぜそんな風に現実とは違い大人しく過ごすというゲーム生活に満足していたはずの彼が『王国』を憎んだのか。
『王国』を敵に回せば『ユメワタリ』において彼が好んだ生活。ゴンゾウさんとしての生活が崩れてしまうと知りながら何故、『王国』に狙われる身である俺を助けたいなどと言ったのか。その理由はまさしく彼らしい、何時だって不機嫌そうに腕を組んで立っている『ユメワタリ』においての彼らしいものだった。
「・・・始まりはほんの小さな違和感だった。その違和感の原因に最初、俺はまったく気づかなかった。だがな、一日が過ぎ、二日が立ち、三日目になれば流石に気が付いた。その違和感の正体がなんだったのか」
「俺の前から一人の女が消えていた。お前も覚えがあるはずだ。俺の隣で店を出していた女だ」
そう言われて思いだしたのは一人の少女。ゴンゾウさんの隣で店を出していた名も知らない錬金術師の、その、胸の大きな女の子。そばかすのある愛らしい顔立ちで買い物に行けばいつも笑顔で迎えてくれた彼女が消えた?いったいなぜ?
「商店街の奴らから話を聞けば、あの女は『王国』に納める、みかじめ料を払えなくなった。だから、『王国』にあの商店街から追われた」
思い出すのは少女の店の閑散とした光景。ああ、そうだ。あの光景は鮮明に思い出せる。周りが新参者ばかりの体験期間中は賑わっていた少女の店は本格的なMMOカリキュラムが開始され古参の錬金術師が出す店。身もふたもなく言うと彼女よりも質のいい薬を扱う店が増えると人が疎らになり賑わいが失せていった。
それは別に特別な事じゃなく、きっと毎年のことなのだろうと思う。同じ生産職である裁縫師の夏木も相当に苦労していた様子だったしゴンゾウさんにしてもそうだろう。
二人は持ち前の才覚か運かはわからないが、なんとかその難局を乗り越え客を掴めた。
しかし、少女は難局を乗り越えられなかった。あるいはチャンスすら手にできず終わったのだろう。
そして、『王国』が管理する商店街から追われた。
その後、少女がどうなったのかはゴンゾウさんも知らないそうだ。
「・・・別に俺とあの女がどうこう関係していたわけではない。ただ隣人だった。それだけだ。それだけなのに、無性に腹が立った。理由など要らぬほどに」
ゴンゾウさんが抱いた義憤を俺は理解することが出来ない。俺は自分で手一杯な人間だから、誰かの為に何かをするなんてことを出来るような人間じゃないから。創作された少女(あの時)も過去のヒロイン(あの時)も俺は彼女たちの為になにもしちゃいない。俺は俺のやりたいことをやっただけ。彼女たちがその過程で勝手に救われたと勘違いしているだけ。
だから俺はもしゴンゾウさんがあのそばかすの少女を救ってくれと言ったのなら、断るつもりでいた。一度はゴンゾウさんの手を取りながら掌を返すなんて恥知らずな真似をしなければならないと思っていた。
けれど、ゴンゾウさんはそうじゃないと首を振る。静かにしかし力強く首を横に振り、俺の目を見て言うのだ。
「俺は、お前にそこまで望まない。こう言っては何だが、俺はお前を大した奴だなんて思ってはいない。お前は普通の奴だからな。勘違いするなよ。これは褒め言葉だ。『ユメワタリ』を支配する三大勢力の一つ『王国』にただ一人で挑もうなんて奴はただの馬鹿か死にたがりの変態だ。いくら夢と理想の世界『ユメワタリ』といえども敵わぬ敵はいる。越えられぬ壁はある。お前はそれを理解できる奴だと思っている。お前はそう言う普通の判断が普通にできる奴だ。だからこそ、俺はお前を助けたいと思う」
「正直、よくわからないですよ。どうして俺を?もしゴンゾウさんが本気で『王国』を、『王さま』を倒したいと思うなら頼る相手は俺じゃなくて弟の方でしょう。魔王は勇者じゃなくちゃ倒せない。兄の俺が言うのもなんですが、弟はすごい奴です。弟には主人公補正がありますよ」
「ふん、お前の弟の噂位、俺だって知っているさ。三大ギルドの一つ生徒会ギルド『虹色の絆』において一年生の身でありながら副ギルド長にまでなっている稀代の新生。一度、あれの戦闘を見たことがあるが、あれはまさしく天才だろう。妬みすら持てないほどあれは輝いている」
「なら、どうして俺なんですか?『王国』が行っていることを聞けば弟は黙っていないでしょう。もちろん、『王国』と『虹色の絆』は互いに巨大な組織同士、正面からぶつかり合うには色々な障害があるでしょうが、それを何とかしてしまうのが弟ですよ」
「ああ、だろうな。けれど、だからこそ俺はお前の弟には『王さま』は倒せないと思っている」
ゴンゾウさんの言っていることが俺には理解できなかった。弟の特異性を知りながら『王さま』には勝てないという。何、言っているんだ、この人は。弟は物語で言うなら主人公。
どんな敵だろうと絶対にアイツには敵わない。苦戦は強いられるかもしれない、苦しみや嘆きがアイツの胸を打つかもしれない。それでも最後には勝つ。そういう星の元に弟は生まれてきている。
「弟が、負けるはずがないでしょう」
「・・・マッキー。お前の欠点は自分を過小評価していることと、弟を過大評価していることだ。お前の弟では『王さま』には勝てない。絶対にだ。なぜなら、お前の弟が主人公であるからだ。お前は『ユメワタリ』以外のゲームを十年間程、まったくやっていなかったと言っていたな。だから、お前は知らないのだ。勇者の綻び。主人公の欠点を」
「主人公の欠点?」
「勇者たる者に自由は無い。光を背負って立つ限り、その思想と行動には多大な枷が掛かる。主人公がこんなことをやってはいけない。そんなことをする奴は勇者じゃない。清く正しく清廉であれ。勇者の欠点とはな、簡潔に言えば悪しか斬れぬということだ。そして、『王さま』は決して悪ではない。『王国』の存在が『ユメワタリ』の平穏を保っていることは事実。俺達商人はみかじめ料を支払う見返りに市場の安全を受け取っている。王が王国を守る。その王国に住まう民たちはその見返りに税を支払う。ああ、正当だろう。お前がどう思っていたのかは知らんが、『王国』は正しい国の在り方を保っている。『王さま』は決して暴君ではない。故、勇者の剣は届かない」
ゴンゾウさんの言葉を聞いて思い出したのは夏木が前に言っていたこと。
『ギルドにお金を払う代わりにそのギルドに用心棒をしてもらうの。トラブルがあった時に守ってくれたりするんだよ。別に払わなくても何も言われないけど、やっぱりそういう力添えがあった方が心強いでしょ?』
裁縫師であるあいつもまた店を出すにあたり『王国』にみかじめ料を支払っていた。
そこに奪われているとかそういうマイナスな感じが全く感じられなかった。ああ、なるほど確かに『王さま』に弟の剣は届かないのかもしれない。と言うより弟は『王さま』に剣を向けることも出来ない。なぜならこれもまた弟が『ユメワタリ』において一番大切だと言っていた助け合いの一つの形でしかないのだから。
「なるほど、そういうことか。確かに弟じゃ『王さま』と戦えない。というより『王さま』が暴君にでもならない限り誰も戦おうなんて思わない。」
「その通りだ。民衆が戦いを望まない以上、勇者もまた戦えない。勇者に王は殺せない。勇者が殺せるのは魔王だけだ。だから、お前だ。マッキ―。お前は勘違いしているようだから教えてやる。今から俺達がやることは『王国』と戦うなんて言う華々しいものじゃない。こんなものはただ平民が税が高いと役人に文句をいう程度のしょぼいことだ。ちっぽけなことだ。そして、そんなちっぽけなことが何時だって世界を回してきた」
小さな民意。ゴンゾウさんが感じた義憤を感じた奴らはきっと多くいたはずだ。しかし、彼らは素直だったからそれを仕方の無いことだと受け入れだ。事実、それは正しいものの見方。ある種の伝統とすらいえることだった。王は王国を守り民は王に税を納める。
そのことに問題はない。何の問題もないのに一人の商人が声高に叫んだ。
俺はもっと自由に商売がしたいと。
その民意がどういう結果を産むのかを王政が廃れた日本に住む俺達はよく知っている。
「ゴンゾウさん。あんた、本気で『王国』を潰す気ですか?その結果、訪れる混乱は半端じゃないものだと思いますよ?」
「王政は廃れる。最新式のゲームである『ユメワタリ』で『王国』は時代遅れ過ぎるだろう。君主制、なるほど確かにゲーム的だ。だがな、俺達は別にNPCじゃない。俺達はそれぞれが意志を持ち動くそれぞれの物語の中心に生きている主人公だろう」
かつて王は問うた。世界の中心はどこにあるのかと。
一人の臣下が答えた。世界の中心は誰にも見えないものだと。
そして、俺は確かにあの時に言った。世界は俺を中心に回っていると。
俺の中で何かが砕けた音がした。それはきっと遠い昔にしまいこんでしまった箱の鍵が砕けた音だった。
「人民の人民による人民のための革命ですか。歴史は繰り返す。それはゲームの中だって変わらない。ああ、そしてゴンゾウさん、あんたは酷いやつだ。あんたが俺を選んだ理由がようやく分かった。俺を革命の旗印にするつもりでしょう?なんのチカラも持たない格闘家だからこそ、無窮の民の御旗になれる。支配から逃れるための革命。けれど、革命後に革命の指導者に支配されちゃ何の意味もない。けれど、俺にはそんなことが出来ないって誰でもわかる」
だから誰もが安心して打倒『王国』の旗の元に集える。無力な将の後ろに立ったところで背を指される心配はない。
確かに弟にこの役目は無理だ。アイツは望む望まないに関わらず支配する側の人間だから。
「そうだ。王を退ける者は何時だってお前のような無力な平民だ。だから、見せてやってくれ。傲慢なる王に我ら民の剣先を」
郷田三蔵は落伍者である。彼は思うままに不良であり、あるがままに不良だった。
そして、忘れてはならない。ゴンゾウと名乗る彼が語るものもまた郷田三蔵という男子生徒が抱く本心に他ならない。
郷田三蔵。彼は無頼な自由を愛する漢なのだ。
故に彼が願うは平民が平等な権利を持つ社会。民主制の樹立である。
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「それであなたは、はい。解りました。なんて考えもなしにその提案を受け入れたわけではないのよね」
先週のMMOカリキュラムから一週間後の火曜日。つまり今週のMMOカリキュラムが始まった開始直後、ユウヤミは恐る恐るといった様子で俺にそんなことを聞いてきた。
なにを馬鹿なことを聞くんだ。まったく、ゴンゾウさんからそんな話を聞かされて俺がすることなんて一つじゃないか。
「俺達の拠点の場所は決まったな。『王国』近くの城下は論外。ゴンゾウさんが『文武連』にもアプローチするって言っていたから町外れも駄目。予定通り、『虹色の絆』が治める大通り近くの拠点を買おう」
いや、あれだ。別にゴンゾウさんから逃げたわけじゃない。
彼の話に心が動かされなかったと言えば嘘になる。即断即決を是とする俺としては話を聞かされたあの日から一週間、考えて考え抜いた末に出した結論だ。
ゴンゾウさんは俺を助けてくれると言ってくれた。
しかし、俺はゴンゾウさんの力にはなれない。
「・・・ふぅ。よかったわ。懸命な判断ができたようね。私、心配したのよ。貴方がらしくもないことをするんじゃないかって。ここ一週間のあなたはまるで貴方じゃないみたいで、ええ、こんなことを言ったら色々な人から苛められるのでしょうけれど。まるで、弟さんみたいだったから。本当に、心配していたのよ」
「ははっ、面白い冗談だな。俺は俺だよ」
弟になんて成れるはずがない。
「んじゃ、マナが来たらさっそく大通りを見に行こう」
「ええ」
・・・
・・・・
・・・・・
「それにしても、遅いわね。マナちゃん」
MMOカリキュラム開始時のキャラクターの出現位置は混雑によるサーバーへの負荷を避けるために4つの場所、オウコク学園都市の東西南北にそれぞれある門に分けられている。
どこに出るかは完全なランダムらしく、俺達はどこに出現しても毎回東側の門に集合という取り決めをしていた。今回、俺とユウヤミは運よく東の門が出現場所だったのでその場を動くことなくマナの到着を待っているのだが、どうにも遅い。
東の門から一番遠い西の門が出現場所だったとしてもそろそろ着いてもいい頃だけれど。
マナは現れない。
「まあ、急ぐようなことでもないし・・・いや、急いだ方が良いのか?そう言えば俺、何故か『王国』に狙われているんだっけか」
「そう言えばそうだったわね。ゴンゾウさんとかいう人の話が濃すぎて忘れていたわ。結局、どうして貴方が狙われているのかもわからなかったのよね?」
「ああ、目下思考中だよ。正直、行き詰ってる。マジ意味ワカンネェっていうのが結論になりそうだ」
「そう。まあ世の中には理不尽な暴力も理由なんてない悪意も沢山あるもの。そう言う時の対処法は両手を広げて受け入れて、リアクションなんて取らずに相手が飽きるのを待つことだわ。下手に反応なんてしたら相手を楽しませるだけよ」
「・・・流石に相手が飽きるまで攫われ続けるっていうのは嫌だが」
それとゲーム開始直後に暗くなるようなことを言うな。
これからドキドキワクワクのゲームライフが始まるのだから明るくなるような話題をと考え、以前見た人が空を飛ぶ様子を見た時のリアクションについての話題をもう一度ユウヤミに振ろうとしたその時に駆け寄ってきた猫耳少女。ソバージュと言っただろうか。妙にヨレヨレとした一昔前の不良少女のような茶髪の髪に茶色の猫耳を生やした少女から伝えられた言葉を聞いた瞬間、運命が決まった。それは五月蠅いくらいに姦しく喋る猫耳少女の運命でも隣で目を丸くして聞いているユウヤミの運命でも、ましてやここにはいないマナの運命でもなく。俺の、そして、目を逸らし続けていた俺の半身ともいえる愛すべき家族の運命が音を立てて崩れていくのだった。
猫耳少女。メメは言う。猫語と言うキャラ付を忘れるほどに慌てながら
「マキのパーティーメンバーの騎士の子が『虹色の絆』に連れてかれたっ!」
その言葉に人見知りを拗らせ過ぎているユウヤミがらしくもなく怒鳴るようにメメに言う。
「それはどういうこと!どうしてあの子が」
「いや、ウチにもわかんないよ。ただ西門であの子と一緒になって、ああ、あの子、マキの仲間の子だなって思ってみてたら、突然『虹色の絆』の人たちに囲まれて連れて行かれちゃってさ。あの子は抵抗してたけど、相手は『虹色の絆』だし周りの人も見てるだけでさ。・・・私も、見てることしかできなくてさ」
マキ。ごめんねと普段の姦しさからかけ離れたしおらしさでメメは言う。
不安げに揺れる猫耳には触れぬようメメの頭を優しくなでる。メメの目が驚いた様子で俺を見た。
ああ、驚いているのは俺の方だ。俺はまだこんなことが出来たのか。
そして、だから、かける言葉も決まっていた。
「伝えてくれてありがとう」
俺はメメに背を向ける。これ以上、メメを巻き込むことは出来ない。『王国』ほどで無いにしろ『虹色の絆』の影響力は強大だ。どこに『虹色の絆』の協力者がいて『虹色の絆』への敵対ともとれるメメの行動を見ているかわからない。
これ以上、無関係な彼女を巻き込むことは出来ない。
「・・・だから、私にも来るな、なんて言わないわよね。マナちゃんがピンチで、あなたが行って、待っていろなんていうなら、それはもう苛めよ」
黒い巫女服に身を包み、まだ気がは早いだろうに呪いのお札を手に握りながら、ユウヤミは俺の隣を歩いて黒いその目で俺を見る。
「全部俺に任せておけ。お前は俺の無事を祈っていてくれ。ああ、そんなこと言うかよ。そんな弟みたいなこと。言わないさ」
「よかった。ええ、私は女の子を待たせるような男をカッコいいとは思わないもの」
「そうだな。女を待たせる男は最低だ。そして、ああ、何のつもりだ。アキの奴。マナを攫った?俺が攫われる以上にマジ意味ワカンネェぞ」
俺が弟に敵意を抱く。本当に久しぶりだった。
こうして意味など不明で理由など知らず考えもせず実に五年ぶりになる兄弟喧嘩が始まった。