第十六話
前話の投稿からすでに2年たってからの投稿。まずは読者の皆様方に深くお詫びを申し上げます。
2年とは長い時間です。もう私がこのサイトで細々と小説を投稿していたことを覚えている方はいないでしょう。それほどに2年という月日は長く、私の現実での生活環境も大きく変わってしまいました。その変化を2年の停滞の言い訳にしようという気はありません。すべては自分の不甲斐なさと根性の無さが招いた結果です。
申し訳ありませんでした。
謝罪をさせていただいたところで、今後のことについて書かせていただきます。
就職が決まり、現実という荒波にもまれ続けるであろう私は今後、小説(というほどのものでもない雑文でありますが)の執筆をささやかな趣味とさせていただきたいと思っております。
今後は少しずつではありますがこの作品を書いていきたいと思っております。
どうか、よろしくお願いいたします。
不出来な奴が不幸でなきゃいけないなんていう決まりはない。
そんなことを、言ったような気がする。
はて、それは何時のことだったか、正直よく覚えていないんだけれど、確か俺の周りが今より少しだけ静かだった頃の話だと思う。
となると、たぶんマナと出会う前か、ユウヤミに会う時か、いや、もっと昔の夏木のあの事件の前?はたまた弟と喧嘩していた時期だろうか。うん、よく覚えてない。
まあ、何時何処で何者に言った言葉だったか、なんてものはどうでもいいことだ。
言った俺自身がよく覚えていないことなのだから、たぶんその時の気分でなんとなく言ってみたとか、そういうどうでもいい感じだろう。
思い出す必要はない。
思い描くべきはその意味。
今はそれが必要なことであるわけだし、覚えていないとはいえ俺が言った言葉で有ることは確かなこと。
なら、俺にはそうする責任と義務がある。
責任も義務も嫌いな言葉ではあるわけだけれど、今回に限り全力を尽くすことを俺はいとわない。
不完全燃焼ではなく完全燃焼してやろうじゃないか。
なにしろこれは俺にようやく出来た男友達の為なのだから。
やる気が出るのは当然。ああ、仲良くするために貸しを作っておこうなんて言う打算的な考えもあるけどそれは二割。後の八割は優しさで出来ています。
あの人は無愛想だから、きっと俺がそれくらい優しくならなきゃ釣り合わないし、これから付き合って行くことは出来ないだろう。
無愛想、無愛嬌、何時だって眉間に皺を寄せて腕を組んで立っているあの人と俺がどうやって出会ったかなんて事は、今さら語ることはしない。
別に特別なことが有ったわけでもないし、ごくごく普通に成り行きで知り合いになったというだけのことなのだから。
これから語る、いや、語るなんて堅苦しいものじゃないか。
これから喋るのは俺とあの人が知り合いから友達になるまでの物語。
ごく普通の俺ととてもじゃないが普通とは言えないあの人が仲良く友達をやっているのを見た人が、君達はどうやって知りあったの?と聞いて来た時、時間潰しに喋るような、そんな聞き流してくれても別にかまわない、平平凡凡な日常の一コマ。
やまなし、たになし、そして今回は落ちもない。
なぜなら今ここで俺が落ちを潰してしまうからだ。
俺がどうしてそんな暴挙に出たのか、それはこの喋りが終わった後ででも考えてくれ。
では、準備は良いか?左耳にはイヤホンを付けていてくれてもいいけど、右耳は外しておいてくれよ。
じゃあ、始めようか。
不出来な奴が不幸で有る必要はない。
出来なくても、不遇であっても、それが不幸であるなんていう言葉を誰かが言う権利はない。
友達がいなくても、苛められていても、劣等感に苛まれていようと、何もかもが上手くいかなくて立ち止まってしまおうと、それを不幸であると他人が決めつけることはできない。
本人が、当人が、自分自身が、俺は、私は、僕は、不幸なんだと、呟いた時に人は初めて不幸になるもの。
だから、逆に出来る奴が幸せだ、なんて決まりもまたない。
何もかもを手に入れて、なにをやっても上手い奴ほど自分は幸せだはと思わないし、呟かないものだから。
たとえ誰に眼からみても成功している人物がいたとしても、本人は意外と幸せじゃないことなんてよくあること。
むしろ、不出来な奴ほど出来た時に幸せだと笑うだろう。
出来る奴ほど不出来な時に不幸だと嘆くだろう。
面白い話、出来る奴の人生ほど自分が感じる不幸は大きく、不出来な奴ほど喜びの大きい幸せに満ちているのだと、俺は思う。
そして、じゃあ一体、君はどちらに成りたいのか。と聞かれた時、いったい諸君はどっちを選ぶ?
俺なら、こう言う。普通が一番だ。幸せも不幸も等しく感じられる普通が良い、と。
結局、この喋りの落ちはこんな俺自身の自己完結で終るのだ。
そして、この落ちに至るまでの過程を遡ってみれば、そう、始まりは何時も通りのゲームの中で起きた。
あれは朝起きて、宿屋の窓を開けた時だった。
人が飛んでいた。
手を広げて鳥のようにとか、スーパーマンのように飛んでいるとかではなく。
錐揉み状に回転し、推進力を得ながら飛んでいた。
あいた口が塞がらないというのはまさにこう言う時に使う言葉なんじゃないだろうか。
そんなことを俺が考えている間にも、人は飛び続ける。
加速も減速もすることなく、綺麗な放物線を描き飛びつつけて、やがて見えなくなった。
「マキ、起きているかしら」
扉の外から聞こえた声。返事を聞く前に少女は部屋に入ってきた。
「・・・窓から身を乗り出して、飛び降り自殺ならやめた方がいいわ。下に人がいたら巻き込んでしまうもの」
「朝一番で出てくる話題が死ぬ方法ってことが大いに気になるけどそうじゃない。ユウヤミ、聞いてくれ」
「・・・朝一番ではないわ。私は最初に起きているかって、訪ねたもの。相変わらずお馬鹿ね、マキは」
「尋ねることは朝のあいさつであり、話題じゃないだろ。馬鹿はお前だ。それにそもそもお前は勝手に入ってきただろうが。俺が返事をしてない以上コミュニケーションとして成立してないんだと言いたいが、いまはそんなことは良いから話を聞いてくれ」
「・・・屁理屈まで捏ね言い返さなくてもいいわ。ええ、そうね、貴方の言う通りということにしておいてあげる。どちらが子供っぽいくてお馬鹿なのかは他人の目から見れば明らかだもの。それにしても、私とはコミュニケーションが成立しないか。ふふっ、ふふふふふ」
「コミュ障がそんなに嬉しいか引きこもりめ。じゃくて、良いから聞いてくれよ!ユウヤミ!今そこでだなあ!」
「・・・私の呪いをコミュ障なんて言葉で片付けないでちょうだい。私は世界で二番目にその言葉がきらいなの。だいたいなによ、少し口べたってだけでみんなそう言って私を苛めて・・・私はとろくなんて無いわ。みんなが話すのが早いだけじゃない」
「え?あれ?どうして泣きそうなんですかユウヤミさん?ちょ、まった!俺はいったいどこでなにをどう間違った!?」
「・・・こんな風に騙される人がいるから、痴漢のえん罪って無くならないのね」
「ああ、わかった。わーったよ、喧嘩売ってんだな?言っとくけど俺は案外、男も女も子供も老人も関係なくぶん殴れる人間だったりするんだぜ?老若男女に好かれる弟だからこそ、敵のバリエーションも多くてなあ」
「知っているわ、それくらい。けど、マキは私を殴れない。殴らないんじゃなくて殴れないの。だって、私とマキはお友達だもの。だから、マキは、マキだけは、私を虐めたりしない。そうでしょう?」
「・・・・・・・・なあ、ユウヤミ」
「なにかしら?」
「なんで俺達は朝からからこんな会話をしてるんだよ」
「さあ?忘れてしまったけれど、マキの所為じゃなかったかしら?」
「ああ、そうですか。そう言うことを言っちゃいますかー。なんでだろうなー、なんで俺の関わる女は全員一見変人奇人で蓋を開けてみるととてもおもしろくめんどくさいのだろーなー。朝の会話にこんなに苦労するなんて、マジで意味わかんねーなー」
「・・・わかったわ。わかったわ、私がふざけ過ぎていたわ。話を聞く、聞く、聞くからそんなに肩を揺さぶらないでちょうだい」
ようやく話を聞く姿勢を取ったユウヤミに俺は慌ただしく揺れる気持ちを吐露しようとして、止まった。
なんていえば良いんだ?
「さっきそこで人が回転しながら飛んで行ってさー」
駄目だ。駄目駄目だ。そんなこと言ったら俺が本当にお馬鹿みたいじゃないか。
「人って、飛べるんだな」
微妙だ。微妙すぎる。確かにそう言う『スキル』があってもおかしくないけど、なかった場合を考えると危険じゃないだろうか。
悩みこむ俺にせかすような視線を向けるユウヤミ。
ああ、わかった。正直に言うとしよう。こいつにお馬鹿扱いされるくらいならまだ、傷は浅い。
「なあ、ユウヤミ」
「なにかしら、マキ」
「人がさ、飛んでいた時って、どんな顔をすればいいんだろうか。わからないんだ」
「・・・そう、ね。笑えば、いいと思うわ」
おそらくそれは、笑い過ぎてせき込みながら言うセリフではないだろう。
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「家が惜しいわ!!!」
人が錐揉みしながら飛んでいくという怪現象を目撃した俺は近くの教会でお祈り(価格・500円。解毒解呪作用有)をしてもらい宿に戻ると何故かマナが居座っていて開口一番にそう叫んだ。
「・・・家が惜しい?そりゃ、まあ誰だって惜しいんじゃないか?アニメキャラみたいな弟と妹がいる俺でも流石に家が火事になったとか下手な話はちびまる子ゃんの永沢君くらいしか知らないが・・・なかなか自覚できるありがたさじゃないよな」
なんだろう。リアクションに困った。
「マナちゃん。噛んでいるわよ」
ベットに腰掛けるマナの隣で布団にくるまっていたユウヤミがいう。というか何故くるまっている。
それは俺の布団だ。盗るな。やめろ。これ見よがしにくんかくんかとか声に出しながら匂いを嗅ぐな。にやけるな。初期の無口キャラ設定はどこ消えた貴様。
「マナちゃんとか呼ぶな!というか、アンタなにやってんのよ!」
「匂いを嗅いでいるの。いやがらせのつもりだったのだけれど・・・癖になりそうよ」
「やめろ!それはマナのだ!」
「いや、俺の布団だ」
はぁ、ため息しか出ない。なんなんだこいつらは。どうして俺はゲームを初めて早々にこんな気持ちにならなきゃならん。
「もう、いいから。とりあえず人の布団でキャットフャイトをするのはやめてくれ。ユウヤミは早く俺の布団を離して」
二年ぶりに登場を果たした漫画のキャラじゃあるまいし、もう少しおとなしくなれないのか。
「で、マナ。いったい家がどうしたって?」
「だからー。家よ家!いい加減、この世界にマナとマキの愛の巣が欲しいなーって朝ごはん食べてる時にそう思ったの。ねーえー、拠点買おうよ」
すり寄ってくるマナを片手で抑えながら思い出す。
拠点というとあれか。前に見た弟が所属しているギルド『虹色の絆』が持っていたギルド拠点とかいう建物か。
「高そうなんだが。俺達でも買えるものなのか?」
「値段はピンからキリよ。三人くらいが住める大きさなら、そうね。だいたい30万Gくらいじゃないかしら」
マナに対抗するように背中から抱きついてきたユウヤミが耳元でそう囁く。
意外と安いな。今の収入なら買えないこともないか。
それはともかく二人とも、離れてくんないかな。体中の関節が変な方向に曲がってきているんだが・・・タコになるぞ。コラ。
「マナちゃんの愛の巣とかいうのは冗談としても、拠点。確かにそろそろ欲しいころね。新年度のゲームが始まってそろそろ一か月。毎日の宿代も馬鹿にならないもの」
「宿代か。確かに。けどさ、三人なら払えない額じゃないが言うまでもなく大金だぞ。30万G」
それだけあれば俺達三人の装備を一新することもできる。
「悩むくらいなら買ってしまったほうが、断然お徳よ。まあ、私達三人の関係がこれからも続けばだけれどね」
ユウヤミの言葉で普段は意志の強いマナの赤眼の光が不安げに揺れる。ユウヤミの金眼もまた同様に。
まったく、不安になるなら口になんて出さなければいい。
不安なんて見過ごして、不安定なものは見逃して、そうして生きていけば楽なのに。
どうしてそれがこいつらには出来ないのかわからない。
弟から目を逸らし続けている俺には、きっと一生わからないことなのだろう。
「俺達の関係ねえ。まあ、そのへんは大丈夫だろ。元からこうなるべくしてこうなったんだ」
運命。なんて言葉は口が裂けてもいわないが、こういう形で落ち着いたのが一番いいとは思う。
黒髪黒眼平凡男に黒髪赤眼ツインテ女と黒髪金眼根暗少女。
主人公になりきれなかった男と自作自演のヒロイン、そして昔はヒロインだった女の子。
互いが互いの傷を舐めあうには丁度いい。居心地だって最高だ。
「俺達が解散するのは多分、このゲームを卒業するころだろう。それまではくだくだと付き合っていくことになると思う。だから、買うか。ギルド拠点」
自堕落で、排他的なことを言う俺。どうにもこいつらと出会ってからの一か月で俺はどんどん落ちぶれていってしまっているようだ。
だというのに、嬉しそうに笑いながら、声をそろえてそんなことを言う二人を少しだけ可愛いと思ってしまったのは、内緒だ。
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かつて臣下にこう、問うた王が居たそうだ。
世界の中心はどこか?
と、ほとんどの臣下は王こそが世界の中心であり神であるのだとそう言ったそうだ。
けれど、ただ1人の臣下は首をふったそうな。
恐れながら陛下。世界の中心など誰にも見えぬし感じられぬものでしょう。
誰もが世界に囚われているのです。それが王であれ、神であれ。
王はその言葉を聞き、一時は激怒したそうだが、それが王を顧みさせる為の進言だったのだと気付くと後に王はその臣下の勇気を讃え、称賛して生涯傍に置き続けたらしい。
甘言は流れれど苦言は湧かず。
と、そう言いながら。
しかし、しかしだ諸君。
俺はあえてその臣下の勇気を批判したい。
いや、別に勇気を貶すつもりは欠片もない。ただ合っているかもわからないものに命をかけるのはどうかと思うのだ。
世界の中心は誰にも見えない。本当にそうだろうか。
俺の持論はこうだ。
俺も誰も君も私も、誰だって自分を通して世界というものを観測している筈だ。
自分から見える視点だけで世界を見て、自分の価値観のみを知りながら行動して、生きている筈だ。
なら、その自分が感じる世界というものは自身の身体から周囲に流れ出し世界を形作っているのではないだろうか。
さながらビックバンのように。世界を広げ続けているのではないだろうか。
もし、ビックバン。開闢の光として宇宙の中心と言われるそれと同じように自身の身体から世界が周囲に流れ出し、形作っているというのなら。
世界の中心は、紛れもなく自分自身である筈だ。
つまり、世界の中心は俺であり誰かであり君であり私であり王であり臣下なのだ。
そう、たとえ。たとえオウコク学園都市に聳え立つ城の地下牢に投獄されていようとも世界は俺を中心に回っている。筈なのだ・・・
薄暗くかび臭い。冷たい床の上で考えずにはいられない。
「どうしてこうなった」
意味が解らない。脈絡がないにもほどがある。トラブルには慣れているし、地下に閉じ込められることも前にもあったことだから別にいい。今更普通のゲーム生活をなんて望まない。
だからせめて、イベントの前には伏線を張っておいてくれ。
しかし、まあ、起きてしまったことは仕方がない。
人生は諦めが肝心だ。
とりあえず、ほんの一時間前のことを思い出す。あれはそう、拠点を買うと決めた後の会話だ。
ユウヤミが言うにはギルド拠点を買うにあたり、俺たちがやるべきことは三つほどあるらしい。
家探しとギルド作りとそしてギルド巡り。
「なあ、家探しとギルド作りはわかるけどさ、ギルド巡りってなんだ?」
「言葉通りの意味よ。家を探す前にその周辺で名の通っているギルドに挨拶をしておくの。まあ、していないからどうこうなるというわけじゃない一種の風習的なものなのだけれど、しておいて損はしないもの。しておきましょう」
「うへー。なにそれ、ちょーめんどくさいんですけどー」
「仕方ないわ。人間関係なんて面倒なものよ。そういうのは私よりもあなたたちの方が詳しい筈じゃない」
確かに。
ギルド巡りは現実の世界でいうところのご近所へのあいさつ回りみたいなものか。
弟曰く、ゲームの世界で大切なのはコミュニケーションと助け合い。すなわち人間関係だ。
そう言うことも必要なことなのだろう。
「了解。わかったよ。それで有名なギルドって言うと、例の三大ギルドか?」
ゲームの世界『ユメワタリ』のオウコク学園都市における三大ギルド。
弟の所属する『虹色の絆』。俺が個人的にラスボスだろうと睨んでいる『王国』。残り一つの『文武連』。
「ええ、そうよ。城に近い中心街の家を買うなら『王国』。大通り市場に家を買うなら『虹色の絆』。町はずれの場所なら『文武連』ってところね。相場はどこも同じようなものだし、どこにしましょうか」
「とりあえず中心街は却下だ」
前に絡まれた先輩たちのこともあるし、俺は『王国』の連中に会いたくない。
「ふーん。マキがそういうなら別にどうでもいいんだけどさ、実はマナ『王国』少し知り合いみたいなのいるから中心街に住めばちょっぴし優遇してもらえると思うよ?」
「いや、やめておこう」
ラスボスのお膝元で暮すなんて危険すぎる。大体『王さま』なんて名乗っている謎のプレイヤーが指揮権を握っているギルドだ。きっと裏で賭博とか人攫いとか麻薬とかをやっているギルドに違いない。そんなものがこの世界にあるかどうかは知らんが。
「そうなると、『虹色の絆』が仕切っている区域がいいんじゃないかしら。『文武連』のほうまで行ってしまうと町の中心から離れてしまっていろいろと不便だもの」
「そうだな、そうするか」
『虹色の絆』なら弟に話を通せばいいだけで楽そうだし。
「んじゃ、決まりね。さっそく行くわよっ」
「ええ、行きましょう」
そうして俺は宿を出た。
まさかこの先、こんな運命が待ち受けているなんて、そんなことは知る由もなく。
「宿を出た。それまではいい。だがどうして俺はその後にギルド『王国』のメンバー達に追われ続けて捕えられなきゃならないんだ。急展開過ぎるだろう。意味が解らん。理解も不能だ。責任者はどこだ」
「責任の所在を問うならば、それは間違いなくお前自身にあるはずだ。吐いた言葉であれ、やった行いであれ、人は誰しもが自分のした行動に責任を持つべきだ。そうだろう。ボウヤ」
気が付けば鉄格子越しに女性が一人立っていた。音もなく現れたその女性は長い緑色の髪。夏木とは違う黄緑色の髪を指先で弄りながら意地の悪そうな笑みを浮かべている。
何故だろうか、このゲームの性質上年はそう離れてはいないはずなのに、同年代の人間では感じられないような老獪さを感じさせるその女性を一言で言うならそう、まるで魔女のようだった。
緑の魔女は笑う。いや、嗤う。
「世界には意味の無いものなどないし理解が出来ないこともない。全ては土塊の末裔の言葉で説明ができる。そんなことも知らないとは、アイツとは違いボウヤにはあまり学がないらしい」
あいつって誰だよ。ていうかお前は誰だ。
「んじゃ、見ず知らずの誰かさん。あんたが説明してくれんのか?どうして俺はこうなったんだ」
「簡単なことだ。アイツの怒りに触れたから」
「あいつって誰だよ」
「言っていいのか?私にはボウヤがその答えを聞くことを、酷く恐れているように見えるのだが」
「そんなことは――」
「ないのか」
「いや、あるが・・・・」
聞きたくないし。知りたくないし。見ることなんてもってのほかだ。
俺を追い捕えたのが『王国』の連中だという事実。ならばそれを支持したプレイヤーが誰かなんて、考えるまでもないことだ。
なんだなんだ。俺が知らないうちにもうラスボス戦なのか。流石は弟。仕事が早い。
さしずめ、俺は人質か。
「おとなしくしていた方が吉か」
「そういうことだ。おとなしくしておけ」
「そりゃ、かまわんが。俺の他に、二人いただろ。あいつらはどうした」
緑の魔女は笑う。嗤う。薄く影を作りながら犯しそうに哂った。
「心配するな。丁重にもてなしているさ。私たちの、というよりアイツの目的はボウヤ一人だけのようだからな」
そう言って緑の魔女は影の中へと消えていった。影の魔法。転移系となると相当に高位の魔法使いらしい。
たった23レベルのそれも格闘家の俺じゃあ、勝てる相手じゃないな。相手にもならない。
「なら、やっぱり大人しくしていた方が良い」
人質と言う立場上、多少の無茶をしたところで簡単に首を切られる(もちろん比喩。比喩であってほしいなぁ)ことはないだろうが、俺程度の人材、いくらでも変わりがいるのも事実だ。
馬鹿騎士、もといユウ先輩や頭のおかしな生徒会長、裏番である副会長に何時でも何処でも人形を抱いているという高校生にもなってあまりにもあんまりなキャラ付を行っている会計の少女に褐色美人眼鏡の書記の子、などなど挙げればきりがないほどに弟に対する人質足り得る者は大勢いるのだから。
そういう人たちを守る為、何より自分自身を守る為にここでの軽率な行動は慎み助けを待つことが最善の策。
なに、弟のことだ。きっと直ぐにでも『ユメワタリ』の学園サーバー『オウコク学園都市』における最大ギルド『王国』。そのトップでありラスボスであろう『王さま』を倒してくれることだろう。
寝て待っていればすぐに終わる。
そう思っていた時期が俺にもありました。
一日が終わり。
二日が立ち。
三日目となり。
四日が過ぎ。
五日目が訪れ。
六日が去り。
七日目、MMOカリキュラム最終日。
助けが来ないまま、今回のゲームは終わった。
「あれ?」