第十三話
街中を歩く俺は絶え間ない視線にさらされていた。
うん、これは仕方がない。俺だってこんな恰好をした奴が街中を歩いていたらガン見するもん。
というか、遠巻きに見てひそひそと話をするくらいならまだ無害で良い。
さっきなんて8本足の馬型モンスター、スレイプニルを御した馬車にひき逃げされたからな。
たぶん、アレは目立ってんじゃねーよ的な警告だったんだろう。
相手は馬車を引くのにモンスターを使うほどの目立ちたがり屋だからな、性格が腐っているに違いない。
他にも打ち水をしていたNPCに驚いて手が滑ったと水をぶっかけられたり、何処からともなく飛んできた鳥が狙い澄ましたかのように糞を落としてきたりした。
プレイヤーばかりではなくNPCや動物の嫉妬まで買うこの装備って、どういうことだろう。
夏木のやつ、とんでも無い物を作り出してくれたもんだ。
迷惑極まりない、などと未だにヘルメットをかぶり続けている俺が言った所で説得力はないのかもしれないが・・・・
ともかくだ、悪目立ちをしすぎる装備の俺は今さらながら目立たぬようにと人通りの多い通りから離れ、路地裏を歩くことにしたんだが、そこでありがたくも無い再開をすることとなっていた。
「テメー、この間は舐めた真似してくれたじゃねぇかぁ。あぁ?」
「えーと、ああ、お久しぶりですね、先輩方」
「久しぶりだぁ?ほんの二日前のことだろぉうがよぉ。しらばっくれよおったって、そうはいかねぇぞ。あぁ?」
「いや、先輩方のことなんてもう誰も覚えていませんよ」
「んだとこらぁ!」
気分的に随分前だったような気もするが実際にはつい2日前に絡まれた相手に再び絡まれてしまった。
まったくもって遺憾である。
この事態は指し示すことはつまり、治安を維持しているとかなんとか言っている弟のギルドは、まったくもってその役割を果たしていないってことじゃないか。
やる気に満ちていた弟の顔を知っている俺としては残念でならない。
いや、しかし、しかしだ、弟に問題はない筈。問題なのは弟を使いこなせない上の奴らだ。
生徒会長はなにをしているっ!と怒るべきところな訳だが、あの可笑しな生徒会長に期待をするという方が間違っているような気がしなくも無いので、怒りの矛先は副会長に向けるべきだろう。
俺の見立てでは所詮姉の生徒会長などお飾りに過ぎず、実質的実権を握っているのは妹のクール系美人の方なのだから。
なにをやっているんだ、副会長っ!
「無視してんじゃねぇぞゴラァっ!」
まあ、などと現実逃避をしたところで事体が好転するわけもなく、前回と同じく襟首を掴まれた俺はそろそろ現状を打開しようと息を吸った所ではたと気付く。
・・・・・・あれ?ヘルメットの所為で声が籠って大声出せないじゃん。
あれあれ?これはもしかしなくても、不味いんじゃないのか?
「よぉし、この間みたいな舐めた真似はしないみたいだな。いい度胸じゃねぇか」
卑下するべき笑みを浮かべる先輩方。
あーあ、これはもうボコボコにされちゃうパターンかな。
いや、久しぶりだな。弟関連で不良に絡まれることは多々あれど、そのほとんどはあの対処法でなんとかしてきたわけだし、拳で抵抗しなければならないのはいつ以来だろうか。
ああ、先に言っておくが期待はしないで欲しい。
帰宅部で図書委員会に所属する俺が実はかなり喧嘩の強いなんていう裏設定はない。
弟の所為で場数は踏んでいるから弱いとは言わないけれど、あくまでも人並みである。
互角にやれるのは一対一まで、二対一ではボコられて、三対一ではボコボコだ。
負けるのは目に見えているけれど、まあ抵抗をしないよりはした方が良いに決まっている。
抵抗すればするほど被害を被る不良も中にはいるが、この先輩方はそういうタイプじゃないだろうことはわかっている。
なら、さあ、始めようじゃないか。
襟首を掴んでいた先輩の腕を乱暴に払い、俺は殴りかかって行った。
∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇
10分後、路地裏での喧嘩は終わっていた。
片方の一方的な勝利によって。
敗者が這い蹲って呻く中、立っていたのは・・・・何故か俺だった。
「あ、ありえねぇ・・・」
いや、それは俺のセリフだろう。
這い蹲っている三人の先輩も驚いているかもしれないが、一番驚いているのは俺だ。
なんで?どうして?勝っちゃったんだ、俺は。まさか、隠された力が覚醒でもしたのか!
などと、しばらくは動揺していたが一人の先輩が腰に差している剣を見て、理解にいたる。
そうだ、忘れそうにもなるが此処はゲームの世界なんだ。
ゲームの世界には現実とは違いゲームの世界の決まりがある。
曰く、格闘戦は格闘家の専売特許である。
先輩方は流石に街の中で武器を抜くことを躊躇ったのか、拳で殴りかかってきた。
騎士または戦士としては俺を軽く凌駕する実力を持つ先輩も、丸腰で格闘戦を挑んできたなら格闘家である俺に勝てるわけがないのだ。
無論、能力で全てを覆せるほどにレベルの差があるなら話は違ったのだろうが、先輩方と俺とではそこまでのレベル差はなかったらしい。
そして、これも俺が勝ってしまった原因の一つであることだが、先輩たちは喧嘩の仕方を知らなかった。
おそらくだが、この人たちは現実では不良でも何でもない人達なんだろう。
ゲームの世界に来て、気が大きくなって、幅を利かせてしまっている類の人達。
早乙女曰く、そう言う人達に限って現実では気の小さい人が多いとか。
たぶん、そのタイプで間違いないと思う。
まあ、この先輩達が本当の不良でないことは前にあった時からわかっていたことではあったんだけどね。
あぁ?とかゴラァとか言って無理に語尾を荒げたりするなんて、いつの時代の不良だ。
今時そんな漫画じみた真似をする不良はいない。
ハイセンスを求められる近年、ファッション誌とかに乗れるレベルで不良たちもまた格好良くなってきているのだ。
話しが逸れた、戻そう。
ともかく、ここがゲームの世界でしかも相手が喧嘩慣れしていなかったおがげで勝てたという微妙な勝利を得た俺は、なんだか先輩方が可哀想に思えてきていた。
突っかかってきたのはあっちな訳だし、同情する気はないのだが、流石にこのまま放置というのは可愛そうじゃないかと思う。
どうしようかと悩んでいると、先輩の一人が呻きながらも口を開く。
「て、テメェ・・俺達に、こんな真似して、た、タダで済むと思うなよ。俺達は『王ごくぅうぅぅ・・・』」
踏みつけた。先ほどの悩みはどこへやら、俺は先輩の頭を容赦なく踏みつけていた。
いや、だって、ねぇ?今、この人は絶対に面倒なことを言おうとしていたじゃん。
俺、聞いてないから。この人達が何処のギルドに所属しているとかまったく心当たりはないから。
だから、お願いだから、俺を巻き込まないで欲しい。
伏線を張りまくっているラスボスさんは弟と仲良くやっていて欲しい、頼むから。
何に手を合わせているのか自分でもよくわからないが、なむなむと祈ってからさてどうしようかと考える。
此処に先輩達を放置するのが嫌なら、まあ、人を呼んで来るっていうのが無難かな。
そう、結論に至った時、声をかけられた。
「貴様はそこで何をやっているっ!」
いや、怒鳴られたが正しいか。
通りに面する路地裏の入り口から駆けてきたのは白い鎧を着た金髪青眼という、このゲームの世界ではまあ何ともありきたりな姿をした女騎士だった。
険しい顔で俺を睨んで来る女騎士。
誰だ、こいつという疑問を持った俺だが、肩にあるその紋章を見て、ああと声をもらした。
虹色のバラの紋章。
見覚えがある。というか授業が始まって直後、弟が興奮した様子で見せに来たギルドの紋章だ。
そういえばこの女騎士にも見おぼえがある。
授業開始直後に傍にいた興奮気味の弟に疲弊していた頃、弟を引き摺って行ってくれたメンバーの一人だったような気がする。
つまりはあれだ、この女騎士は弟と同じギルド『虹色の絆』のメンバーだということだろう。
俺は安堵のため息を吐いた。
『虹色の絆』はちゃんと治安維持の為にこんな路地裏までパトロールとかしてくれていたんだな。前言を撤回しなければなるまい、生徒会長も副会長も本当によくやっている。弟が騙されていたわけじゃなくてお兄ちゃんは安心だよ。
そして安堵だ。俺に喧嘩を売ってきた先輩方はこの女騎士さんに突き出そう。
この街の治安維持を掲げているギルドの人だ、後腐れなく処理してくれるに違いない。
俺はヘルメットの所為で見えないだろうが、出来るかぎりの笑顔で言った。
「すいません。俺、この人達に襲われ―――」
「っっ、よくもまあ人数の多い相手を襲おうなどと大それたことしてくれるじゃないか」
「――へ?違う、俺は被害者だ」
「ぬけぬけと嘘を抜かすなっ。私はこの目でしかと見ていたぞ、貴様が意識のないこいつの顔を卑劣にも踏みつける姿をなっ!来い、怪しい奴め、貴様をギルドまで連行する。抵抗が出来るなどと思うなよ、私達『虹色の絆』は何処までも貴様を追い続けるぞ!」
そうして、俺は女騎士に大人しく連行されていく羽目になった。
いや、だってこの人たぶん理想の為なら躊躇いなく剣を抜ける人だもん。
抵抗なんてできる訳ないじゃん。
ただ、一つだけ言っておきたい。
どうしてこうなった。
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女騎士に連行されて、ついた先は白く四角い建物だった。
壁に馬鹿でかい虹色のバラの紋章が描かれているのを見るに、これがギルド拠点というやつだろう。
ギルド拠点、それはギルドを作ると持てるようになるまあ家みたいなものだそうだ。
寝泊まりに使ったりする以外にも大手ギルドになると拠点の中に食堂やら工房なんかを作っているらしい。
現実の家と同じように、場所や作り大きさによって維持に掛る金額はピンきり。
小屋のようなものもあれば屋敷のように大きなものまであるらしい、全て早乙女からの受け売りだが。
さて、そういう金銭面も含め、改めて『虹色の絆』の拠点を見てみよう。
汚れ一つ付いていない白く四角い建物は近代的でありながらどこか中世を思わせるデザインだ。
どこぞの金持ち屋敷のような鉄の槍みたいな物で出来た塀に囲まれて居て、中には庭やちょっとした噴水付きの水場なんてものもあった。
そして驚くべきことに、馬舎と思しき場所にはユニコーンがいた。
スレイプニルによって馬型モンスターにいい思い出がない俺はビビったが、まあ、相手は清純、貞潔の象徴だ。要らない心配だろうと思う人もいるだろうが、それは油断のしすぎである。
実はユニコーンは清純、貞潔の象徴であると同時に、あの美しい見た目に反して憤怒の象徴でもあるわけだから、今すぐにあの角で俺を突き殺さんと突進してきても不思議ではない。
まあ、しかし、そんな両面をもつ相反する霊獣といえども相手は飼いならされた存在だ。
処女どころか女ですらない俺が触ろうなどという暴挙にでも出ない限り襲い掛かっては来ないだろう。たぶん。
ん、おや、おやおや、あの馬舎でユニコーンの隣にいる翼の生えた白馬がもしかしてペガサスだったりするのだろうか。
うーん、よく見えない。『虹色の絆』の拠点、時間があれば観光として色々と回ってみたい物である。
「貴様は、さっさと歩かんかっ!」
まあ、それも拘束されて連行されていないならの話だが。
此処に来る途中で見た幻想的な動物達に思いをはせていた俺は、女騎士をもうそれは呆れきったような視線でみる。
取り調べ室のような部屋の一室に来るまでの間になんども誤解だと説明したというのに、聞く耳を持ってくれない。
確かに俺は不審者極まりない格好をしているかもしれないが、話くらい聞いてくれたって良いじゃないか。
もう諦めのため息を吐くしかない。面倒なので関係のないことを考え始める。
そういえば入ってすぐの広間に巨大なヌイグルミがごろごろ転がってたのには驚いたなー。
「話を聞いているのかっ!いいかげんに裏路地で三人を襲ったことを白状しないか!」
女騎士に怒鳴られる。はいはい、自白ね自白。
すればもう返してくれるのかな?いや、だとしてもやってもいないことを自白は出来ない。
俺は権力には屈さない。それでも俺はやっていないのだから。
そういう訳で、ここに来る間に『虹色の絆』の拠点の中も色々と見えたし、そろそろ起死回生の一打を打つことにしよう。
女騎士に、アッキーというメンバーを連れて来て欲しいと、言った。
女騎士は変わりやすく顔を顰め、
「なぜ、貴様がアキの名を知っている。いや、知っているのは良いとしても呼び出せだと?貴様はあいつとどういう関係だ」
ん?んん?なんかこの反応はみたことがある、というか慣れ親しんだもの。
ああ、そうか。この女騎士は弟と同じギルドなわけだから、まあ、あり得ないということはないだろう。
むしろもう既に数か月を共に過ごしているわけだから、そうなっていない人がいないのかということを心配するべきだ。
「なあ、あいつのことが好きなのか」
主語を抜いて話したというのに音を立てて、女騎士はこけた。
椅子に座っていたのにどうやったらそんな盛大に転べるのだというくらい、見事なこけ方だった。
「な、なななにを言っているんだ、貴様は!わ、私がマキのことをす好いている筈がないだろうっ。ふざけたことを抜かすんじゃない!」
「あー、いやいや、そんなに恥ずかしがらなくても良いだろう。むしろあいつと数カ月も一緒に過ごして惚れない女の子の方が珍しいんだから。まあ、見るにあんたはあいつと出会うまでそういう感情が自分にあることすら知らなかったんだろうけど、逆にそういう男慣れしていない子の方があいつの毒牙にかかるのは仕方ないことだと思うぞ」
「毒牙とはなんだっ!あいつは其処らにいるそんな屑な男じゃない!あいつは優しいし、私のことを女として見てくれるし、と、とにかく信頼できる良い奴なんだっ」
あー、はいはい。わかったから襟首つかんで揺さぶるのは止めてくれ。
「わかったら、あんたが信用してるっていう、その男を連れて来てくれよ。それはかなり重要なことだぞ。俺にとっても、あんたにとってもな。あんたがあいつのことを本気で好いていて、これからお付き合いとか考えてるなら、それこそ今すぐ飛んで行った方がいい」
「お、お付き合い・・・いや、いやや、私はそんな破廉恥なことは・・」
何を考えたんだ、この馬鹿騎士(もう女騎士とは呼ばない)
「と、ともかくだ!貴様のような怪しい奴とアキを会わせられるかっ。何か企んでいるというのなら、私が相手に成るぞ」
「確かに見た目が怪しいことに関しては否定できないから何も言えないが。ああ、そうだ、俺のプレイヤーカードを見てくれ」
何を企んでいるんだといぶかしみながらも馬鹿騎士は俺の出したカードに眼を通す。
そして鼻で笑った。
「はっ、見た目にそぐわず随分と可愛い名じゃないか。貴様は何処のマスコットキャラクターだ。・・・・・これは、自分で名付けたのか?」
何やら多大な誤解を受けているが、まあ、今は無視して堪えよう。
「その名前、聞き覚えとかないか?」
「ある訳がないだろう。なんで私が貴様の名など知っていなければ・・いや、待て・・確かアキの兄の名が・・・しかも、格闘家・・・違う、そんな筈は・・お、おいっ!お前、そのヘルメットを外せっ」
言われたとおりに頭装備を外すと馬鹿騎士はカードと俺の顔を何度も交互に見比べて、徐々に青い顔になって行く。
俺はその面白い光景をにへらと笑いながら見て、
「取りあえず、弟呼んできてくれますか?」
止めを刺した。
馬鹿騎士の顔は真っ青に変わった。