第十一話
今日も今日とて忙しい、とまではいかない俺達。
やることもなすことも昨日と殆ど変らない、変えられない。
それもその筈だろう、なにしろ俺達のパーティーはたった二人しかいないのだから。
授業が始まる前に早乙女に聞いた話では理想のパーティーバランスというモノが例にもれず『ユメワタリ』にもあるらしい。
前衛3後衛2回復役1
パーティーの性質によって前衛と後衛の数字が入れ替わることもあるそうだが、基本的にはこの形が理想とされている。
そしてさらに言えば、その中でも理想とされている職業もあるそうだ。
理想的職業で作られた理想のパーティーが最強であるというのが通説らしい。
即ち、前衛は侍、戦士、騎士。
そして後衛は魔法使い、狩人。
回復役として巫女またシスター。
これが『ユメワタリ』における最強パーティーということらしい。
無論、各自の実力によってパーティーの強さも変わるわけだから、例外もあるそうだが基本はこの通説が覆ることはないそうだ。
それは覆すには相当の実力が必要だということだろう。
確かに今に思えば、この7つの職を選んでいるプレイヤーは多いと思う。
マナ然り、弟然り。
講習の時によった酒屋で募集されている臨時パーティーでもこの7つの職は引っ張りだこだったと記憶している。
ならば俺のように、あるいは早乙女のようにこの職業以外のプレイヤーはどうすればいいのかという問いに、早乙女は苦笑するだけで答えてはくれなかった。
その前にやることがあるよ、とのことだ。
確かにその通りだ。
俺のパーティーは現在、マナのみ。
これはもう、パーティーですらない、コンビである。
パーティーバランスというやつがどうこうだという前に、メンバー集めから始めるのが先だという意見は早乙女としては珍しく間違っていない事実だった。
しかし、しかしだ、諸君。
諸君らなら知っていてくれていると思うが、昨日衝撃の事実が判明したのだ。
現在、俺の唯一のパーティーメンバー(もうパートナーとは言わない、絶対)であるマナはなんと驚くべきことに、仲間なんていらないと、そう言うのだ。
俺も確かに人が多い方がにぎやかで楽しい、という性質の人間ではないが、気の合う相手であるなら一人より二人の方が面白いだろうと思う。
・・・まあ、マナといつまでも二人きりだと俺が危ないからという理由もあるが。
ともかくとして、俺としてはパーティー増やしたいんだがマナが断固拒否すると言えば唸ってしまう。
別段、俺達と組んでくれるパーティーメンバーに当てがあるわけでもないし、そしていれば楽しいと思うけど大々的に公募してまで欲しいという訳でもないから、マナの意思を押し切ってまで俺の意見を通そうなんてことは出来ないし、したくも無い。
だから現状、まあ別にマナと二人きりのパーティーでも良いかと思っていた。
取りあえず、限界が来るまでは。
(ちなみにここで言う限界とはパーティーとしての実力とマナの自制心のことである)
しかし、しかしだ、諸君。
今一度、思い出して欲しい、俺とマナの職業を。
俺は格闘家、マナは騎士。
バランスがどうこういう前に、前衛二人なんだ。
回復が出来ない、遠距離攻撃も出来ない。
出来るのはインファイトだけ。
そんなことではまずいということを俺は昨日、知っていた。
『夜の森』から無様にも敗走しなければならなかったあの時から、理解はしていたんだ。
けれども俺はその問題をマナの言葉によって先送りにしていた。
素人判断でまあ、大丈夫だろうと言って軽視していた。
そんなことではパーティーとしての限界が近いことは、わかりきったことだというのに・・・
「ちょ、マキっ!なにしてんだよっ!マナにだけ戦わせるなんてふざけてんのかーっ!」
マナの声とともに現実へと引き戻された。
ゲームでありながら現実とはこれいかに。
「ざけんじゃねぇーっ!つまんねーこと言ってんじゃねーよっ。いいからさっさとこのデカブツの相手しろって言ってんじゃん!」
「聞こえているから大声を出すな。ちょっと作戦を考えていたんだよ」
真っ赤な嘘だけどな、何度も言うが前衛二人では作戦も糞も無い。
ないからこそ、もはや特攻しかないだろう。
俺はマナが相手にしている敵モンスターへと突っ込んだ。
∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇
『夜の森』以降のフィールドには、ボスと呼ばれる特別なモンスターが存在する。
そのほとんどはフィールドの最奥を闊歩している。
今日、昨日と同じようにレッドボアやアイアンバット狩りに勤しんでいた俺達はレベルも上がり、奥へ奥へと向かって行った。
そして、出会った、出会ってしまった。
この『未明の渓谷』のボスモンスター、コカトリスに。
突っ込んできた俺にコカトリスは翼を振るい迎撃を喰らわせようとしてきた。
当たる寸前に身体を仰け反らせて翼をかわす。
しかし、風圧か、近づけた距離の半分ほど押し返された、少ないがダメージも受けている。
まけじとコカトリスに近付けば、コカトリスは俺を踏みつぶさんと足を上げる。
予想以上に反応の早いその動きに俺はまずい、と声を零す。
このままでは踏みつぶされる、蛙のように、ぐちゃりと。
「マキっ!」
掛け声と共にマナが俺の前へと飛び出し、文字通り盾となる。
「ナイスだ、マナっ!」
手に持った盾でコカトリスの右足を受け止めている。
マナが徐々に身を地面へと押しこまれているいまこそが、チャンスだ。
俺は無防備な左足へと向かい『ラッシュ』を発動。
体制を保っていた左足へのダメージでコカトリスは足を取られ、こける。
音を立てて倒れたコカトリスの脇腹を俺は殴り、マナは顔面を突き刺す。
倒れている間、無防備な間に攻撃を加え続けた俺達だがコカトリスはいまだ健在。
コカトリスは立ち上がると赤い鶏冠をさらに赤くして咆哮を繰り出す。
「コケェェコッコォォー!」
大音量で耳がおかしくなりそうだ。
現実の世界ではフライドチキンになるしかないこいつに此処まで手古摺るなんて。
マナに目配せをすれば困惑の視線が返ってくる。
どうやら、俺達はコカトリスの事を外見だけで判断し舐めていたらしい。
ことここに至り、俺達は理解した。
こいつは強い、俺達だけでは力不足だ。
逃げようと、そう言おうとした俺は固まる。
心象的事象としてではなく、現実的現象として、固まった。
コカトリスを殴りつけた手が石化している。
指先から始まった石化はすごい勢いで進行し、こうしている間に既に腕まで石化している。
「・・・逃げろ・・マ・」
マナが何かを叫んでいるのを聞く暇もなく、俺の意識は消えていった。
∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇
気が付けばそこは空高くにちんまいおっさんの済む大理石の庭園が見える広場だった。
久しぶりの死に戻りだ。
マナと組んでからは初めての経験だった。
隣を見れば、膝を抱えて不貞腐れているマナが居た。
「お前も、死んだのか?」
「なに、悪いの?そっちが先に死んだ癖に」
心なしか罵倒に勢いがない。
覗く赤眼は白目の部分まで、赤くなっていた。
それだけ悔しかったということなのだろうか。
まあ、あれだけ自分は超強いと言っていたこいつだ、もしかしたら死に戻りは初めてだったのかもしれない。
「今になって思いだしたんだけどさ、コカトリスって確かバジリスクの兄弟だか親戚だかだったよな。見たり触ったりした相手を石にする能力があるんだっけ。・・・対峙した時に石化しなかったから、触ったら石化する能力持ちか」
マナの武器は石化していなかったから、たぶん武器以外の場所でコカトリスの身体に触れると石化するんだろうな。
そして格闘家の拳は武器扱いされないと・・・スライム以上の天敵だな。
「お前はどうやってやられたんだ?逃げろって言ったのに、逃げきれない位にコカトリスは足速かったか?」
そうでもなかったような気がするけどな。
空でも飛んできたなら逃げようがないだろうけど、あいつは飛べないだろ。
見た目が鶏だし。
「マキを置いて逃げられるわけねーじゃん。聖水使おうとしたら、石化の息を吐いてきて、死んだ」
俺を助けようとしてくれたわけだ。
「そっか、ありがとな」
「いいよ、マナはマキの彼女なんだし」
それは違うぞ、と言おうとしたが止めた。
今のこいつにそんなことを言うと本気で泣きだしそうだ。
落ち込んでいる姿をいつまでも見ているのは失礼かと眼を逸らし別のことを考える。
コカトリスの石化能力、これは厄介だが対処方法がないわけじゃない。
そもそも石化することイコール死亡ではないのだ。
動けなくなる、何もできなくなる、これは死亡と同じだが石化の場合は仲間に石化を解いてもらえば戦線に復帰できるのだ。
石化が死亡判定になるのは厳密にいえばパーティーメンバーの全員が石化してしまった時、ならば俺とマナ、どちらかが石化した時は即石化を解除する聖水をかけあうというのはどうだろう。
「・・・・・無理、だな」
格闘家の俺はマナと違い、殴るたびに石化する。
それでは聖水がいくらあっても足りないだろう。
だからといってマナが攻撃し、俺が聖水をかける役割に準じるというのもない。
一人の攻撃で倒れるほどコカトリスはやわじゃないし、それもまた聖水が切れた瞬間に負けが確定する。
「・・・・・行き止まりか」
コカトリス、やつはまさに前衛キラーだろう。
俺とマナだけで勝つというならばそれこそ石化する前にやつを倒せるだけの攻撃力を持っているレベルでなければならない。
どれほど時間のかかることやら・・・
この後、落ち込んでいるマナを慰め続けている間に授業二日目は終わった。




