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世界は俺の隣を中心に回っていた  作者: 白白明け
黒髪短髪金眼根暗少女
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第十話

さて、あの後、なおも夏木の事を無視し続けていた俺だったがなんども律義に謝ってくる姿を見て流石に居た堪れなくなり、空気を変えようと「装備を作ってもらう代金をタダにしてくれるならゆるしてやるよ」と冗談で言ったら夏木にマジギレされて怒っていた筈の俺の方が謝り許してもらい、最後には手を振って見送ってもらったという、こうして説明してみてもよくわからない事態になった。


夏木がマジギレした理由はゲームを初めて芽生えた職人魂とかそういうものなのだろうけど、怒っていた俺が逆に謝る、というのは幾らなんでもやりすぎではないだろか。

まあ、夏木の剣幕に押し切られた俺が悪いということもあるだろうけど。

・・・駄目だ、考えたら情けなさで一杯になってくる、仕切り直そう。


夏木の工房を後にした俺は今、大通りに向かっている。

目的は夏木に買い取ってもらえなかったモンスターの血を売るためである。

夏木の話では薬の材料になるモンスターの血は薬屋、つまりは錬金術師なら買ってもらえるだろうということだ。

その辺の商人NPCに売ることもできるが、プレイヤー同士の方が高く買い取ってもらうことができるらしい。

もっともそれをするためには知り合いの錬金術師が必要になるわけだが、大丈夫だ、当てはある。

俺が知る中で最も良心的な薬屋(といってもそこ以外で買物をしたことはないが)ならきっと喜んで買い取ってくれることだろう。



ほんの少し前までは大通りをお上りさんのごとくきょろきょろと挙動不審気味に歩いていた俺ではあるが、今は違う。

日々俺は成長を続けているのだ。

いつまでもお上りさんではない、今の俺はもうシティーボーイである

目的の店までの道もしっかりと覚えている、迷うことも無い。

少し前まではカルチャーショックを受けていたコボルトジャーキーやブルーサイダー、グリーンサイダー、ゴールドサイダーなんてものが売られていたとしても物珍しさで足を止めるなんてことも無い。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ゴールドサイダー、だと


それが売られていたのはいつもお世話になっているNPCのふくよかなおっさんの店ではなく、料理人のプレイヤーが出している露店だった。

ゴールドサイダー、黄金色の液体に立ち上る優雅な気泡がビンの中で白い泡の膜を作っている。

見た目はまんま、ビールだった。

俺は目はその商品に釘づけになる。

飲んでみたい。

現実の世界なら法律的に禁じられているビールもゲームの世界でなら許されるのではないか。

そんな誘惑にどうして抗うことができようか。

堕落とは最も甘美な蜜であると世界の誰かがどこかで言ったような気がしないでもない。

なら、これに手を伸ばしてしまうのは俺だけじゃない。

俺が悪いんじゃないんだ、仕方がないことだったんだ。

俺はゴールドサイダーを手に取った。

値段は1000G。

ブルーサイダー、グリーンサイダーが共に150Gであることを考えれば明かに暴利だろう。

こんなたかだかコップ一杯ほどの飲みモノの為に今日一日分の収入の10分の1を俺は失うのか。

そんな浪費をしてしまうのか!

今、こうして悩んでいる俺をニヤニヤと笑いながら見ている店主の思惑に乗ってしまうというのかっ!

舐めるなよ、この俺をっ!


再び大通りを歩き始めた俺の財布から、しっかりと1000Gが消えていた。

だって仕方がないじゃないか、人間だもの。



∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇



思わぬ収穫をえた俺。

確かに1000Gは痛かった、だがしかし、ゲームなんてものは元々が好奇心を満たす為にやっているようなものだ。

ならばこのビー、いや、ゴールドサイダーはどんな味がするのだろうという知的好奇心を満たす為ならば1000Gなど安いものだ。

そう考えよう。

そう、考え方を変えれば俺はたった1000Gで大人の階段を上ることができるのだっ!

・・・・いきなりエロい感じになったが俺は健全である。

俺はただ飲酒をしてみたいだけである。

まあ、法を犯している時点で健全でも何でもないが、ともかく大人の階段を上る切符を手に入れた俺はほくほく顔でいかついおっさんの薬屋へ来ていた。

来てみたんだが、ふむ、相変わらずここは人気がない。

いつも通り無表情で腕を組んで座っているいかついおっさんはそんなことを感じさせないけれど、相変わらずあまり客足は芳しくないようだった。


「すいません、ちょっとお願いしたいことがあるんですけど・・・」


「・・また、あんたか。今日はなんだ・・ポーションか?」


「いえ、モンスターの血を買い取ってもらえたらなーなんて思いまして」


「なるほど、材料の買い取りか・・別にかまわないが、あんたもモノ好きだな。俺の所に売りに来るなど・・今は増強剤の類の値段が高騰しているから、錬金術師を抱える大手のギルドなら高く買ってくれるだろうに」


なに、それは知らなかった。

夏木は何も言っていなかったが、まあ、あいつは早乙女じゃないんだからそんな情報まではあいつも知らなかったんだろう。


聞けば、増強剤の価格高騰は毎年この時期に起きていることらしい。

つまり、俺達のような新参者が難易度の高いフィールドに挑む際、ステータスをアップさせる増強剤の類を買いあさるから起きているのだといかついおっさんは言う。

そして品薄になるからこそ、その材料の一つであるモンスターの血が錬金術師の間で高額で取引されるそうだ。

中でも専用の錬金術師を抱えていられるほど大きなギルドは日頃からランクの高いフィールドに挑むため、常に一定数の増強剤を確保しなければならない為、市場価格より少し高めでも買い取ってくれるらしい。


聞いていて夏木がこの事を知らなかったことに納得した。

あいつは莫迦ではないが馬鹿である、聞いていたとしても理解していなかったのだろう。

そして余談だが、いかついおっさんの話では今、一番高く買い取ってくれる大手ギルドは『王国』だそうだ。


再び出てきた『王国』の名。

漫画やアニメで言うところの伏線を張りまくっているため、ラスボスとして出てきそうで怖い。

まあ、たとえラスボスとして『王国』が立ちはだかったとしても弟がなんとかするだろう。

囚われの姫とかを助けちゃったりもするんだろう、居るかどうかは知らんが。

ともかく俺が巻き込まれないことを切に願う。

面倒事はごめんだ、そう言っていかついおっさんにモンスターの血を差し出した。


俺は弟のラスボスとして立ちはだかるかもしれないギルドとなんて関係を持ちたくない。

例え高い値で買い取ってもらえるとしても『王国』と関わるのは避けた方がいいだろう。

『王国』が世にいるおっさんたち(眼の前の同い年であろうおっさんも含む)のように良い人であるかはわからないのだから。

ノーリスクノーマルリターンである。


「・・毎度毎度、隣の美人には眼も向けず俺の店にばかり・・もの好きだな、お前は・・まったく、うれしいかぎりだ」


「なにかいいましたか?おっさん」


「なんでもない・・それと、同い年だろうが、おっさんではない。俺の名は・・ゴンゾウだ」


やはり、同い年だったのか・・・なにを考えていかついおっさん、いや、ゴンゾウさんはそんな顔にしたのだろう。

出会ったころから思っていた疑問を晴らす為に俺の方も自己紹介してから、訪ねてみた。


「・・元々が老け顔なだけだ」


もの凄く恐い顔で凄まれました。

やはり同年代だと分かり敬語からため口に変わっていた俺はまたすぐに敬語に戻る。

俺、意思弱い。

恐怖で引き攣った俺の顔に満足したのか、ゴンゾウさんは少し微笑むとモンスターの血の買い取り作業に取り掛かる。

事なきを得て安心した俺がいつものように面白い物はない物かと物色していると視線を感じた。


一瞬、マナにストーキングでもされているのかと思ったが、違うようだ。

視線は隣の店から注がれていた。

俺を見て居たのは、そばかすのある顔が美しいというより愛らしい、隣の店の店主だった。

ウチの店に来てほしい、買い物をしてほしい、材料を売ってほしい、そんな視線をひしひしと感じる。

前のめりになっているせいで強調されている巨乳がかなり目に毒だ。

そしてふと気が付くが、客がいない。

ゴンゾウさんの店にではない、ほぼ男性客でだが賑わっていた筈のそばかす少女の店だが。

俺は首を傾げた。


「あの、ゴンゾウさん。客が少なくなっているのって、なんかあったんですか?隣のお店の店主がめっちゃこっちみてるんですけど、なんかおもむろに服のボタンを外し始めたんですけどっ」


チラチラと横目でそばかす少女をみてしまうのは男として当然のことだろう。

だというのに、ゴンゾウさんは、信じられないことに、ただ黙々と買い取り作業を続けるだけだった。

なんだ、この人は、本当に俺と同い年の男なのか、信じられん、あの胸に目がいかないなんて。

ゴンゾウさん、本当に見た目通りの人だ。


「客が少ないのは授業が始まりレベルの高い錬金術師の店も出てきたせいだな・・まあ、あちらから見れば出てきたのは俺達新人なわけだが・・ともかく、客はそっちに取られている・・レベル差があろうと同じポーションなら効能は変わらないんだが、品ぞろえはあちらの方が断然上だからな・・俺も精進しなければ店を続けてはいられないだろう」


ゴンゾウさんは全く動じずにそう言った。

男とはこうあるべきだと目の前で見せつけられている気分になる。

まったくもって感嘆の至りだ。目から鱗とはこの事だろう。

俺もゴンゾウさんのようなに落ちついた、渋い男になりたいものである。

そんなことを思いながら無事に目的を終えた俺は薬屋を後にした。



―――フレンドリスト―――


プレイヤーネーム  『ゴンゾウ』

レベル       『21』

職業        『錬金術師』

スキル       『薬学 調合 採取 採掘 剣術 弓道 短剣術 目利き』

セットスキル    『薬学 調合 採取 目利き』空きスロット2

発動スキル     『錬金術 採取 目利き』

称号        『小店主』

装備        武器 無し

頭 青染めハチマキ

腕 無し

          胴 青染め田んぼ着

          腰 黒染めエプロン

          足 青染めズボン




その後、隣の店でゴンゾウさんの店では置いていなかった眠気覚ましを使うか分からないが購入した。

そばかす少女は本当にいい笑顔で笑ってくれて、満足のようだ。

俺もあの胸の谷間が正面から見られて満足した。

しかたがないではないか、俺も男の子なのだ、胸とか普通に大好きである。



∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇



買い物を終えてみれば既に日は傾いて来ていた。

俺は宿屋に戻り、その日はそうやって平穏無事に終ったのである。

夜中に隣の部屋からマナが侵入してきて鈍器で殴られた俺は意識を無くし、朝起きてみれば身体が妙に小奇麗になっていたなどという事実はない。

ないと言ったらないのである。

ともかく、授業二日目が始まる。

残りは今日を入れて、あと6日。



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