第九話
『未明の渓谷』に着いてからふと思ったんだが、そういえばマナと本格的に共闘するのはこれが初めてだ。
『夜の森』に行く途中でスライムとかゴブリンとかとは戦ったけど、雑魚過ぎてお互い一撃で倒せていたからあれは共に戦ったとは言えないだろう。
どの程度の実力なのだろう。
前衛のエースとして侍と二枚看板を張る騎士の自分はすごい強いと自慢はしていたが、俺とのレベル差はたかだか1レべル、いってもそこまで強くはないだろうと俺はたかをくくっていた。
が、舐めてたわ、マナをというか騎士を。
∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇
赤い猪のモンスター、レッドボアの攻撃を盾で防ぐマナ。
盾は正面から少しずらして構え、突進の衝撃を受けるのではなく受け流している。
真っ直ぐにしか攻撃できないレッドボアの攻撃は誘導され、無防備な脇腹をマナの前に晒す。
マナはそこに槍を何度も突き刺していく。
「ボオォォ」
無様な声をだすレッドボア、何度も皮の薄い脇腹を刺されることで既に相当なダメージを負っている。
「うっさいなー、死ねよっ」
マナは罵倒と共にいとも容易く自分よりレベルの高いレッドボアを倒した。
俺も負けてはいられない。
俺もまたレッドボアと正面から対峙する。
レッドボアの突進を俺もマナのように受けるが、盾が持てない格闘家は腕でガードするしかない、少なくないダメージを受けた。
突進が止まった隙を狙い、眉間に拳を叩きこんだ。
「ボオォォ」
生物学的な急所はゲームの中でも変わっていないらしい、無様な声を上げるレッドボア。
なんども殴り続けていると怒ったのか牙を振るってくる、俺はそれを後ろに飛んで避け『カウンター』を発動した。
突進をしようとするレッドボアの攻撃より先んじて、俺の拳が繰り出される。
ボアは倒れた。
やっと終わったと周りを見渡した時、マナは既に3匹目に挑んでいた。
ああ、やっぱすげーはアイツ。
4匹いたレッドボアのパーティーの内、俺が倒したのはたった1匹だけだった。
∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇
『未明の渓谷』に広がる段差のある岩の一つに腰かける俺とマナ。
あの後、4回ほど別の敵パーティーと戦闘を行って、レベルも上がり丁度周りにモンスターの気配もなくなったことだし、一時休憩しようとすり寄ってきたマナに賛同して休むことにした。
持ってきたコボルトジャーキーを二人で齧りながら、俺はマナに疑問を投げかけていた。
「どうしてあんなに簡単にたおせるのか?そりゃさ、マナだってレッドボア以外の敵はきちーよ。このフィールドに出てくるの殆どマナよりレベル高いし。けど、レットボアって突進しかしてこない馬鹿じゃん?相性いいんだよねー、マナは騎士だし、ちょー強いから」
「まあ、確かに盾持って長物もってる騎士は相性よさそうだけどさ、だからって始めからあんなに上手く動けるもんかね」
実はほんとにこいつには才能があるとか?
「いや、レッドボアと戦うのは初めてじゃねーし。一回、アイツ『昼の丘』で出てきたんだよ。たまにあるんだってさ、そのフィールドにいない筈のモンスターが出てくることが。大概、そういうヤツはそのフィールドの適正レベルより上だから苦戦するらしいけどマナってばほら、ちょー強いし、フルぼっこにしてやったよ。装備してるレッドスカートとレッドブーツはその時に作ったやつなんだよねー」
戦うのは2度目だったってわけか。
レッドボアを『昼の丘』で倒したってのは、前のパーティーでの話だろうけど、その時はまだ上手くやってたんだな。いや、上手くやってもらってたか。
どっちにしろ、言うまい、機嫌を壊すのは恐いしな。
そんな取りとめも無い話しを終えた俺達は再びモンスター狩りに勤しんだが、途中でポーションが切れたため、撤退することとなった。
いや、レッドボアの攻撃は単純だからそこまでダメージを受けることはなかったんだけど、昼過ぎごろから出始めたアイアンバットは小さく素早い上に堅かったため結構苦戦した。
個人的に空を飛んでいる敵はずるいと思う、長物を持っているマナは良いけど俺の拳は届きにくい。
ジャンプしながら攻撃しようと頑張っている俺の姿はかなり間抜けだったことだろう。
レベル 12→18
取得アイテム 『レッドボアの皮』『レッドボアの牙』『鉄の皮』『モンスターの血』
所持金5780G
∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇
『未明の渓谷』でレッドボアとアイアンバットとの激闘を終えた俺達は街に戻ってきていた。
そして、意外なことに此処からは別行動ということになる。
なぜそうなったかといえば、レッドボアの素材が数多く手に入ったから装備をレッドシリーズで揃えられると喜んでいたマナになら裁縫師である夏木でも紹介しようか、という俺の一言に原因があるらしい。
「いいよ、その裁縫師ってマキの幼馴染のことでしょ。別にマナが会いに行く義理とかねーし」
「義理とか・・なんでそういう話になるんだよ。なに?お前は夏木に会ったことがないくせにあいつのことが嫌いだとでも言う気か?」
「そーです。大っ嫌い」
・・・・いや、何故に?
「けど、マナがそれをそいつの前で言ったらマキは絶対怒るじゃん。だから行かない。気を使ってあげてんだからさ、さっせよな」
会ったことも無いのに夏木のことを嫌ってるっていうのは納得いかないけど、こいつはこいつで気を使ってくれてるっていうなら、何も言うことはないか。
しかし、夏木のことを此処まで露骨に嫌う奴がいるとはね、意外だわ。
夏木は弟と同じ補正持ちのヒロイン属性だと思ってたんだけど、実は違うのかね。
「わかった。じゃ、ここからは別行動だな。買い物終わったら宿屋の俺の部屋、は俺が遅れたらお前が入れないか・・・先に返ってきた方の部屋に集合でいいか?明日はどうするとか話しあおう」
「うん、わかったけど、ねえ、やっぱ別々の部屋ってのは不便じゃん。二人一緒にダブルの宿取ろうぜ?そっちのが宿代も安くなるし」
「却下だ。アホ、大体男女で一部屋は無理だろ。運営側がさせてくれんだろ、いくらなんでもな」
「ちっ、先公うぜー」
女の子が舌打ちなんてするなよ・・
ため息をつきながら、俺はマナと別れて夏木の元に向かうことにしたのだった。
∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇
話しに聞いていた夏木の工房は、露店がひしめく大通りから外れた脇道にある工業通りと呼ばれる場所に立っていた。
小さいながらも工房があり店としても機能しているそれを見てもう店を建てられるほどに貯めこんだのか驚いたが違うらしい、何でも借りているだけだそうだ。
「けど、『ユメワタリ』を初めて三日で集まるくらいの金で店舗を借りられるんなら生産職って結構楽なんじゃないのか?」
狭い店内の中に剣やら槍やらの武器がこれまた狭っ苦しく飾られているのを眺めながらそんなことをいう。
これ全部が夏木のお手製なのだろうか、だとしたらすごい。
未だ授業が始まって半日しか立っていないというのに、よくやる。
まあ、たぶん商品として完成品を仕入れてきて飾っている物もあるのだろうけれど。
「そうでもないよ。私がもう店を借りられているのは最初にマッキ―達とモンスター狩りをして直接お金を稼いだからだし。家賃を払えなくなったらすぐに追い出されるしさ、家賃以外にもみかじめ料とかも払わなきゃいけないんだから」
「へー、って、みかじめ料ってなに?やくざにでも絡まれてるのか」
おいおい、やべーよ。弟の出番なんじゃないの?
あいつの入っているギルドが治安を維持しているんじゃなかったっけ?
若干、引き攣った顔で怖がっている俺に対し、夏木はきょとんとした後、笑いながら違う違うと首を振った。
「そんなに悪質なものじゃないんだって、どっちかっていうと警備代金かな?ギルドにお金を払う代わりにそのギルドに用心棒をしてもらうの。トラブルがあった時に守ってくれたりするんだよ。別に払わなくても何も言われないけど、やっぱりそういう力添えがあった方が心強いでしょ?私がお金を払ってるギルドはかなり大きな所だから、そこの保護下にあるってだけで馬鹿なことをしようとする奴はいなくなるって裁縫師の先輩に聞いたんだ」
なるほど、警備代金か。
そういう考えなら、まあ健全なのか?
・・・あんまり変わってないような気がしないでもないが。
けど、保護する代わりに金を取っているのは弟の入っているギルドじゃないんだよな?
アイツが尊敬しているっていっていたあの可笑しな生徒会長がそんなことするとも思えないし。
「弟のギルドは何も言ってこないのか?」
「あー、うん、大通りの露店は生徒会長の『虹色の絆』が眼を光らせてるんだけどね、人手不足でこっちまでは目が届かないらしいよ。一応は守ってくれるとは言ってくれてるんだけど、言葉だけじゃ不安でしょ?生徒会長とアッキ―には悪いけど、やっぱり『王国』に頼んでおいたほうが安心なんだよね」
眼が届かないね、そりゃそうだ。
弟に聞いた話じゃ『虹色の絆』は生徒会長の威光?で傘下こそ多いけど、基本は生徒会規模のメンバーが中心らしいし、数には限りがあるもんな。
・・・にしても、『王国』ね。
早乙女の話じゃ悪の組織みたいに聞いていたけど、そんなことはないらしい。
まあ、謎のプレイヤーがトップってのは怪しいが。
生産職、楽そうに思えて戦闘職とは違う苦労があるようだ。
「で、マッキ―はそんな世間話を聞きに来たの?別にそれでも私は嬉しいし、いいけどさ、私に用事があったんでしょ?」
「ん?ああ、そうだな。忘れてた」
「いや、忘れてたって。もう、相変わらずなんだから」
呆れたそうに窘める夏木の言葉を適当に受け流してから此処に来た目的を果たすことにする。
取りあえず素材の買い取りと防具を見つくろって欲しいと言えば、夏木は目を輝かせてなんども頷いた。
俺と無駄話をしていたことでもわかると思うが、この店に俺以外の客は一人もいない。
暇に喘いでいたんだろう。
まあ、まだ店を始めたばかりだもんな。
「えっとー、全部合わせて5700Gかな。モンスターの血は悪いけど買い取れないよ。防具の素材にならないし、薬屋に行けば買い取ってもらえるんじゃないかな。作る防具だけどどんなのがいいの?」
買い取れる物とそうでない物を分けた後、渡した素材を価格表と睨めっこしながら買い取り額を計算している。
こういうところが駆けだしらしくて微笑ましいよな。
そんなことを思いながら難しそうな顔をする夏木の横顔を見ていた。
こいつ、綺麗な顔をしてんだよな。
まあ、ゲームの中だからある程度美化されてはいるんだけど、現実でもまつ毛は長いし、眼もぱっちりとしているし、唇も柔らかそうで
「ねえ、聞いてる?」
っと、ボーっとしてた。
えっと、どんな防具がいいかだったよな。
「俺がいま装備しているアイアンアームと同じアイアンシリーズで揃えられるか?」
「うん。鉄の皮もあるし出来るけど、格闘家なら動きやすいレザー製の防具の方がいいんじゃない?レッドボアの素材を売らなきゃレッドシリーズで揃えられるよ」
断固拒否だ。
レッドシリーズで揃えるってお前、最悪なことにマナとペアルックになるじゃないか。
そんなことになった時のマナの反応を考えるだけで寒気がするぞ。
「いや、そんな嫌そうな顔するなら別にいいけどさ。わかったよ、アイアンシリーズで作るからね。あっと、そういえば頭装備もアイアンヘルムでいいの?」
最後の部分に含みを込めた夏木に首を傾げた
「何か問題があるのか?」
「別に問題って訳じゃないよ。ただ、顔が隠れる頭装備って人気がないんだよね。殆どの人はイヤリングとか帽子とか使ってるんだけど、マッキ―はそういうの気にしないか」
自分で聞いておいて自分で頷いている夏木。
まあ、確かに気にしないけどさ。
それにしても顔を隠す装備が嫌われているって、プレイヤー達は全員ナルシストなのか?
確かにデフォルメが出来るせいでゲームの中はイケメン美少女ばかりだが。
「ま、俺には関係ないことだわな。イヤリングよりヘルムの方が防御力は高いんだろ?見た目より実用性だよ、実用性。もういっそ全身甲冑を作って欲しい位だ」
「関係無いことないよ。マッキ―もアッキ―と素材は同じなんだから、髪を切ってやる気のない目を止めて全身から出ているだらけたオーラを消せばそれなりにモテると思うんだけどな・・・」
「それはもう俺じゃねぇ、弟だ」
何が悲しくて弟の真似をしなきゃいけないんだ。
例えそうしたとしても主人候補正持ちじゃない俺は弟みたいにはなれないわけだから痛々しい限りじゃねぇか。
「だからって、アイアンヘルムはないよ。鉄製なだけで見た目は工事現場の安全ヘルメットだよ?なんか光るやつを持たなきゃ幾らマッキ―でも似合わないって」
「むしろあの赤い棒を持てば似合う理由を聞きたいぞ」
「えっと、労働者っぽいところ」
まあ、アルバイトをしている俺は確かに労働者ではあるわけだが、高校生でありながら労働者の雰囲気を出している俺はいったい何なんだ。
若干だが落ち込むぞ。
「もういいから・・・お前は何も言わずに俺にアイアンヘルムを作ればいいんだよ」
「あっと、ごめん、マッキ―・・・怒った?」
座っていた椅子の背にもたれかかり、もたれかかり、もたれかかり。
音を立てて椅子ごと引っくり返った。
ぶつけた頭が痛い。
そういえば昼間に戦ったアイアンバットは爪で頭を引っ掻いてきたな。
アレは痛かった。
髪が禿げる、皮も剥げるかと思った。
あんな思いをするくらいならヘルメットでも何でも被っていた方がマシだ。
「マッキ―、ごめんねー、謝るから無視しないでよー」
この後、俺は夏木を無視しながら過ごした。
何をしたいのかとか何をしたかったのかとは聞かないで欲しい。
何故か無性にそういうことがしたい気分になったのだから、仕方のないことだった。