プロローグ
おはよう、こんにちは、こんばんわ。
はじめましての人もそうでない人もまずは挨拶をしておこう。
『VRMMOの世界ではコミュニケーションが大事』
これは弟の言葉である訳だか、俺もそれについては全面的に同意する。
何事においても人間関係は大切なモノ。
人間関係を円滑に進める為のコミュニケーション。
そして一番手軽なコミュニケーションこそ、あいさつだ。
なにしろ決まった一言を相手にかけるだけで良い。
自分で何かを考えることも相手を慮ることもしなくていいわけだから、とにかく楽ちん。
その癖その効力は絶大、爽やかに挨拶してくる人を嫌う人はいないだろう。
取りあえず挨拶さえしておけば『テメー何無視してんだあぁ?ちょーしのってんのか一年坊主がぁ?』なんてわけのわからない先輩風を吹かせる奴に絡まれる心配も無い訳で、安心安全な筈だ。
「テメー何見てんだあぁ?ちょーしのってんのか一年坊主がぁ?」
安全な、筈だったんだけどなぁ。
まさか別のベクトルで絡まれるとは思わなかったわ。
路地でたむろしていたゴロツキ風のファッションに身を包んだ先輩方に詰め寄られる俺。
数多くいる『新参者』の中で俺に絡んできたのは俺が『格闘家』だからという理由もあるんだろうな。
流石は地雷。
舐められてますね、ため息しかでねーよ、はぁ。
「おいおい、何無視しちゃってくれてんだぁ?」
青筋を立てながら詰めよってくる先輩の一人に胸倉を掴まれる。
謝れば逃がして、くれないんだろうな。
良くて金銭奪われて、悪ければ殴られた上で金銭を奪われるだろう。
早乙女が弟の入ったギルドが治安を維持しているとか言ってたけど、ほんと、あいつの言ってることは誇張され過ぎ、信用できない。
仕方なしに先輩方を睨みつける。
着ている装備品はおそらく中級者用レベルのモノだろう。
初心者ように毛が生えたレベルの物しか装備していない俺じゃまず敵わない。
ならばレベルは?無論それもあっちが有利だ。
二年生だか三年生だかは知らないが、少なくとも一年以上『ユメワタリ』を続けているというアドバンテージがあっちにはある。
能力的に、勝てる筈がない。
諦めて息を吐き、吸う俺。
それを見た先輩方は卑しい笑みを浮かべながら口を開く。
「おい、金を出せば許し―」
「ぎぃややややぁああああああああああっ!」
そんな先輩の言葉を遮って聞こえるのはのぶとい悲鳴。
無論、出所は俺だ。
「うばわれるぅぅぅ、ころされるぅぅぅ、おかされるぅぅぅ、ほられるぅぅぅううううっ!」
無様な声を上げながら暴れる俺。
先輩方は慌てながら「黙れだの」「静かにしろ」だの言っているが、黙る訳がないじゃん。
たぶん俺の前にも何人かの新参者、一年生をカツアゲしていたんだろうけどこんな抵抗は初めてだったんだろう、先輩方は明らかに慌て始めた。
当然だ、こんな抵抗は情けなさすぎる。
現実世界でもそうだが、普通、高校生くらいの男が声を荒げて助けを求めるというのは簡単なことじゃない。
丁度プライドという物が完成し始めた頃だ、情けない姿を公衆の面前で披露するのには抵抗もあるだろう。
しかも、この街『オウコク学園都市』にいる『プレイヤー』は全員が『王黒学園』の生徒達。
普通の男子生徒ならその中でカツアゲされた時、抵抗を試みたり逃げ出したりはするだろうが、流石に叫び声をあげて助けを求めるなんて情けない真似はしない。
そう、普通の、男子生徒なら。
「知っていますか、先輩方。痴漢が一番嫌う女性っていうのは声だしを躊躇なくできる人らしいですよ」
どれくらい腹の立つ顔でそう言ったかは鏡でも使わなきゃ自分ではわからないけど、先輩方は顔を真っ赤にして俺を地面にたたきつけた後、人が来る前に逃げていった。
俺も立ち上がると服に着いた砂埃を払い、人が来る前にそそくさと立ち去ることにする。
情けない姿を似られても別に何も思わないけど、見られないならそれに越したことはないだろう。
俺は速やかに裏路地を抜け人気の多い大通りへ歩いて行ったのだった。
さて、邪魔ものもいなくなったところで挨拶をしておこう。
いま起こった光景を見てもらえば俺の人間性は大体わかってもらえると思うが、一応は補足ということで。
俺は『王黒学園』の『一年生』、VRMMO『ユメワタリ』の中で今年の『新参者』として『格闘家』をやっている『出来のいい弟』を持った、ごく普通だといいなぁと思っている『マッキ―』だ。
ああ、勿論『マッキ―』はこのゲームの中でのプレイヤーネームだ。
マッキ―なんていうふざけた本名を持つ日本人はいない、・・・いないと信じたい。
俺の本名を今さらながら言っておくと、大佐真樹という。