卒業輪廻
「只今より、平成18年度卒業式を始めます」
この教頭先生の感情がないような喋り方も、今日で最後だと思うとちょっぴり寂しい。
慣れ親しんだクラスのみんなとも、学校で会うのは今日が最後。
みんなといる時はいつも楽しくて。時間が経つのがすごく、すごく早くて。
いつまでもいつまでも、こんな時が続けば良いと思った。
大好きなみんなと、いつまでも一緒にいたかったから。
■
次の日、私はお母さんの声で目を覚ました。
「ほら、美加。早く起きないと遅刻するわよ!」
やだなぁ、お母さん。私はもう学校卒業したんだから、わざわざ起こしに来なくても良いのに……。
「美加、いい加減にしなさい! 今日は卒業式でしょう。遅刻なんかして卒業できなかったら、お母さん人様に合わせる顔がないんだから」
……卒業式?
「卒業式、昨日終わったよ?」
「なに言ってるの! 卒業式は今日でしょう。ほら、早く起きて着替えなさい」
「そんなはずない!」
私は飛び起きた。
「卒業式は昨日終わったの! ほら、机の上に卒業証書だって――」
なかった。
私が指差した先の机の上には、何もなかった。
その瞬間、私の記憶はまるで宙をさまようように、実感がなくなった。
お母さんは呆れて何も言えないといった風に、首を横に振った。
私は何も言わずに制服に着替えると、そのまま急いで家を出た。
■
「只今より、平成18年度卒業式を始めます」
この日、私は確かに卒業証書を受け取り、学校を卒業した。
この日だけは一生忘れまいと、そう心に誓い、3年間の学校生活に終止符を打った。
■
「ほら、美加。早く起きないと遅刻するわよ!」
あれ?
「美加、いい加減にしなさい! 今日は卒業式でしょう」
私は昨日、確かに卒業したはず……。
布団の中で頭だけを動かして部屋中を見渡す。
「お母さん、私の卒業証書は?」
「何言ってるの! それは今日もらうんでしょう? いいから早く起きなさい」
そう言うと、お母さんは部屋を出て、一階へと降りていってしまった。
やっぱり、私がもらったはずの卒業証書はどこにもなかった。
(夢……? 私、同じ夢を二回も続けて見たのかな?)
そう思って携帯を見ると、確かに今日は3月9日。卒業式当日。
時間は……八時!
急いで支度を済ませると、朝食も摂らずに家を出た。
卒業式に遅刻して卒業できませんでした、なんて言ったら、人様に合わせる顔がないよ。
(――「遅刻なんかして卒業できなかったら、お母さん人様に合わせる顔がないんだから」――)
あれ?
なんだろう、この言葉、どっかで聞いた気がする……。
■
「只今より、平成18年度卒業式を始めます」
卒業式の後、一生の思い出に、とみんなで写メを撮った。
私はそれに何重にもプロテクトをかけて、いつまでもこの携帯を使い続けようと思った。
■
「ほら、美加。早く起きないと遅刻するわよ!」
その声で私は跳ね起きた。
やっぱり卒業証書はどこにもない。
私の中に想像を絶する程の不安と恐怖が押し寄せてきて、
「お母さん、今日は何月何日?」
「なに言ってるの。今日は3月9日。卒業式よ」
「――――嫌っ!」
気がついたら叫んで、パジャマのままなのも構わないで家を飛び出した。
学校の前まで来ると、これまでと同じように【平成18年度卒業式】と書かれた看板が立っていた。
「あれ、美加」
声をかけられた。同じクラスだった千恵ちゃんだ。
私は千恵ちゃんに掴みかかるようにしがみつくと、
「携帯! 携帯見せて!」
千恵ちゃんから半ばひったくるように携帯を貸してもらい、写メを見た。
「あったっ!」
昨日撮ったはずの写メはそこにあった。
けれど、
「……いない」
そこに私の姿はなかった。
「どういうこと!」
私は千恵ちゃんを睨みつけた。
すると千恵ちゃんは、
「…………」
「!?」
黙って涙を流していた。
そしてこう言った。
「ごめんね、美加。一人にして」
わけが分からず、私は走って自分のクラスに行った。
そして、そこには。
私の遺影があった。
黒板には、『美加ちゃん卒業おめでとう』と書いてあった。
私の脳裏に閃光が走った。
横断歩道を渡る私。
猛進してくるトラック。
そして宙に投げ出され、
ぐしゃ。
「……そうか、私」
思い出してしまった。
私はあの日、卒業式に出られなかったんだ。
だから何回も何回も、毎年毎年卒業式を繰り返して……。
「私、死んじゃってたんだ……」
「本当にごめんね、美加」
声をかけてくれたのは、クラスのみんな。
みんな少し大人びて見える。
そこで変わらないのは、私だけ。
だって今は、平成21年。
私はずっと、自分から卒業できていなかったんだ。
「私こそ、ごめんね、みんな」
涙が出てきた。
大好きな大好きな、みんな。
「卒業おめでとう、美加」
私は、みんなと一緒にいられて、幸せでした。
「ありがとう」