表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

序話

序話


 

 闇夜に踊る銀影が一つ。重力の楔を振り切りながら、黒く染まりし無明の空間を跳ねるように駆けていく。木製の欄干を蹴り、金属の看板を蹴り、その都度速度を上げて一筋の銀閃となって空を跳ねる。

 誇り高い鷹が羽ばたく様に、コートの裾が翼となって羽音を奏で、無音の世界に鼓動を与えていく。眼下に見下ろす雑多な町並み、ビルの間にビルが生まれ、更にその隙間を縫うようにして木製のパーツが組み込まれたビルが建ちならび、最下層まで光りが届いているのか怪しいと思えるほどの闇を生み出すその町並み。

煌びやかなネオンに彩られた上層と、暗く、鬱屈した闇を内包するその街。

淵都・アラタヤド。そう呼ばれるようになって既に五百年近くが経過している。いくつもの争い、いくつもの変化を受け、その度に様々なことが変わり、そして、今はこの形となって落ち着いている。

 ネオンの一つに着地し、眼下を見下ろしながら再び空に舞う。上空に浮かぶ小さな月が発する明かりによって、その姿が僅かに夜の闇に浮かび上がる。170の後半に差し掛かろうという長身、全体的な線の細さはあるが、それは最小限にとどめられ、線の細さのうちに鋼の硬さを内包しているように見受けられる。それは、まるで――研ぎ澄まされた一つの刃のようでもあった。

 腰には複雑な装飾が施された鞘に納まる大剣、片メガネと耳に取り付けてあるインカムらしきものを装備し、片メガネの画像を頼りにしながら、何かを追跡しているように見えた。

『……優斗様?』

 コートが奏でる羽音に混じり、何かがインカムから聞こえてきた。それは、電子音混じりになったとはいえども、その流麗な声色、そこから想像できる素晴らしい美少女を十分に想起できるだけの魅力に満ちていた。

「楓子ちゃん」

 声の主――仲間である少女、楓子に少し安心した返事を返す。

『追い込み、完了しましたわ。ポイント G4:F9に五分後、というところ……でしょうか』

「了解……っと、まさかとは思うけど、“喰べ”てないよね?」

『……えぇっと』

 その単語が、彼らの中でどういう意味を持つのかは――質問に対して返答が帰ってこなかったことを見ると、あまりいいことでもないらしい。とは言ってもその答えも予測済みだったのか、小さなため息が彼の口から漏れただけで、“それ”に対して深い追求はしないことにしたらしい。

「今回に関しては、まぁ、いいよ。それよりも、すぐに合流してくれるかな?」

『向かっていますわ。二分後、合流できます』

「よし、じゃあ、手早く済ませよう」

『はい♪』

 嬉しそうな言葉を最後に通信を切り、目的の場所を検索するために片メガネの円周部に触れる。そこに表示されている地図に、英単語と数字が表記され――目的の場所までの距離と時間が浮かび上がる。

「さて、急ぐとするかな」

 呟いて、両足に込める力を増加させ、その速度を加速させる。それはあたかも、夜の闇を切り裂く一条の流星の如く。

 時間にしてジャスト。会話から二分後――黒い闇の中でも更に黒く輝く光が追随してきた。視線をそちらに向ければ、闇の中でもはっきりとわかる美貌が視界に入ってくる。

 腰どころか脹脛まで伸びる長い黒髪、それを押さえるように膨らんだ帽子を吹き飛ばないように左手で押さえ、いくつもの筋が入ったプリーツスカートを右手で抑えながら空を舞っている。その顔立ちは人形のように美しく、風圧に顔をゆがめていなければ、そのまま魂まで吸い取られそうな美貌であった。

「楓子ちゃん」

「お待たせしましたわ、優斗様」

 にっこりと微笑むと、その美貌が更に美しく見えるが――直後、彼女の美しい髪が不気味なほどに伸び上がり、遥か前方にあるフェンスを噛み掴んだ。そして、それを基点として、髪が再び収縮する反動を利用して一気に加速する。純粋な身体能力で飛んでいる優斗とは違った移動方法だが――初めて見る人がいたら、まず間違いなく腰を抜かすだろう。

 空を切り裂いて飛んでいくその姿は、天使――いや、その美しすぎる髪の色からすれば堕天使といえるほどの映像だが、優斗にとってはもう既に見慣れた光景なので、驚くに値しないものであった。

「目標、発見しましたわ」

 目を細めた先に、闇に紛れて地上を走る人影が見えたが――何かがオカシイ。あえて言うなら、あるはずのパーツが、五体満足であるならばあるはずのパーツがひとつ、欠損している。正しくは片足が存在していない。それでも、何かに怯えるように、片足でも全力で遠くへと逃げようとしている。

 怯えるレベルではなく、明らかに恐怖を感じている。恐らくは、犯人である誰かに対し、徹底的に刷り込まれたのだろう。

「ちょっと、やりすぎじゃないかな……?」

 考えられるその犯人、つまりは隣の確信犯に咎める様な視線を送る。

「まぁ! 優斗様、わたくしを犯人にするつもりですか!? ただ、ちょっとばかり調子に乗っていたようなので『捕縛の十:蜘蛛絡』で動けなくした後でじっくりとゆっくりとなぶるようにお肉をただいただけだと言うのに!(まずかったですけれど)」

 その美しい姿と声に見合わないブラックな言葉が発せられ、一瞬、浮遊している世界が停止してしまった。

「……いや、まぁ……うん、間違いなく、それだね。あれかぁ……あれは、トラウマになるよね……すると、これ以上はちょっとかわいそうだから、手早く仕留めようか」

「せっかくですから、全部“喰べ”ましょうか?」

「それはまずいよ。依頼内容、忘れてない?」

「…………あっ」

「さて――じゃあ、行こうか」

 ちゃきり、と腰の鞘に手をかけ、柄を握る。視線が正に猛禽の如く鋭くなり、全身が一瞬膨れ上がったかのような力強さを感じる。

 自分の出番はないと感じ、傍観に徹することを決めた楓子は、その勇ましくも頼もしい姿に、体の奥が熱くなる、ぞくぞくとした快感を感じていた。その瞳で射抜いて欲しい、その腕で抱きとめて欲しい、甘く強い言葉を囁いて欲しい。けれども、それを口にはしない。自然に出た言葉、行動でなければ意味がない。だから、待つのだ。だから、今は見ているだけで十分なのだ。

 アスファルトから生えた長い電柱に脚を絡め、独楽のように回転しながら地面に近づいていく。ある程度の高さ――目標としている存在の頭と同じ高さまで降下した瞬間、電柱が圧し折れる程に力を込め、コンクリートの電柱が凹むほどの脚力を持って、弾丸のように飛び出す。

 すれ違い様――いや、すれ違う前に、気付かれる前に抜刀する。飛び出した勢いと回転を加えて腕を振りぬけば、羽根の装飾が施された白銀の剣がお目見えする。

 数瞬遅れて、銀を濡らし、闇を染める赤の鮮血が宙を彩る。

「な……が……」

 斬られた、と気がついたのは、切り裂いた剣が血糊を吹き飛ばす音を耳が捉えてからだった。

「ごめんね。君自身に恨みはないけれど……依頼人から、君の自由を奪って捕縛するように頼まれてるんだ」

「……白銀の、剣……」

 血に濡れて、意識が朦朧とし始めていたその存在は、切られたことに気付いていても、目の前の男が発する気配に飲まれて、何も出来ずに立ち尽くすほかなかった。

 強烈な殺気があるわけでもなく、圧倒的な威圧感があるわけでもない。ただわかるのは、絶対に勝てないという確信のみ。そう、たとえ“力”を使ったとしても――絶対に勝てないと。けれども、このまま捕まればどうなるかは想像に難くない。なぜなら、その想像が確実に実行されるであるだけの事を重ねてきたのだから。そして、同時に“力”に自信を持っていたが故に調子に乗り――こうして、厄介な存在に追われる原因となった。

 逃げられないとわかっていながら、一縷の望みを繋ぐために、脱出のために動こうとするが、背後で別の音が聞こえて振り返ると、黒髪の女性が――楓子が頬に手を当てて立ちふさがっていた。

「あら? まさか、優斗様から逃げられると思っていらっしゃる? だとすれば、浅はかですことよ」

 逃さない、という意味を込めて、彼女の背後に強大な闇が――いや、正しくは、艶やかな、黒い網が発生する。それが、つい先ほど徹底的になぶられたモノであると即座に気付き――逃げ場がない事を悟る。

「終幕、ってことだね。どちらにしろ――貴方の行ってきたことを考えれば、自業自得、ってことになるから――諦めたほうが、いい」

 地面の割れる音と衝撃と――空気が粉砕される音と共に、彼が十メートルほどの距離を一瞬にして潰し、接近する。

 鞘に収めた剣が閃き、突進から抜刀までの隙を極力削った一撃が対象となった男にめがけて放たれる。惚れ惚れするほどの弧を描き、吸い込まれるように体を切り裂くはずのそれは、男が半ば本能的に上げた片腕によって防がれていた。黒く変色し、肥大化して見えるそれが、この男の“能力”であることに即座に気づく。だが、何もかもを両断するはずの銀剣が防がれたことには微塵も驚かず、その剣を始点にして左側に回りこみ同時に左足での足払いで相手の両足を刈り取り、不安定な空中に舞台を移していく。

 自分が宙に浮いていると感じた瞬間には、足払いの回転を利用し、バネのように回転しながら沈み込み、優斗が突き上げるような蹴りを放つ。

 肋骨と背骨が粉砕される音と衝撃音が重なって響き、一瞬だが完全に重力の領域がその空間だけ消失し――ビルの五階にまで到達したとき、それを待ち構えていたかのように優斗がコートを靡かせて剣を――いや、剣ではない強大な何かを構えていた。

「終わり、だよ」

 “それ”が振るわれ、闇夜が銀の線に彩られた瞬間、すべては決していた。

 着地した優斗から遅れることコンマ五秒。切り裂かれ、気を失って重傷となった男がアスファルトに叩き付けられた。その体は刃によってひどい裂傷を負っていたが、それだけで、重傷ではあるが、瀕死には程遠い状態で留まっていた。無論、彼が手加減をしたためにこうなっているのだが。

汗ひとつかかずに、それでもわずかに上がった息を整えながら、楓子に指示を出す。

「ふぅ……じゃあ、所長と依頼人に連絡、お願いするよ。僕はこの人を縛っておくから」

「はい。……いつも、これだけ楽だといいのですけれど」

「愚痴ってても、仕方ない。なるようにしかならない、っていうことだよ」

 インカムのつまみを調節し、誰かと連絡を取り始める楓子を尻目に、腰につけていた特殊なロープを使い、手早くぐるぐると簀巻きにしていく。多少荒っぽいが、あっさり倒したとはいえ、この対象となっている人物はそれなりに危険な指定を受けている。念には念を入れて――ということだ。

「これで今月八件目、か。最近やけに多いな――まぁ、暇だったら暇だったで平和なことになるんだけど、それだと食べていけないし……けど、起きすぎるのも、困る気がするな」

 ぶつぶつと独り言を言いながら男を簀巻きをし終えると、夜の闇をかき回すかのように起こる突風に思わず目を瞑る。

 全てを飲み込む漆黒に浮かぶ白の月は、一つの希望を象徴しているのか、それとも――。


今回が初めての投稿となります、エレメンツです。

駄文、といって差し支えありませんが、できうることならば、何かの感想をいただければ幸いです。


優斗と楓子、そして、まだ見ぬ登場人物。

期待してくれる、面白いと思ってくれる小説を目指しますので、応援をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ