狂イ咲キノ桜 =サラバ、友ヨ。=
どうか、お願い。一度でいい。
私と手を繋いでください。一度でいいんです。
どうか、気づいてください。
私に、気づいてください。とても寂しいのです。
生まれてから、一度として気づかれたことはない。
『人』とは異なるがばかりに、私は孤独。
「今年も咲いた」
春。それは、私にとって一番の季節。
人は私が宿る桜の木を求めて、花見を催すために訪れる。
唯一、ほんの少しだけ孤独が癒える一時。
人には触れられないし、気づかれない。けれど、同じ場所や時を共有しているということに、安らぐ。
人の笑顔は不思議だ。つい、つられて笑ってしまう。
「彼らは今年も来るだろうか」
永い永い、悠久の時を生きる私にとって、一年というのは刹那の時。しかし、毎年毎年、この季節ばかりは待ち遠しい。
いつもならば、満開の頃にならなければ、誰も来ない。けれど、今年は違った。
まだまだ、桜も蕾をつけたばかりの頃。一人の少年が木の根元に腰を下ろして、本を読んでいた。
今時には珍しく、袴姿だった。最近の人は『洋服』とやらを着ているのに。
私は声をかけた。どうせ、気づきはしない。この頃は霊視の才を持つ者は少ないから。
「少年。桜はまだ咲きませんよ」
どうせ、聞こえはしない。
しかし――…
「見ればわかるさ。けれど、此処がいいんだ」
驚いた。声が、届いた…!。
「どうして?風邪をひいてしまいますよ」
「知ったことか。此処がいいから此処にいる。それともなんだ…迷惑か?」
「いいえ……」
気味悪がりもせず、黙々と本を読む少年。
………何故?
それから少年は毎日訪れるようになった。
そして、日々は過ぎて、桜が八分咲きになった頃。
「もうすぐだな」
「はい?」
「桜さ」
その表情はひどく優しかった。今までは、無表情な顔しか見たことがなかった。
「満開になったら、また来る」
「本当ですか?」
「ああ」
「待っています」
「名前とか、あるのか。お前。声しか聞こえないが」
「…桜那命《オウナノミコト》と、呼ばれてました」
「そうか。桜那か。ちょっと呼びにくいが…まあ、いいか」
やがて桜が満開になった。
約束どおり、少年はやってきた。一人で。やはり本を持って。
けれど、たくさん話してくれた。
周りの人ばかり見ているだけでなく、こうして話すのは、永く生きてきて初めてだ。
嬉しかった。とても。楽しかった。
けれど、楽しいことには、必ず終わりが来る。
「しばらくは来れない。少なくとも、次の春までは」
「そうですか」
「でも、また来るさ。それまで、此処をキープしておいてくれ」
「キープ?」
「特等席として。此処が一番夜桜が綺麗だった」
「わかりました。待ちましょう。貴方の特等席を守りましょう」
彼と私を繋ぐ、約束。
私はしっかり約束を守った。
花が散り、若葉が茂り、枝を茜の空に伸ばし、雪に埋もれてもなお、私は彼が読書を楽しむ木の根元を守り続けた。彼以外の者を、座らせはしない。そんな形で。
「久しぶり」
「はい。久しぶりですね」
「約束は?」
「此処に…」
ふかふかの土の上に座る彼。
いつものように、レトロな眼鏡をかけて本を読み始める。今日の本は、平家物語。
「『祇園精舎の鐘の声。 諸行無常の響きあり。』ですか」
「知ってるのか」
「はい。平家の方々も此処でよく花見をしていましたから」
「そんな昔からあったのか!此処!!」
「…いつからというのは、私も知らないですけど」
他愛の無いことを、ポツリポツリ話していく。
嗚呼、いつまでも続けばいいのに。
「また来る」
「待ってます」
それから彼は、毎年、春になると訪れるようになった。
桜が満開の頃やって来て、私と話したり本を読んだりして過ごして、夕暮れとともに帰ってゆく。それを繰り返した。
「来たぞ」
「はい」
「また来る」
「待ってます」
「今日は土産付きだ。自家製団子。でも食えるか?」
「ありがとうございます。見るだけで私は満腹になりますから」
「次は何がいい?」
「じゃあ、桜餅を」
「見飽きたんじゃないのか?」
「あれは特別ですから」
そして彼と出会って幾年かがたった。
「桜那」
「はい、何ですか?」
「来年も、来るからな。…きっと」
「…待っていますよ。私は悠久の時を生きますから」
「…桜那。ありがとう」
「え?」
「いや、何でもない。それより、お前、なにかしたいことってないのか」
「どうしたんです、急に」
「気まぐれ」
「…なら、一つだけ」
彼はじっと私を見上げる。
見えないはずなのに、目があった気がした。
「手を繋いで下さい」
「それだけ?」
「はい。でも、貴方は見えないでしょう?」
「ああ、見えない」
「手を…」
彼が伸ばした手に、私の手を重ねた。
そっと、優しく。
「…あたたかい」
「わかります?」
「ああ。わかる…。わかるよ」
けれど、その日を境に彼は、やって来なくなった。
季節が何度巡り、桜が何度咲いても、彼は来なかった。
どうして?
何故?
約束は守っている。
花だって咲かせている。
「…寂しい」
考えに考えて、私はあることを決意した。
一年中、桜を満開にしよう、と。
そうすればきっと会いに来てくれる。
「さあ、咲きなさい。咲きなさい!」
桜にありったけの神力を注いだ。
全ては、彼のために。彼との再会のために。
いつしか桜の周りで花見が行われることは無くなった。
狂い咲きの桜として恐れられているからだと、風の噂で聞いた。
「………」
しばらくして、彼は久しぶりにやってきた。――――骨壺に入って。
「オウナ様。勇馬は、貴方を友人と呼んでました。遺書には、此処の根元に埋めてほしいと書かれていました。どうか、お許しください……」
彼は、勇馬といったのか。情けない。母親から聞いて初めて知った。
彼は病を患っていたそうだ。療養のため、春の間だけこの地に来ていたそうだ。
齢わずか十八。死の間際には、私の名前をよんでいたという。
遺影の中の彼は、優しげな顔。
嗚呼、なんと儚い……。
戒名には『桜』の字が使われていた。
【さらば、友よ…。そしてありがとう】
「――――――――――っ!!!!」
土に埋められてゆく、彼の骨壺を見ながら私は、声無き叫びを上げた…。
その刹那、狂い咲いていた桜がはじけるようにして散った。
美しすぎる、春の空へと…――――。
ちぐはぐですんません!!
勢いで書いてしまいました。
今、秋なのにね(苦笑)