◇ 2
あの日、彼女は私を部屋から追い出した。彼女の家からも追い出された。
「暫く、出て行って」
真っ白な部屋の中、彼女は冷めた口調でそう言って、目を細めて私を睨んだ。何故、彼女がそんな顔でそんなことを言うのか分からない、理解出来ない。
「だったら、私を放り出して」
貴女のお人形なんだから。そういう意味を込めて言った。すると、彼女は私の腕を引き、黙って玄関の扉を開けると、私を外へと追い出した。それから目を合わせることなく、バタンと大きな音を立てて扉を閉める。私はその場に茫然と立ち尽くした。玄関扉を只管に見つめていた。
何時間、そこに立っていたのだろう。私は人形のように、ただただその場に立っていた。じっと扉を見つめていると、やがてその扉が開いた。開けたのは彼女だった。彼女と視線が絡み合う。彼女は髪を手で払うと「もう入っても良いわ」と言った。そして、そのまま私の横を通り過ぎ、どこかへと去ってしまった。
私は彼女の背中を見送ると部屋へと入った。彼女に動かされるわけではなく、勝手に動くのはかなり不本意だったが、私の本来いるべき場所は彼女の部屋だ。私は彼女のお人形なのだから。
部屋に入ってすぐに、白いミニテーブルに置かれた封筒が目に入った。表には私の名前が書かれている。差出人の名前は無かったが、宛名の字を見て彼女の字だと分かった。彼女が私に宛てた手紙。どうして直接言わないのか、さっきすれ違った時にでも言えば良かったのに、と不思議に思いながら、私は封筒から手紙を取り出した。手紙に書かれた彼女の整った字をゆっくりと辿る。
『私のお人形さんだと言う貴女に、自由をあげる。私の物になりたいと言った貴女に、自由をあげる。これは罰。貴女は私の者にはなってくれなかった。だから自由をあげる。自由を解かれたいなら、私に堕ちなさい』
何度もゆっくりと字を辿る。彼女の言葉を反芻し続けた。
――私に堕ちなさい。
堕ちる、堕ちる、堕ちる。彼女に堕ちる、貴女に堕ちる。嗚呼、私、自由なんか欲しくない。彼女のモノになりたい。彼女の物になりたい。嗚呼、嗚呼、嗚呼。私は彼女の物になりたい。彼女の物になるには、彼女の者にならなければならないのだろうか。彼女の者になるとはどういうことだろうか。彼女に堕ちれば、彼女の者になれる? ならば、彼女に堕ちるとはどういうことだろうか。彼女に堕ちる、堕ちる、堕ちる。嗚呼、嗚呼、分からない。分からないけれど、彼女に堕ちるとは即ち彼女に染まるということではないだろうか? 嗚呼、嗚呼。
私は着ていた白いワンピースを引き裂いた。髪を結んでいた白いリボンを解き、床へと無造作に落とす。彼女のクローゼットを開け、彼女の黒いコルセットを取り出した。それから、ギンガムチェックのフレアスカートが目に留まる。彼女が昔、私に着せたがっていたものだ。それも取り出した。
貴女に堕ちる、その為に。
レースの施された真っ白なブラウス、リボンのついた真っ黒なコルセット、そして、モノクロなギンガムチェックのフレアスカートを身に付け、私はニヒルに黒いハイヒールを鳴らし、街を歩くのだ。