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きゅう。

 







「襲撃は、なんともありませんでしたか?」




気持ち良さそうに目を閉じていたヴェルノさんは私の問いにあぁと細く目を開けます。




「負傷者も死人もねェ。オマケに今回は良い収穫だった。」


「お宝ざっくざく、ですか?」


「まぁ、宝じゃねェが色々必要なモンも手に入ったぜ。」




それは相手の船の方々がお気の毒でしたのです。


この船は海賊船ですから、略奪行為はヴェルノさんたちにとってとても自然なことなのでしょう。


それで養われている私がそのことについて、とやかく言う資格もありません。


でも見たところ怪我もないご様子なので安心しました。


浴槽の縁にべったりとくっつく私を見たヴェルノさんは「そういや、風呂は問題ねェみてェだな。」と背中を指で突付いてきます。


服を着ている時ならばまだしも、今の状況でそれはダメなのですよ。


離れようとすれば逆効果だったようでガッチリ抱え込まれてしまいました。


結局ヴェルノさんが心行くまでお風呂を堪能し、俺が出るまでお前も出るなという命令に従わざるを得ない状況になったのです。


…ヌイグルミでよかったと心底思いました。


だいぶゆったりお湯に浸かっていたヴェルノさんは起き上がると浴槽の縁に置いてあったタオルで私を包みます。


全身をさらすのは恥かしかったのですが、綺麗な金の瞳には変な色はなく、ただ純粋に楽しげに細められていたので渋々拭いていただき、先に失礼することに。


脱衣所できちんと拭くと完全に水気はなくなり、入浴前よりもふんわりもこもこのヌイグルミが鏡に映ります。


毎日入浴せねばこの綺麗な白と素晴らしい手触りは維持できないかもしれませんね。


ワンピースを着終えて脱衣所から出ますと、アイヴィーさんとバッチリ目が合ってしまいました。


ニッコリ笑顔で「ヴェルノと一緒に入ってたのねぇ。」なんて語尾にハートがつきそうな口調で言われてしまい顔が熱くなってしまいます。


ヌイグルミなので見た目では分からないでしょう。

とりあえずアイヴィーさんとソファーに腰かけて待っていましたら、程無くしてヴェルノさんも脱衣所から姿を現しました。


ガシガシと適当に拭っているからか、髪からはポタポタと雫が落ちています。




「やっと出て来たわね?遅いじゃない。」




ソファーから立ち上がったアイヴィーさんは不満そうな声でそう言いました。


ヴェルノさんは意地の悪い笑みを口元に浮べて私を抱き上げます。




「うるせェな。せっかく一緒に入ってたんだ、楽しませろよ。」


「アタシたちも色々楽しみたいの!全く、今回は酒も手に入ったから船員達も首を長くして待ってるんだから。」


「分かってる。行きゃあ良いんだろ、行きゃあ。」




薄いワイシャツ越しに温かな体温を感じると、とてもホッとするのは何故でしょうか?


抱えられてお二人について行きましたら食堂ではなく甲板へ出てしまいました。


甲板の上には何やら大量のお酒と食べ物、それから沢山の宝石や貴金属類が山を成しているではありませんか。


驚いて見つめていた私に気付かなかったのか「思ったより少ねェな、」ポツリとそうヴェルノさんは呟きます。


これで少ないのですか?


見上げるとやや不満そうな顔の船長さん。アイヴィーさんが苦笑します。




「どうやら商品を売り終わった後だったみたい。その分のコッチもしっかり回収してあるから、そう怒らないでよぉ。」




親指と人差し指で丸く形を作って笑うアイヴィーさんに「そうか。」と返事を返したヴェルノさんは先ほどよりも少しだけ機嫌が直っていました。


…アイヴィーさんの今のあれは、お金という意味ですよね。きっと。


商船の方々には申し訳ありませんが、奪った以上はこの船の、そうしてヴェルノさんの物なのですから仕方がありません。


弱肉強食とは本当に恐ろしい世界ですね。


入浴する前にありました椅子は船尾から船首に移され、ヴェルノさんがどっかりと椅子に座ります。


横に下ろされた私もちょこんと座っていたらお酒とお料理を持ったアイヴィーさんと幹部のみなさんが周りに座りました。


船長さんは渡されたグラスを高々と掲げます。




「今日はなかなかの収穫だった。お陰で酒も手には入った…野郎共、今夜は派手に飲め!俺が許す、宴を始めろ!!」




なみなみと注がれていたお酒をヴェルノさんが仰ると、全員が一気に手に持っていたジョッキの中身を飲み干しました。


一気に船員さん方が騒ぎ出します。


私は渡されたコップを両手で抱えたまま出遅れてしまったのです。なんと言う不覚。


そこかしこで騒いで、飲んで、時には踊り出す方々がいる甲板はまさに宴という言葉が相応しい状態になりました。


その様子を目を細めて眺めているヴェルノさんは船長の顔をしています。


嬉しそうな、楽しそうな、穏やかで、見守るような金の瞳は吸い込まれてしまいそうなくらい綺麗に輝いていたのです。


ぼんやりと見上げていましたら視線に気付いたヴェルノさんがフッと緩く微笑んで私の頭を撫でました。


筋張っている手は少し浅黒く、いくつかの古い傷跡が薄っすらと残っています。そんな大きな手で何度も何度も子どもにするように頭の上をゆっくり動くのです。




「ヴェルノさんは、幸せですか。」




唐突な問いでしたが、特に気にした風もなくさぁなとはぐらかされてしまいました。


アイヴィーさんは幹部の方々とジャグラーを楽しんでおられます。


離れた場所では何人かの方々が既に泥酔状態で酷く楽しげに笑っていて、その光景をどこか眩しそうに見つめているヴェルノさんは、私から見ると幸せそうに見えました。


そっと船長さんの足に寄りかかりますと、金の瞳が船員さん方から私へ向きます。


優しい…本当に穏やかで優しい色の瞳に映った私を見て、少しだけ泣きたくなってしまいました。




「…私は、とても幸せなのです。」




頭に乗ったままの手に触れれば温かな体温が丸い手の先から全身に広がる気がしました。


この手が例えどんなに大勢の人の命を奪ったとしても、沢山の悪事を働いたとしても、私はヴェルノさんや船員の方々を嫌いになることは出来ないのでしょう。


視線を向けた先には笑い合うみなさんの姿。


海賊とか、そんなもの関係ないくらい無邪気な笑顔がそこにあるのです。




「海賊でもいいんです。みなさんは私にたくさん優しくしてくださいますし、たくさんの新しいを教えてくれました。…ヴェルノさんに買っていただいたからこそ知ることが出来たのです。こんな素敵な海賊船に私を連れてきてくださって、ありがとうございます。――私は今、とても幸せなのです。」




稚拙な言葉しか組み合わせられないのが歯痒いのです。


この温かな気持ちが伝わればいいのに。


見上げた先で柔らかく笑うヴェルノさんの表情に、ないはずの鼓動がドキリと音を立てた気がしてしまいました。






 

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