ななじゅう ぷらす よん。
注文を終えれば用無しとばかりにメニュー表をテーブルの端に寄せて、ヴェルノさんとアイヴィーさんはのんびりお料理を待ちます。
私は落ち着かなくてお店の中を見回してみたり、ワンピースの裾を整えてみたり。
「失礼致します。」とさっきのボーイさんではない方が飲み物を持ってきてくださいました。
「飲んでみろ。」
目の前に置かれたシャンペングラスに似たコップの中には可愛い薄ピンク色の何かがはいっています。
それを飲むよう勧めるヴェルノさんの手には赤ワインみたいなものが、アイヴィーさんの手には白ワインのようなものが。…まさかお酒ではないですよね?
恐る恐るグラスに鼻を寄せてみます。
アルコールの香りはしません。お酒ではないことにホッとしつつ、一口飲んでみることにします。
「……これはバラとリンゴ、ですか?」
口に含めばバラの香りがして、それからリンゴの香りと甘みが後から鼻に届きます。
「そうよ〜、美味しいでしょ?」
「はい、とっても美味しいです。」
しつこくない、アッサリとした甘さと口の中に残る香りに素直に頷きました。
美味しいものは大好きです。
更に一口、二口と飲む私を見てヴェルノさんが満足そうに笑います。
それからお料理を持った人がやってきて、テーブルに並べていきます。
サラダとパンみたいなもの、それからスープ。
前菜なのでしょうか、三人共同じものでした。
テーブルマナーを気を付けながら食べていましたら、ちょっとだけヴェルノさんとアイヴィーさんに驚かれたのです。
これでもテーブルマナーはある程度ですができるのですよ。
船では皆さんマナーなんてそっちのけで好きなように食べていらしたので、私も食事優先で少しだけマナーを崩して食べていただけなのです。
偉い偉いとアイヴィーさんに褒められ、ヴェルノさんが頭を撫でてくださいました。
前菜はどれも美味しかったのです。
次に出てきたのはサーモンのカルパッチョ、一口サイズでお花の形に巻かれたお魚の刺身とふわとろな卵焼き、どちらも色んなお野菜が飾りに使われて見た目にも綺麗なのです。
食べてしまうのが勿体ないです。
しかしずっと見ていたらヴェルノさんに「食わねェなら俺が食うぞ。」と言われてしまい、泣く泣く手をつけることにしました。
…予想を裏切らずこちらも美味しいのです!
感動しておりましたらヴェルノさんと目が合いましたのです。
「本当に美味そうに食うな。」
「見てるこっちが嬉しくなっちゃうわよねぇ。ヌイグルミの時も、何時も美味しそうに食べてたし。」
クスクスとアイヴィーさんは笑います。
「美味しいものは、美味しいなって思って食べるのが一番なのですよー?」
「確かにな。」
ヴェルノさんが珍しく同意してくださいました。
何故このお料理なのか聞いてみましたら、運河によって貿易が盛んな王都では海産物が有名なのだそうです。
特に生魚は王都でしか食べられないのだとか。そういえば船でもお刺身などは食べませんでした。
どうやらこちらの世界の海や川のお魚さんは特別な処理をしないと生で食べられず、処理の方法は王都でも数少ない人々しか知らないらしいのです。
「こんなに美味しいのに、他の方々が食べられないのは勿体ないですね。」
沢山の人が美味しいものを食べて幸せになれればいいのですが。
ヴェルノさんは肩を竦めるだけで善いとも悪いとも言いませんでした。
美味しいものは皆で共有すべきなのです。美味しいお料理は世界の財産なのですよ。
お刺身の最後の一口を食べ終え、私は満腹になってしまいました。
デザートはいるかと聞かれて迷いましたが入りそうにないので遠慮します。
「真白ちゃんって少食よねぇ。人になってからもヌイグルミの頃と同じくらいしか食べてないでしょ?」
「そうですか?私は元々このくらいですよ?」
「食べねェとデカくなんねェぞ。」
「むっ…!」
どこが、とか何がとは言いませんでしたが比喩るヴェルノさんの足をテーブルの下で蹴ります。
あっさり避けられてしまったのですが。
時々ヴェルノさんはデリカシーと申しますか、私がちょっと気にしていることを言うのです。
多分私をからかって遊んでいらっしゃるのでしょう。
現に目の前で優雅にワイングラス越しに見つめてくるヴェルノさんは酷く楽しげに笑みを浮かべているのです。
そうして残っていた中身を一気に煽ると食事が終わったことを確認して立ち上がりました。
私もまたエスコートされながらお店を出ます。
支払いはアイヴィーさんが済ますようで、私とヴェルノさんは店先の道の端で待ちます。
まだ怒っているんですよ。と、背の高いヴェルノさんを睨んでおりましたら、ぐいっと抱き寄せられてしまいました。
「そうかっかすんな。」
胸元に顔を押し付けるように頭まで抱き込まれてしまいます。
「どーせ私はちんちくりんなのですよっ」
「…なんだ、本気で気にしてたのか?」
呆れたような声が降ってきて、少し悲しくなってしまいました。
ヴェルノさんにとってはただの悪戯でも、私にはグサッとくるのですよ?
ギュッと抱き着き返せばポンポンと慰めるように背中を叩かれました。
「馬鹿野郎。俺が欲しいのはお前だけだっつってんだろうが、いい加減分かれ。」
耳元で囁かれた言葉にバッと顔を上げると間近にヴェルノさんの顔がありました。
離れる暇もなく私の唇にヴェルノさんの唇が……って、ここは外なのですよ?!!
暴れようとしましたがガッチリ抱き締められていて逃げられず、私の顔の色んな所にキスを落としてからヴェルノさんは満足げに黄金色の瞳を細めます。
「まぁ、味見くらいはするけどな。」
……やっぱり私はヴェルノさんには勝てそうにないのです。
お店から出て来たアイヴィーさんは上機嫌なヴェルノさんと、抱き締められて羞恥にぐったりする私を見て心得たようにニコニコと笑っておりました。