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ろくじゅう ぷらす ろく。

 



真っ青な水の中は不思議なくらい澄んでいて、底から湧き上がっているのか水泡がぶくぶくと下から浮かんでくるのです。


二つに分かれてしまった私の体が水を吸ってどんどん沈んでいきます。


ふと、泣き声が聞こえてきました。


いつかの夢で見たものと同じ光景がずっと下の方にあります。


私と同じ歳くらいの女の子が泣いています。聞いているのも苦しくなるような嗚咽混じりの声に胸が締め付けられるのです。


その女の子の傍には女の人が立っていました。


前に夢で会った女の人なのです。その人は悲しそうな顔で女の子を見ていますが、泣いてはおりません。


そうして私を見上げると殊更悲しげに顔を歪めるのです。




「…ごめんね。」




何故私に謝るのか分かりません。女の人はもう一度、ごめんなさいと言います。


女の人は手を伸ばして落ちて来た私の頭と体を掴むと、そっと両方を合わせてくれるのです。すると不思議なことに頭と体が綺麗にくっついて手足が動かせるようになりました。




「どうして私に謝るのですか?」




声も出るようになった私の問いに女の人は傍に座り込んで泣いている女の子を指差します。


足元に下ろしてもらい、私は泣いている女の子に近寄ります。でも困ったことに女の子は話しかけても返事をしてくれません。


触ろうとしても私の手は女の子の体をすり抜けてしまうのです。


正面に回って女の子を顔を覗き込み、私はまた、声が出なくなりました。


泣いている女の子は私によく似ていて、けれど私よりもツリ気味の目と短く切り揃えられた前髪。考えてみると、何故今まで思い出さなかったのか首を傾げてしまうくらい、その子は元の世界にいた頃にずっと一緒にいた女の子。


――――私の大切な大切な、妹だったのです。


女の子が妹だと分かると、彼女の嗚咽混じりの言葉が急にきちんと聞き取れるようになりました。


何度も何度も私の名前を呼ぶのです。


帰ってきて。本当は嬉しかったの。でも自分は馬鹿だったから。謝るから、だから死なないで。


泣き過ぎて掠れてしまった声でそう願うのです。




「これが、今の貴女なの…。」




女の人の言葉に顔を上げれば、妹の目の前には一つのベッドが現れました。


パイプの簡素なベッドに真っ白いシーツと色んな機械から伸びるチューブや配線。


妹の前にいた私を抱きかかえて女の人はベッドの上に私を乗せてくださいます。




「…わたし?」




ベッドの上に眠るのは他でもない‘私’でした。


よく白いね、と言われた肌は前よりもずっと青白くなっていて、体も痩せたように思います。規則正しくピッ…ピッ…と鳴る音は目の前の‘私’が生きている証。


なんで‘私’はこんなことになっているのでしょう?


青白い手にそっと触れた途端、私の中に何かが入ってきて、まるで映画を見ているみたいに映像が流れていきました。


「これあげる。」妹がくれた可愛らしい袋。中身は一つ年下の妹が選ぶにしてはちょっと子供っぽくて、でもそういうのが大好きな私が好みそうな花の形の二つのブローチ。「いいのですか!」貰った‘私’は大喜び。


それから二つのうち一つを妹に差し出して「お揃いでつけるのです。」と‘私’が笑います。妹は「似合わないから、あたしは要らない!」とそっぽを向きました。


だけど‘私’は妹とお揃いでつけたくて我が侭を言います。「お願い、お揃いがいいのです!」妹はブローチを持つ‘私’の手を軽く払って「いいって言ってるじゃん!」と怒ってしまうのです。


手を払われて、ついでに足元を見ていなくて小さな段差に躓いた‘私’は転んでしまいました。


先を歩いていた妹と距離が空いて、ふっと膝をついた地面に影が出来ます。妹が‘私’の愛称を叫びます。


続いてドッと体が地面に叩き付けられて何かの塊が上から‘私’を押し潰そうとするのです。


どこからか誰かの悲鳴が聞こえて、妹が駆け寄ってきました。泣きそうな顔で‘私’を呼びます。


そこでグッと体を引かれる感覚がして私はハッとしました。


目の前にはまだ映像が流れているのです。大きな鉄材が‘私’の体を押し潰し、妹が必死にそれを退けようとして、でも不安定なそれは今にも崩れそう。妹は近くにいた人によって‘私’から引き離されてしまいます。


 何故忘れていたのか、あの花のブローチは真雪ちゃんからの大切なプレゼントだったのに。


振り向いた先にいた女の人は泣いている妹を見下ろします。




「普通に歩いていたら、きっと貴女も、貴女の妹も事故に巻き込まれることはなかったわ。…だからこそ、この子は自分を責めているのでしょう。」




泣いて、泣いて、‘私’が起きるまでずっと後悔している妹。




「そして何の因果か貴女の魂は此方の世界にきてしまった。…人形なのは、多分他に入れる体がなかったからね。」


「何で私はこちらに来てしまったのか、お姉さんは知っているのですか?」


「知っているわ。だって、貴女は私自身だもの。」




ベッドの上にいる私の隣りに女の人も腰掛けます。


どこか懐かしそうに寂しげに笑いました。




「此方の世界の神話を貴女は知っているかしら?」


「あの男の神様のお話ですか?」


「…知っているのね。その神様の子を身篭ったと言い伝えられているのが私。そして貴女は私の魂の一部が生まれ変わった、新しい魂。」


「だから私はお姉さんでもある、ということなのですね。」


「そう。元は此方にあった魂だったから引かれてしまったのかもしれないわ。」




女の人は眠る‘私’の頬を優しく撫でます。それから私に向き直ります。




「今ここで望めば貴女を元の世界に帰してあげられる。」




ハッキリ紡がれた言葉に驚きました。帰れる?元の世界に?


こんなに泣いている妹を助けられるのですか?


でも、私はすぐに帰りたいと言えません。


だって、向こうに戻ってしまったら――…




「…その、少しだけ戻ることはできませんか?少しだけ元の世界にいて、すぐにこちらに戻って来ることはできないのでしょうか?」




私の言葉に女の人が驚いた顔をしました。




「貴女、戻って来たいの?」


「来たいのです。家族も、お友達も大切なのですが、ここには私を命懸けで助けようとしてくださる大切な人がいるのです。一緒にいて楽しいと思える人達が沢山、たくさんいるのです。」


「……そう。此方の世界を選ぶのね。」




お父さん、お母さん、妹、お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、クラスの皆、お友達。


大切で会いたい人は大勢いるのです。帰りたくないわけではないのです。




「実を言うとね、この場所に来るまで元の世界で貴女にとって大切だと思う人達の記憶を、私は抑えていたの。思い出してしまったらきっと貴女は苦しむから…。」




女の人が申し訳なさそうに目を伏せます。


だから私は今まで皆のことを思い出したり、すごくすごく寂しいと思わなかったのですね。


「ありがとうございます」と言うと女の人は「どう致しまして」と苦笑します。


この世界に来たことに後悔はしません。でも私は馬鹿なので、時々寂しくなって泣いてしまうでしょう。帰りたいと駄々をこねるでしょう。


でも、ヴェルノさんと離れてまで帰りたいかと聞かれると答えることができません。




「私にとっての一番は、やっぱりヴェルノさんなのですよ。」




だけどそのためには、やらないといけないことがあるのです。




「元の世界の‘私’に、私を戻してください。」




泣いている妹に言わなければなりません。


もう気にしなくていいんだよ、大好きだよ。って。



 

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