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ごじゅう ぷらす はち。

 





瞼に感じる熱を無視してヴェルノは真白を抱えたまま立ち上がる。


いくらヌイグルミとは言え、好意を寄せている女を何時までも雨曝しにさせたくはなかった。それに雨で張り付いた服が不愉快だ。


今更になってアイヴィーに差し出されたあの傘を受け取っていれば良かったと、ほんの少しの後悔が一瞬頭を過ぎったけれど、もう過ぎた事を蒸し返しても意味が無い。


真白は未だ腕の中ですんすんと泣いている。


上着で包んでやってから、その背を何度も撫でて歩き出した。


普段であれば添えられる程度に置かれていたヌイグルミの手は、今は皺が出来る程強く服を掴んでいる。


そんな些細な事に口角が上がってしまいそうになるのを堪えてヴェルノは真白の長い耳にキスをした。赤い瞳の付いた顔が上げられれば、今度は額や目元にも落としていく。


まだ感情が落ち着かないのかされるがままで真白も動かない。


呆れる程にキスの雨を降らせた後に漸く身じろいだかと思えば小さな声で「汚いのですよー…」と呟いた。


汚れている事は見れば分かる。けれどその程度は大した事ではない。


「気にしねェ」短く返したそれに真白は何も言わなかったが、代わりとばかりにギュッと抱き付いて来る。腕の力を強めるとホッとした雰囲気が何となく伝わってきた。


もう疲れていて走る気が起きなかったヴェルノは歩いて宿へ戻る。


木製の扉を押し開け、泊まっている部屋へ足を向ける。


扉を開けなくとも部屋の中から馴染んだ気配を感じ取り、遠慮なく扉を蹴り開けた。


予想通り室内にいたアイヴィーが気怠げにゆっくりと振り返った。しかし、ヴェルノの腕の中にある上着の塊を見た途端に椅子を倒しながら勢いよく立ち上がる。




「真白ちゃん!」




中身が見えないようにしてあっても、アイヴィーには分かるらしい。


腕の中にいた真白も呼ばれた声に反応して上着の中から短い手を伸ばし、名を呼んだ。涙声で呼ばれたアイヴィーが大股で歩み寄って来る。


けれどもヴェルノは真白を譲らなかった。


いや、むしろ抱き締めようとしたアイヴィーから引き離そうとした。


これには流石の副船長も不満な顔をしたが、一度溜め息を吐き出して妥協する。アイヴィーに頭を撫でられ、また泣き出す真白の背をヴェルノの手が擦った。




「とりあえず、ヴェルノと真白ちゃんはお風呂ね。」


「あぁ。」


「皆にはアタシから伝えておくから。」




濡れるくらいどうって事はなかったが真白共々浴室に押し込まれたヴェルノは、久しぶりに二人で風呂に入るのも良いかと服に手をかけた。


真白は視界の隅で丸くなっている。両手で目を覆って所謂‘私は何も見ていません’なポーズをとっていた。


何時も通りの姿にふっと短く息を吐いてから容赦なく真白を掴む。


抵抗どころか文句を言う暇を与えず服を脱がせて先に浴室に放り込んだ。


薄いガラス戸の向こうで何か言っている声がしたけれどヴェルノは敢えて聞こえないフリをし、自身も服を脱ぎ終えて浴室に入る。途端に静かになった真白に思わず噴出した。


薄暗い浴室の隅に隠れるように座っていた真白を掴まえて(たらい)に張った湯の中へ入れる。


小さな体をマッサージするように少し押しながら洗ってみれば、湯はすぐに茶色く濁ってしまった。


中身を入れ替えて、今度は石鹸を少し溶かした湯を張れば真白も自分から入っていく。ヌイグルミの体がかなり汚れていることを理解しているようだった。


長い耳をヴェルノが洗っている(かたわ)らで腕や足などを必死に洗って汚れを落としている。白かった泡が比例するように茶色に染まった。


ついでとばかりに聞こえてきた真白の腹の虫にヴェルノは今度こそ声を上げて笑ってしまう。




「ずっとご飯食べてないので、背中とお腹がくっつきそうなのですよ!」




要はかなり空腹らしい。頻りに腹部を擦る真白に湯をかけながら頷く。




「分かった分かった、上がったら好きなだけ食わしてやる。」


「ほんとですか?!ケーキとかクッキーとか食べてもいいですか!」


「それは飯じゃねェだろ。」




飯食え、飯。そう思いつつも「甘いモンは食後にしとけ」と言ってしまう。


既に風呂を上がった後のことを考えて気分が浮上している真白の泡をしっかり落として湯船に入れさせ、ヴェルノもやっと自分の体や髪を洗う。


思っていたよりも雨で体が冷えていた。


手早く済ませてヴェルノも湯船に浸かる。縁に乗るようにして湯に浸かっていた真白を抱え、自身の身体の上へ乗せた。そのまま浴槽の縁に頭を置き、やや窮屈な足も縁から出して冷えた体を湯に沈める。


ヴェルノの胸辺りで真白も仰向けになって同様に湯で温まっていた。


会話はなく、時折思い出したように真白が手足を動かして遊んでいる。


真白の起き上がる動きに気付いてヴェルノが暗い天井から視線を戻せば、一対の赤い瞳が見つめてきた。薄汚れていた体は以前と同じく真っ白に戻っている。


他のヌイグルミと違い完全に水を吸い込む訳ではなく、人間同様に程好く濡れている真白の頬をヴェルノは何とはなしに指で突付いた。


突付かれている方も満更ではないようで、指で突付く度に「うぁー」「ダメなのですー」「転がるー!」と楽しげに声を上げて胸の上でバランスの悪そうな体を揺らしている。




「おい、真白。」


「? 何ですか?」




空いている方の手でこっちに来いと示せば素直に目の前に来る。


無防備だ。今に限った事ではないが。


これ幸いとばかりにヴェルノは真白の後頭部を掴んで、逃げる間もなくヌイグルミの口部分に唇を寄せた。


ヌイグルミとは違う柔らかな感触を味わって顔を離せば真白からすぐに攻撃が降ってくる。




「不意打ち禁止なのですー!」



もふもふと叩かれ、不意じゃなきゃ良いのかと真白の揚げ足を取るような事を考えつつヴェルノは口角を引き上げた。





 

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