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ごじゅう ぷらす なな。

 





降り出した雨の音を屋根越しに聞きながらヴェルノは自身の所有する船を睨み付けた。


船には何の責も無いというのに、すぐに修理をする事が出来ないそれが妙に憎らしい。


船大工達はよくやっている。毎日朝から晩まで何人もの大工が修繕している。


もういっその事、この船を壊して買い換えてしまおうかとすら思ってしまう。


船を睨み付けたまま微動だにしないヴェルノにアイヴィーが声をかけた。




「ヴェルノ、今日はもう宿に戻りましょう?」




気遣うような言葉だったが、その声には不安が色濃く滲んでいた。


仕方なく立ち上がり造船所を出れば大粒の雨が地面を叩いている。


アイヴィーに傘を渡されたものの使う気にはなれず、受け取らずに雨の中へ足を踏み出した。


何も持たない片手が軽い。何も抱えていない片手が冷たい。


何かが足りないと訴えるその感情が‘寂しさ’なのだということをヴェルノは知らなかった。


見上げた空は雲に覆い隠されて星一つない。


代わりとばかりに降り注ぐ水滴が全身を濡らし重く圧し掛かる。


通りかかった店の窓にびしょ濡れになった自分の姿を見て自嘲した。


同じ海賊からも恐れられている男がたった一人の女さえ見つけ出せないなんて、滑稽極まりない。何が‘冷酷な青の狼’だ。こんな異名も地位も欲しいものが手に入らなければ何の意味も無い。




「……チッ!」




舌打ちと共に道端に落ちていたゴミを蹴り飛ばせば、それは雨水と共に排水溝へと消えていった。


視界に入る濡れた青い髪が鬱陶しい。


そういえば真白は自分の髪と目の色を気に入っていたなと、ふと思い出す。


特にこの青い髪は空や海のようで綺麗だと船の甲板に出る度にそう言っていた。


………海。そう、海だ。


何故気付かなかったのだろう?


子供っぽい所もあるが馬鹿ではない真白なら造船所が海沿いにあることは分かっているはず。


例え街中で方向が分からなくなってもこの島の地形を考えれば、川を下って海へ出られる。


海が好きだと言っていたあの真白だからこそ、海へ向かう可能性もあった。


そこまで考えて自然と体が造船所の方向へ向く。


正確には造船所の先にある海へヴェルノは走り出した。


水溜りを蹴って人にぶつかるのもお構いなしに暗い道を駆け抜ける。


走るという行為はこんなに疲れるものだっただろうか?早鐘を打つ心臓を無視して足を動かし続けた。


ややこしい道を右へ左へ抜ければ視界が一気に開け、灰色の海が目前に広がる。


大きな街だけあって河口も一つや二つではない。


左右に分かれた道に舌打ちを零しながらも迷う事無く右へ向かった。


理由らしい理由は無いが、しいて言うなら何時も真白を抱える腕は右腕だったからというくらいの微々たる理由だった。


一つ目の河口は外れだった。それらしい人影どころか増水して近寄れる状態ではない。


二つ目の河口は水が少なかったものの川の左右は断崖のようになっていて、とてもではないが降りられない。


足に鈍い疲労を感じる頃にやっと三つ目の河口にヴェルノは到着した。


降り続く雨の中で目を凝らして河口を見渡す。


――それらしい影は見当たらなかった。


いなくなってから、もう一週間以上も経ってしまっている。


先に海へ来た真白が既に別の場所に行ってしまった可能性もあった。


だが、ヴェルノには真白が他に行くような場所など何も見当がつかない。


………何でいねェんだよ…。


二度とあの小さな体を持ち上げる事も、明るい声を聞く事も出来ないのかと思うとまるで地面が無くなってしまったかのような錯覚を覚えてヴェルノはその場にしゃがみ込む。


お気に入りだった。


動いて話すヌイグルミなんて面白い物は真白をおいて他にない。


海賊である自分にも臆する事無く話しかけたり、突拍子もない悪戯をしたり。危なっかしくて、それでいて面白くて目が離せない。


子供のように甘えたかと思えば大人のように聞き分けが良い。


傍にいても、手を焼かされても不思議と苛立たない。


……そうか、そうだったのか…。


何故真白に此処まで執着するのか、ヴェルノは今になって気付かされた。


一体何時から自分はあのヌイグルミに好意を抱いたのだろうか?


興味本位で買った暇潰しのはずだったのに、その存在は何時の間にかヴェルノの中で無くてはならない物になっていた。


失くしてから気付かされた事実に思わず目の前の地面を殴り付ける。


治りかけていた手の傷などどうでも良い。


やり場の無い感情のままにヴェルノは構わず更に拳を地面へ振り下ろそうとした。




「―――――…ヴェル、ノ…さん…?」


「っ…!」




聞こえてきた小さな声に地面にぶつかる直前で拳が止まる。


空耳だとどこかで諦めたような考えが頭を過ぎった。しかし、聞こえてきた声を空耳だと思いたくもなかった。


聞こえた方向…自身の背後を振り返ったヴェルノは黄金色の瞳を見開く。


少し離れた場所に探していた小さな体が立っていた。


雨の中を走ったからか、一週間と少しの間のせいなのかは分からないが白く綺麗だった体は薄汚れ、泥だらけになってしまっている。


着ているワンピースなんて元が何色だったのかすら定かではない。


それでも見慣れた赤い目がジッと自分を見つめている。


そこからピクリとも動かないヌイグルミの名を半ば茫然としたまま口にした。




「―――…真白、か?」




名前を呼んだ瞬間、ヌイグルミが弾かれるように駆けて来て飛びつかれる。


とっさに受け止めた体は雨でびしょ濡れになっており、感触もゴワついてしまっていた。




「ヴェルノさ、ごめんなさい…っ!ごめんなさいですっ!!」




震える声で必死に謝罪の言葉を口にする真白がまだ信じられなくてその体を持ち上げた。


俯く顔は表情の変わらないヌイグルミであるため涙も分からない。


けれども伸ばされた短い手が頬に触れてきて、もふりとした柔らかさを感じた瞬間、ヴェルノは真白を抱き締めていた。


腕の中で自分の名前を呼びながらわんわんと泣く声を聞くと、先ほどまで感じていた言い様のない虚無感が薄れていく。


…戻って来た。また、俺の手の中に帰って来た。


より一層強く振りつける雨粒を無視して小さなヌイグルミを掻き抱く。


その頬に伝うものが雨だったのか、それともずっと昔に捨ててしまった涙だったのかはヴェルノ自身にも分からなかった。




 

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