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ごじゅう ぷらす ご。

 





「カワイイわ、ブランシェ!あなたはなんてステキなの!!」




私に人形用のドレスを着せて喜ぶ女の子に困ってしまうのです。


この子にお持ち帰りされてしまってから三日、私は朝昼晩と変わる変わるお洋服を着せ替えられ、どこに行くにも抱き締められているのです。


女の子の名前はアンジェリカ。でも愛称のアンジーって呼んでね、と言われました。


ちなみにブランシェというのはアンジーがつけた私の名前だそうです。


もちろんアンジーは私が動いて喋れるヌイグルミだとは全く思っていないようなので、ここ三日間はヌイグルミのフリを続けています。


……ヴェルノさん、怒っていますよね…。


大人しくしているように言われたのに、勝手に動いていなくなってしまったのですから、怒られない方がおかしいのです。


ギュッとアンジーに抱き締められながら私は心の中だけで小さく溜め息を吐くことしか出来ませんでした。


おまけにお腹も減ったのです。


アンジーと一緒にご飯を食べたりお茶を楽しんだりしていますが、私はヌイグルミですから食べたり飲んだりすることは出来ません。


美味しそうなクッキーやケーキは本当に目の毒なのですよ…。


何よりアンジーは貴族のお嬢様なのだそうで、大きなお屋敷と沢山の使用人に囲まれた暮らしは私にとってはすごく疲れるのです。


ヴェルノさん達と一緒に過ごしていた船の方がずっとずっと楽しいですし、自分で動き回れたので快適でした。


三日も経ってしまいましたがヴェルノさんが来てくださる気配はありません。


そもそも私が勝手に動き回ったせいで今の状況になってしまったのですから自業自得なのですね。


これはもう、自分で何とかするしかありません。


子供用の可愛らしいワンピースの寝間着を着たアンジーが私を抱き締めてベッドへ入りました。


使用人の方がそっと部屋の蝋燭を消して、出て行きます。


子供だからなのかアンジーはすぐに寝てしまったのです。


一応目の前で手を振ったり、ちょっと触ったりしいて確かめてみましたがアンジーは起きません。何とかその腕の中から抜け出し、窓辺に近寄ります。


…窓枠が高いのです。


仕方なく傍にあった飾り棚によじ登り、どうにかこうにかして窓枠に到着したけれど、窓の外は二階なのです。


痛みもないヌイグルミの体ではありますが高い所から飛び降りるのは、やはり怖いのですよ。


それでも帰るためにはコレしかないのです。


鍵を開けて、ゆっくり窓を開けます。


振り返ればベッドで気持ち良さそうに眠るアンジーの寝顔が見えました。


とても私のことを気に入って、可愛がってくださったことには感謝しているのです。


でも、私がいる場所はこの屋敷でもなければアンジーの横でもないのですよ。


意を決して窓から勢いよく私は飛び降りました。


一階の屋根にぶつかり、そのまま屋根の上をゴロゴロと転がったかと思うと止まり切れなかった体が空中に投げ出されてしまいます。


あ、と思った時には地面に落ちていました。




「い、痛みがなくて良かったのです…。」




ぶつかった感触などはありましたが、やはり痛いのは嫌いですから痛覚がないのは良い事ですね。


立ち上がると着ていたドレスが汚れてしまっていることに気付きました。


アンジーには申し訳ないと思いつつドレスを脱ぐ事にしました。ひらひらのドレスを着たままでは動きづらいのです。


下に着ているシンプルな白いワンピースがあるので恥かしくないですし。


脱いだドレスを近くの茂みにこっそり隠してから私は広い庭に足を踏み入れました。


白い体は目立つので出来るだけ茂みに紛れるように動かないといけませんね。


見回りをする使用人の方々をやり過ごしながら、少しずつ私は屋敷の裏門へ近寄ります。


高い塀に囲まれたお屋敷から出るには裏門か表門を通るしかありません。門は鉄柵で出来ているので門番さんに見つかりさえしなければ簡単に隙間から出られるのです。


でも門番さんは二人います。


門の外側の左右に立っていて、こちらに振り返りはしませんが、その足元をバレずに通るのは難しいのです。


どうしようと考えていた私の視界に小さな石が二つ目につきました。


…そうです、この石を使ってみましょう。


イチかバチかのありきたりな方法でしたが石を掴んで、裏門のギリギリまで近付いて隙間から外の道路へ石を投げました。


カツンと音を響かせて石は暗闇の中へ落ちていきます。


音に門番さんが反応したのを見て、もう一度、今度は先ほどよりも少しだけ近くへ石を投げます。


カツ、コツンと音がして門番さんの一人が暗闇の方へ歩き出しました。


もう一人の門番さんは、その人を見ています。


今の内に柵の隙間を抜けて門番さんがこちらを振り返らないことを祈りつつ門から離れて行きます。そうして道路の段差に飛び込みました。


少し離れたところから「何もいなかった。」という門番さん達の声が聞こえてきて、ようやく私は肩の力を抜くことが出来たのです。


四つん這いのまま門の死角まで来て私は立ち上がりました。




「お屋敷からの脱出ミッションはクリアなのです。」




少なくとも二時間以上はかかってしまいましたが。


広いお庭を突き抜けるのは苦労しました。


手と膝の汚れを払ってから左右を見て、私はとても重要なことを忘れていたことに気付きます。


……造船所は一体どこにあるのでしょうか?


道のところどころには標識のようなものがあり、多分通りの名前などが書かれています。しかし私は文字が読めないので、それがこの世界の文字であることしか分かりません。


見上げた空には月がなく、キラキラと輝く沢山の星達だけが静かに私を見下ろしていました。





 

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