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ごじゅう ぷらす よん。

 





船大工達と修理箇所の確認を終えたヴェルノが船を降りる。


海に浮かんでいない船というのはどうにも味気無い。


一日でも早く修繕を終えて慣れた海原に戻りたいと思いながら船員が持ってきたグラスの水を飲み干し、ヴェルノは感じた違和感に首を傾げた。


――――何かが足りない。


それが何なのかヴェルノは周囲を見渡してすぐに気付く。


ペットであり、自分のお気に入りと化している真白がいない。


目立つ真っ白なヌイグルミの姿がどこにも見えないのだ。


思えば先ほどまで聞こえていた木がぶつかり合う音も何時の間にか無くなっている。


真白につけていたはずの船員は、船大工に引っ張られたのか木材を運ぶ手伝いをさせられていた。


ヌイグルミが座っていた木材の上には遊び途中で放置されたパズルが置いてある。


何時もならば自分を見つけるとすぐに駆け寄ってくるか、声をかけてくる真白の姿が無いことにヴェルノは何とも言えない嫌な予感と少しの焦燥、そしてそれらを凌駕する苛立ちを覚えた。




「おい、アイツはどうした。」




グラスを弄びながら、船大工にこき使われていた船員に声をかける。


振り返った船員は「え?」という表情で視線を動かし、木材の上にヌイグルミの姿が無い事を確認すると顔を青くした。


それだけでヴェルノは事態を把握する。真白が勝手に動いてしまったのだろう。


慌てて真白を探しに行く船員の後ろ姿に隠す事無く苛立ちの篭もった舌打ちを零した。


この島に来てから真白は宿と造船所を行き来する以外では外に出る事が出来なかった。しかも此処最近は以前に比べてあまり構っていなかった気がする。


特に機嫌を損ねた様子も無かったので気にしていなかったが、あの好奇心旺盛な性格を考えれば今まで物静かだったのは我慢していたからに違いない。


残っていた船員の一人にアイヴィーを呼ぶように言いつけてヴェルノは自身の青い髪を乱暴に掻き上げる。


慌てた様子で戻って来た船員が先ほどよりも顔色を悪くして駆け寄って来た。




「船長!さ、攫われました!!」


「…ぁあ?」


「表の倉庫に来た貴族連中の中にガキが一人いたんですけど、ソイツがウチのヌイグルミを連れて行っちまったそうで…!」




…連れて行った?貴族のガキが?


バリィンッッという甲高い音と共にヴェルノが手にしていたグラスが割れる。


残っていた水に混じって紅が床に滴り落ちていく。


「ひっ…!」と声にならない悲鳴を上げた船員の顔は青を通り越して白に近い。


グラスの破片が残っているにも関わらず、拳を握り締めたままのヴェルノの手からポタリ、ポタリと落ちる紅が床に滲んでいった。


ようやく開いた手の平からグラス片が地面に落ちて透き通った音を響かせる。




「何処に連れて行かれたか探して来い。見つからなかった時は………分かってるな?」


「は、はいっ!!」




弾かれるように走り去った船員を鋭い眼差しで追い払い、ヴェルノは自身の手を見下ろした。


勢い余って握り割ってしまったグラスのせいで手の平は傷だらけだった。


それを無感情に見ていれば、出入り口から入って来たアイヴィーの悲鳴にも似た声が耳に飛び込んでくる。


「ちょっと何やってるのぉ?!止血くらいしなさいよー!!」と腕を掴まれ、残っていたガラスを引き抜かれた。痛みはあったものの、ヴェルノからすれば大した傷ではなかった。


誰かが呼んだのか造船所で働いている医者が来て、傷の手当てをしていく。


傷は多かったものの思った通り出血のわりに傷自体は浅かった。


一部始終を見ていた他の船員によって事の次第を聞いたアイヴィーは真白を心配しつつ、グラスを割ったヴェルノの脇腹を容赦なくド突く。




「アンタが苛立つのは分かるけど、戻って来た真白ちゃんがそんな手みたら泣いちゃうじゃない!ちょっとは考えなさいよぉ!!」




と、怒鳴られたがヴェルノは面倒臭そうに視線を逸らすだけだった。


手当てが済むと真白が残していったパズルを適当にバッグへ放り込み、そのバッグをアイヴィーに押し付けて、もう用は無いと言わんばかりに造船所を後にする。


アイヴィーが何かを叫んでいたがヴェルノは振り返らなかった。


軒を連ねる屋台の中を抜けて宿へ戻る。


お世辞にも良いとは言えない宿のギシギシと危なげな悲鳴を上げる階段を上がり、泊まっている部屋の鍵を開けて扉を開けた。


靴を脱ぐ事すら億劫な事に思え、そのままベッドへ体を投げ出す。


悲鳴を上げた簡素なベッドは固くて寝心地も良くない。


シーツの上を手が滑っていくが望む感触はどこにも無い。


知らず知らずの内に真白を探してしまっていた己の行動にヴェルノは驚き、そして望むものが傍にいない事が酷く腹立たしかった。


前回手元から離れた時は偶然が重なってしまっての事故だったけれど今回は違う。


目付け役をつけていたと言うのに手元から離れてしまったのだ。


真っ青な顔をしていた船員の男を思い出すと苛立ちが更に募る。一体アイツは何をしていたんだ、船長である自分の命令があったにも関わらず真白から目を離すなんて。


自分の手で割らずに、あの顔面にグラスを叩き付けてやれば良かった。


今更ながらにそんな考えが頭を過ぎったものの、過ぎてしまった事はどうしようもない。


もう手放さないと思っていたはずだったのに。


真白とは似ても似つかないゴワゴワとしたシーツの感触がより一層不愉快だ。




「クソが…っ!!」




苛立ちを込めるように壁へ叩き付けられた鍵が痛々しげな音を立てて床に落ちる。


慣れた存在が傍にいない。ただその事実だけがヴェルノの機嫌を損ねていた。




 

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