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ご。

 






ヴェルノとアイヴィーが食堂へ行くと、見張り以外の船員のほとんどが所狭しと各々の席に座って食事を始めていた。


料理長であろう男が調理場で忙しそうに動いている。


船長と副船長用の机には小奇麗に料理が並べられており、二人分の席の周りには幹部であろう男たちが数人座り、二人を待っていた。




「あ、船長お疲れ様ッス!」




その中でも一番歳の若そうな十代後半ほどの少年がヴェルノに手を振る。すると傍にいた別の男が少年の頭を軽く叩いた。


少年は文句を垂れながらも怒っている様子はなさそうだ。


少年を叩いた二十代後半くらいの男は歩いてくる二人へ静かに目礼する。


少年と男の他には、アイヴィー同様に髪を編み上げて右目にモノクルをした青年とスキンヘッドに刺青を入れた大柄の男が席についていた。


ヴェルノとアイヴィーがテーブルまで来ると左右に座っていた彼らが席を引く。


至極当たり前な様子で椅子に腰掛けたヴェルノの膝の上を見た少年が目を瞬かせて、白いヌイグルミを指差す。




「それも連れて来たんスか?」


「あぁ。」


「食事出来るか聞きたかったのに、寝ちゃってるのよねぇ。」




横からアイヴィーに頬を突付かれているにも関わらず、全く起きる気配を見せない真白を抱えながら船長は呆れた表情でペットを見下ろす。


船員たちが少し離れた場所で宴並みに騒いでいるのだがヌイグルミにとっては騒音にすらなっていないらしい。


アイヴィーが手を動かしたり、耳を触ったりして漸くゴソゴソと反応を示した。




「おい、好い加減起きろ。」




やや強めに頭を叩けば手の下から「ふぎゅっ!」という珍妙な声が聞こえて来て、眠気の残る赤い瞳が緩慢な動作でヴェルノを見上げた。


先程一度起きたからか、数回瞳は瞬いた後にしっかりとヴェルノへ焦点を合わせた後にペコリとでっかちな頭を下げる。




「…おはようございます?」


「言っとくが、朝じゃねェぞ。」


「でも起きたらおはようございますですよ。」




アイヴィーを覗く幹部たちは船長の膝の上でのほほんと会話を交わす生きたヌイグルミを半ば茫然と見つめていた。


気紛れなヴェルノは機嫌の良い時が極端に少なく、機嫌を損ねてしまえば幹部ですら近寄れないくらい恐ろしい。


そんな船長の膝の上に乗り、尚且つ運ばれ、平然と会話している真白は彼らから見れば驚くべき存在だろう。


ポツンと顔の中心にある黒い鼻がちょこちょこと動く。




「とってもいい香りがします。」


「飯だ。…お前、食事は出来んのか。」


「さぁ、この体でご飯を食べるのは初めてなので分かりません。」




食べてみたらとアイヴィーに差し出されたスプーンを丸い手が持つ。傍からすると丸い手にスプーンがくっついているようにしか見えないのだが、本人はきちんと持っているつもりらしい。


底の浅いカップに入れられたスープを器用にスプーンで掬う姿をヴェルノは面白そうに眺めている。


ぱくり。真白本人は普通に口に入れたつもりだが、周囲の目が捉えた光景はスプーンの先の丸い部分がヌイグルミの口元直前辺りで消えているものだった。




「…食えたか?」


「はい。美味しいです。」


「味もしっかり分かるのねぇ。」




真白が問題なく食事を摂れると分かり、ヴェルノも自身の食事へ手を付け出す。


すると幹部たちも食事をし始めた。


消えるスプーンの先が面白いのか、はたまたヌイグルミが物を食べる様子が面白いのか、時折ヴェルノが己の皿から野菜や果物なんかを与えるものだから幹部たちは殊更驚きに目を見開く。


一方真白の方も特に気にすることなく差し出された物をモグモグと消化した。


けれど小さな体では入る量も知れている。程無くして満腹だと腹部を擦りながらカップをテーブルへ戻したヌイグルミをアイヴィーに譲り、ヴェルノはまだ残っている自身の食事をゆっくり消費する。


汚れてもいないのにきちんと口元を拭った真白はテーブルを囲む幹部を見て、テーブルの端へしがみ付いた。




「初めまして、真白といいます。ヴェルノさんに買われた役立たずなヌイグルミですが、よろしくお願いします。」




ペコリと、またでっかちな頭を下げた。テーブルとほとんど距離がなかったせいか、柔らかな頭が板にぶつかる。


ばふっと音がして顔を上げたヌイグルミをアイヴィーが起こし、「痛くなかった?」ぶつかったであろう額部分を撫でた。


「ぶつかる感覚はしましたが痛みはありません。」あっけらかんとした様子で頷く真白にヴェルノが笑う。


一部始終を見ていた幹部たちも、ヌイグルミが船長や船に害を成す存在には見えなさそうだと警戒心を解いて小さな存在を眺めた。


船長であるヴェルノに物怖じする事もなく話しかけ、たまに言葉に合わせて軽快に動く柔らかな手でその膝や腕を叩くので幹部は真白の動きに内心冷や冷やするけれど、船長は気にした風もなく小さな頭を軽く撫でる。




「ヴェルノさんもアイヴィーさんも、手が大きいのですね。」




ちょこんと丸い手が食事を終えたヴェルノの手に乗る。


汚れのない白に金の瞳が細められ、気持ち色黒の大きな手がヌイグルミの手を掴んだ。




「人形より小せぇなんて餓鬼くらいだろ。」


「なら大きくなる方法を探します。体が大きくなれば手も大きくなりますよね?」


「そんなにデケぇと船から降ろすぞ。」


「あ、それは困ります。降ろされたら生きていけません。」




素直にそう言う真白にヴェルノは喉の奥で笑った。







 

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