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よんじゅう ぷらす よん。

 






雨の中を歩いていると通りの突き当たりにあるお店の軒先でレイナーさんが佇んでおりました。


私たちに気付くと軽く手を振って、それにディヴィさんが振り返します。


軒先に着いて合羽を脱いだヴェルノさんは数回足を降ってブーツについた水気を少し落としましたが、あまり意味がなかったようで僅かに眉を顰めてから合羽をレイナーさんに渡しました。


レイナーさんは軒先の柵に合羽を引っ掛け、抱えられている私にニコリと笑いかけてくださいました。


私は笑っても表情が変わらないので軽く手を振ります。


それからヴェルノさんと一緒にお店の中に入りましたが、扉を開けた途端、中は大騒ぎで雨で鬱屈とした外とはまるで別世界の状態なのです。ヴェルノさんは呆れたようにフッと苦笑を零しつつ店内を見回してアイヴィーさんを探しました。


すぐに見つかったようで真っ直ぐにカウンター席へ向かいます。


座っていたアイヴィーさんがお店のマスターらしき人が顔を上げたのに気付いて振り返り、ワインの入ったグラスを持ち上げて笑います。




「どうだった?」


「上々だ。そっちは?」


「なかなかに良いお酒が手に入ったわよぉ。それに新しい海図も買えたわ。」




カウンター席についたヴェルノさんがマスターに何かを頼みます。


恐らくお酒の名前なのだろうと思うのですがよく分かりませんでした。それと一緒に何か食事も頼む、という言葉につい反応してしまうと、アイヴィーさんに笑われてしまったのです。


落ち着けという風に頭を撫でられたのでヴェルノさんのお膝の上に座り直して待っていれば、すぐにお酒とサンドウィッチとサラダが出されました。サンドウィッチをお皿から取ったヴェルノさんは私の目の前に差し出してくださいます。


カウンター席が少し高いので私ではお皿に手が届かなかったのです。


片手でお酒を嗜みつつ、もう片手でサンドウィッチを支えてくださっているヴェルノさんの好意に甘えながら私はゆっくりサンドウィッチを食べることにしました。


玉子と多分鶏肉が挟んであるパンにかじり付き、時折汚れた口元をアイヴィーさんに拭ってもらい、美味しいサンドウィッチを堪能するのです。




「この島にはどれくらいいるのですか?」


「明日には出航するさ。」


「流石にこんな雨続きの島に長居したくないものね。」




アイヴィーさんの言葉にマスターが苦笑しました。きっとこの島に住む方々は長期の雨にも慣れていらっしゃるのでしょう。


出掛ける度に濡れるのも面倒だと同意するように頷くヴェルノさんはグラスに残っていたお酒を飲み干して同じものを頼みます。


背後から聞こえて来る船員の方々の騒がしい声を聞くように新しいグラスを傾け、ヴェルノさんは目を閉じました。外の雨音は騒ぎに掻き消されて欠片も聞こえてきません。


でも窓から覗く外は寂寞(せきばく)として、どこか遠い景色みたいなのです。


少しの間を置いてアイヴィーさんが口を開きました。




「ホントにこれで良かったの?」




ぽつりと問う言葉の意味は私には理解できません。


しかしながらヴェルノさんは黄金色の瞳にアイヴィーさんを映して、笑います。




「あぁ。」


「…忙しくなるわね、きっと。アタシも覚悟しなきゃ。」


「そんなモン、とっくの昔にしてあったんじゃねェのか?」


「……そうね。」




どこか懐かしむような声音で話すヴェルノさんとアイヴィーさんの雰囲気に水を差したくなくて、気になったものの私は黙ってヴェルノさんに寄りかかりました。


じんわりと温かな体温に目を閉じます。


眠ってしまったと勘違いしたヴェルノさんは私の背を優しく撫でていきます。


その後、二人はこの次の島で船大工を探して船底を調べることや、明日のお昼頃にこの島を出ることなど、取りとめのない話をしていたけれど私はなんだか面白くないのです。胸の辺りがずっしりと重たい気がするのですよ。


アイヴィーさんとヴェルノさんは昔からの付き合いなのですから、お互いに色々なことを知っているのは当たり前なのです。それなのに、どうしてこんなにつまらない気持ちになってしまうのでしょうか?


…今の私はとっても嫌な子なのです…。


胸の中のもやもやとする気持ちが嫌でヴェルノさんの服に顔を押し付けてみれば、笑ったのか少しだけ揺れて、ゆっくりと寄りかかれるように抱え直してくださいました。


立ち上がったヴェルノさんが「船に戻ってるぞ」と言い、アイヴィーさんが返事をしたのが聞こえます。


外に出ると軒先にかけてあった合羽を器用に片手で羽織ったヴェルノさんが雨の中へ歩き出しました。


少しして、静かな声が上から降ってきました。




「――…狸寝入りなんかしてんじゃねェよ。」




バ、バレていましたか…。視線だけ上へ動かしますと黄金色の瞳が私を見ています。


仕方なく顔を上げればヴェルノさんの歩く歩調が少しだけ緩みました。




「…どうして分かったのですか?」


「職業柄、何となく分かるんだよ。」




苦虫を噛み潰したように眉を少しだけ寄せて前を向くヴェルノさんの表情は、どこかバツが悪そうなのです。今までの経験で分かるということでしょうか?




「で、何で狸寝入りなんかしてんだ?」


「……何だかつまらなかったのですよ。」


「つまらない?」




ピタリと足を止めてヴェルノさんが私を見下ろします。


訳が分からないと言いたげな表情に頷き返しました。




「はい。アイヴィーさんとお話しているときに、すごく胸がもやもやして…嫌だなぁと思ったのです。」


「…だから狸寝入りって訳か。」


「う、…はいです。ヴェルノさんとアイヴィーさんが昔からお知り合いなのは知っているのに、それが嫌というか、なぜか胸が重たくなったのですよ。」


「…そうか。……なるほどな。」




少しの間を置いてヴェルノさんは何やら納得した様子で数度頷いた後に、なぜかとても上機嫌で雨の中をまた歩き出したのです。


私には分からない私のことを、ヴェルノさんは分かったのでしょうか?


しかし何度聞いても結局ヴェルノさんはそれを教えてくださらなくて、「気にすんな。大した事じゃねェ」としか言われませんでした。


……ヴェルノさんに嫌われなくて本当に良かったのです。


雨音を聞きながら私はヴェルノさんの腕の中でホッと胸を撫で下ろしました。






 

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