表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/80

よんじゅう ぷらす いち。

 







船長室へ向かう途中でタイミング良くアイヴィーさんと会いました。


私とヴェルノさんを見るとニッコリ笑顔で歩み寄り「ゆっくり休めたかしら?」と聞いてきます。


それに頷く私とは裏腹にヴェルノさんは空いている方の手で乱れたままだった髪を撫で付けるように整えながら、「足りねェ」と呟き歩き出しました。




「とりあえず机の上に海図と大体の航路を置いといたわ。後ででも良いからちゃーんと見ておいてちょうだいね?」




背中に声をかけられて面倒臭げに片手を軽く上げて応えたヴェルノさんは、さっさと扉を開けると船長室に入ってしまいます。


よほど眠たかったのでしょうか。ベッドへ真っ直ぐ向かって行って私を抱えたまま倒れ込みます。


…また頭の布を取り忘れているのですよー。


外すためにそっと頭に触れましたら黄金色の瞳がゆるく瞼を押し上げて私を見ました。


普段は鋭い瞳も眠気のせいかぼんやりとしているように思います。


私が布を外しても何も言わず、ベッドの端っこに布を置けばすぐにギュッと抱き締められてしまいます。




「……潮と日向(ひなた)の匂いがするな。」




顔を寄せてスンと私の匂いを嗅いだヴェルノさんが若干ですが笑いを含んだ声でそう言います。


でも抱き締めてくるヴェルノさんも潮風と暖かなお日様の匂いがします。それにポカポカととても温かいのですよ。




「ヴェルノさんも同じ匂いがするのです。」


「…そうか?」


「はい。ポカポカしていて良い匂いですよ。」




私の言葉に袖へ鼻を寄せて、けれど分からなかったのかヴェルノさんは首を傾げました。


そうしてシーツを掴んで引き上げると私ごと包まって目を閉じてしまいます。


…あ、海図は見なくてよろしいのでしょうか?




「ヴェルノさん、ヴェルノさん。」


「何だ。」




目を閉じたまま聞き返してくるヴェルノさんに少しだけ声を下げて問いかけます。




「海図は見なくていいのですか?」


「急ぎじゃねェんだ、後で良いだろ。」


少しすると規則正しい寝息が聞こえてきます。名前を呼んでみましたが、やはりグッスリ眠られていて起きる様子はなさそうでした。


目の前にあるヴェルノさんの胸に耳を当てるとトクン、トクンと心臓の音が聞こえてくるのです。


それを子守唄のように聞きながら私も寝直すことにしましょう。










腕の中にいるヌイグルミから力が抜けるのを感じ取ってからヴェルノは目を覚ました。


甲板で起きた時には本当に眠たかったのだが、ベッドに寝転んだら逆に眠気はどこかへ吹き飛んでしまったのだ。


しかし起き上がるのも面倒で結局狸寝入りを決め込んでみたもののヌイグルミは完璧に眠りこけている。


自分の胸にピッタリと顔を寄せて安心し切った様子で眠る姿に嬉しいような嬉しくないような何とも表現し難い感情が広がった。


…つまんねェな。


触れたいが、自分が望んでいるのは布と綿の体ではない。


第一この体では表情なんてものが全く分からないのだ。雰囲気や声音からしか理解出来ないのも面白くない。


指先で柔らかそうな頬を撫でてやれば擦り寄って来る。


ヌイグルミの見た目通りの小動物な動きに思わず笑いが漏れてしまった。


その声を聞き取ったのか力を無くしてヘタっていた耳がピクリと反応し、赤い目がゆっくりと開く。


けれども言葉にならない小さな唸りを上げながら身じろいで服へ顔を埋めると、丁度居心地の良い場所を見つけたのか体を丸めてまた寝息を立て始める。


不思議とこのヌイグルミの周囲の空気は柔らかく、時間の流れも遅いように感じられる。


無論そんな事がある訳が無い事くらいは理解しているが微温湯(ぬるまゆ)揺蕩(たゆた)っているかのような平穏さは気に入っていた。


刺激のない日々ほどつまらないものもないけれど、慌し過ぎる日々も疲れるだけだ。


時にはこんな風に意味もなくダラダラと過ごす一日も悪くない。


そっと起こさぬようベッドから起き上がり机に置かれていた海図と航路を照らし合わせて確認を行う。


最近は天候の乱れも少ないので上手くいけば予定よりも早く次の島に着きそうだ。


日誌でも書こうと開けた引き出しの中にある場違いな可愛らしい花のブローチを見て、そういや返してなかったなと思い出す。それを手に取りぐっすり眠っている真白に近寄り、着ている小さなワンピースの胸元にブローチを付けてやった。


可愛らしい外見のヌイグルミにピッタリなそのブローチを指の腹で緩く撫でながら目を細める。




「……次勝手に離れやがったら、首輪付けるぞ。」




聞こえていない事を承知でそう呟いてから柔らかそうな白い布地の頬に口付けを一つ落とす。


夕食だと声をかけにきたアイヴィーの声に「ごはん!」と飛び上がるように起きた真白にヴェルノが腹を抱えて笑うのは、それから数十分後の話である。





 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ