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さんじゅう ぷらす に。

 






長い間…少なくとも数十分以上ジークさんは船内を走り続けました。


これには流石のジークさんも少し息が上がってしまっていたようでしたが、もうすぐだからと休むことなく足を動かします。


一歩一歩甲板に近付く度に何かが爆発したり、壊れたりする音が大きくなっていくのです。


ジークさんに言われて私は服に顔を埋めているので周囲の様子は分かりません。


でも、きっととても悲惨な状況なのだと思います。


時折、人の助けを求める声や怒声が聞こえてくるのは、ヴェルノさんたちと軍人さんたちが戦っているから。


怪我をした人や、もしかしたら亡くなってしまった方もいるのかもしれません。ジークさんは気を使って見ないように、私へ顔を隠すよう言ったのかも。


けれどこればかりは甘える訳にはいかないのです。


これからもヴェルノさんたちと一緒にいるのですから、襲撃の度に見ないフリをするのはダメなのですよ。


意を決して顔を上げれば、すぐに壊れた扉が飛び込んで来ました。


それだけではありません。綺麗な装飾の施されておりました壁も所々が壊れ、人の血のようなものがこびり付いています。


開いたままの扉の向こうに倒れた人影も見えました。


泣きたいくらい悲しくて、今更怖い気持ちが溢れてきます。


私が顔を上げたことに気付いたジークさんが「馬鹿、」と呟いて、無理矢理片手で私の顔を服に戻します。


けれど見てしまった光景は頭から離れません。


…ヴェルノさんの、あの優しく大きな手はきっと何人もの人を傷付け、時には殺してしまったこともあるのでしょう。


そう分かっていながらも、迎えに来てくれたことが何よりも嬉しいと思う私は最低なのかもしれません。


海賊でも、人を傷付けるような人でも、ヴェルノさんは私の恩人で、優しくてちょっと意地悪さんで…よく笑う素敵な方なのですよ。




「見るなって、言ったでしょ。」




咎める口調のジークさんの言葉にぐっと唇を噛み締めます。




「私は現実をきちんと見たいのです。」


「…ツラいだけだよ。」


「それでも、目を背けてしまったらヴェルノさんたちと一緒にいられない気がするのです。」




少しの間ジークさんは黙って、頭を抑えていた手が離れていきました。


顔を上げて、走るジークさんの上から酷い状況の船内をジッと見つめます。


これから先もヴェルノさんたちと一緒にいるのならば、何度でも、こんな事態を目の当たりにするのでしょう。


ヴェルノさんたちは優しいから私に見せないようにしてくださるかもしれません。


けれど、それではいけない気がするのです。


甲板へと続く最後の廊下を駆け抜け、ジークさんは唐突に足を止めてしまいました。




「ここから先に俺は行けないから、君一人で行きなよ。」


「はいです。」




そっと下ろされて、ゆっくりと甲板への扉に手が伸ばされます。


見上げれば相変らず眠たげな表情をしたジークさんと目が合いました。




「お世話になりました。ありがとうございますなのです。」




ジークさんは少しだけ口元に緩く笑みを浮べて一度私の頭をポンポンと撫でると、今度こそ促すように扉を開けてくださいました。


そうして久しぶりに出た外は船内よりも更に凄惨な状態でそこら中に倒れて動かない人もいます。


大きな軍艦のマストは根元からボッキリ折れていますし、船の縁はボロボロです。


それでも甲板では何人もの人たちが剣を合わせて戦っていました。


その中にはカルヴァートもいて、一人二人と剣で素早く海賊の人たちを切っては猛然と甲板の先端へ向かって行きます。


何故あんなにも焦っているのかと甲板の先端へ視線を滑らせた私はハッと息を詰めてしまいました。


…ヴェルノさんとアイヴィーさんが戦っているのです。二人はお互いの背を守るように立っており、ヴェルノさんは鋭く、そして素早く剣を扱います。アイヴィーさんはまるで踊るように、流れる動作で小剣を両手に持って動きます。


二人の周りにはもう動かない人や、血を流して呻いている人がいました。


それなのに私は思わず二人に見入ってしまいます。


ヴェルノさんが危なくなるとアイヴィーさんが、アイヴィーさんが危なくなるとヴェルノさんが息ピッタリのタイミングで剣を振るうのです。


けれどもカルヴァートが二人に近付いているのです。


二人は周りにいる軍人さんの相手で手一杯な様子なのにカルヴァートはヴェルノさんの背中へ向けて、剣を掲げます。


もしかしなくても投げるつもりなのでしょうか。


そんなことは絶対にさせる訳にはいかないのですよ!


早く邪魔をしなければヴェルノさんが怪我をしてしまうのです!


後ろからジークさんの止める声が聞こえて来るのを振り切ってカルヴァートの元に走って行きます。


そうして今にも剣を投げてしまいそうなその足に勢いよく飛び掛って、投げられないようにズボンを引っ張ったり体当たりをしたりしました。


私程度の力では大した強さではありません。


しかし突然のことに驚いたようで、カルヴァートは足元の私を見ると目を見開きます。




「なっ?!人形が動いてるだと…?!!」




蹴られそうになり、慌てて離れればカルヴァートの意識が私の方へ向きました。


それでも剣を持つ腕は下がらないので床に散乱していた木片などを投げると、剣で払い除けられます。




「卑怯者っ!戦っている人の背中を遠くから狙うなんて、最低ですっ!!」


「何っ?!」


「だってそうではないですか!あなたは正々堂々戦わない卑怯な人なのですよ!!」


「このっ…!言わせておけば!」




バっとカルヴァートが剣を私の方へ向けてきます。


怖いと思う反面、これでヴェルノさんが狙われなくなったことにどこかホッとした気持ちになりました。


先ほどの蹴りを避けただけでも奇跡に近いのに向かって来る剣を避けることなど私には出来ません。


ぎゅっと目を閉じて衝撃に備えた私の耳に予想していた衝撃とは別の、キィン…!と金属同士がぶつかり合う甲高い音が届きました。






 

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