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にじゅう ぷらす なな。

 





見た目も中身も名前通りの真っ白なヌイグルミの姿をヴェルノは思い浮かべた。


あれが泣く姿なんて到底想像も出来ない。


思い起こしてみても、浮かぶのは気の抜けた寝顔やキラキラと赤い目を輝かせた姿、足元でヒョコヒョコと動き回る姿ばかり。


海賊達の孤島へ海軍が襲撃をかけてきてから二日。たったそれだけしか経っていないというのに、ヴェルノは自身の瞳があの小さな存在を無意識に探していることに気が付いていた。


ここ最近当たり前になっていた片腕の重さがないことが酷く苛立つ。


小さな子供のようなあのヌイグルミの周囲に漂う空気は、まるで麻薬のようにヴェルノの記憶に刻み込まれてしまっていた。



「フン、それくらいで泣くような奴じゃねェよ。」


「そうかしら?真白ちゃん、とってもヴェルノに懐いてるのに。…あーぁ、早く取り返さないとね。アタシも真白ちゃんに癒されたいわぁ~。」




傍にいた海賊の一人からビールジョッキを引っ手繰ったアイヴィーが、一気にそれを仰る。


そうして椅子の背から離れたかと思うと、海賊たちが騒ぐ輪の中へ飛び込むように分け入って行った。


椅子に座ったままヴェルノはそれを見送って、少し離れた位置でずっと黙っていた己の腹違いの兄へ視線を向ける。




「アンタも飲んで来いよ。」


「……いや、今日はそんな気分じゃないな。」




肩を竦めるその姿に「そうか。」とだけ返してヴェルノはまたグラスの中身に口を付けた。


少し温くなってしまったそれを全て飲み干してから席を立つ。


肩からずり落ちかけていた上着を直しつつ、ヴェルノはこれから必要になるであろう物を頭の中に書き起こし、洞窟を後にした。










「これ程人員を割いているというのに何故見つからない?!」




苛立つ声と一緒に机がダンッ!と叩かれます。


そのせいで書類が数枚落ちたような音がしましたが、生憎私は見ることが出来ません。


だって相変らずナイフで机に磔にされたままなのですから動きようもありません。


私をナイフで刺した張本人のカルヴァートはとても怒っているのです。


海賊達の孤島を襲ったのに、本当に捕まえたかった大物の海賊の方々が捕まえられなかったそうなのです。


皆さんやはり慣れていらっしゃるのでしょう。


ヴェルノさんもあの時はとても的確な指示と素早い行動で船をすぐに出航させておりました。


もしも私を助けるために停まっていたら捕まっていたかもしれません。


そう思うと私の行動も間違いではないのではと、少しだけホッとします。


…ですがヴェルノさんたちとこんなに長く離れたのは今回が初めてでした。


いつも皆さんは騒いだり、一緒に遊ばせていただいたりと楽しく過ごしていましたので、こうして机の上で天井の木目と睨めっこをしているだけというのは凄くつまらないのですよ。


かと言って言葉を発してしまえばどうなるか分からないほど子どもでもありません。


ウェルダンさんの言いつけを守ってヌイグルミのフリをしつつ、カルヴァートや他の軍人さんのお話を間近でじっくり聞かせていただいています。


何か良い情報でもあればヴェルノさんの船に帰れたときにご報告しなければいけませんから。


時折ジークさんが様子を見に来てくださいますが、ナイフを外してもらえないのはとても残念なのです。




「それが…捕らえた者達のほとんどは海賊としての時期が浅く、海賊達の孤島の本当の場所を知らないようなのです。」




…本当の場所?あの大きな船がそうなのではないのですか?


黙って聞き耳を立てているとカルヴァートが「そんな事は分かっている!」と若い軍人さんを怒鳴りつけるのです。




「金も時間も、人手すら費やしているというのに噂一つ持って来れないとは恥かしいとは思わないのか?!」


「軍師、落ち着いて下さい。」


「っ、私は落ち着いている。」




諌められて、白い手袋の親指を噛み締めるカルヴァート。


ヴェルノさんたちはそんな簡単に見つかるような方々でも、捕まるような方々でもないのですよ。


そう思っていましたら腹部に感じていた緩い圧迫感がふっと消えました。


チラリと見るとナイフが抜けて、ほんの少しだけ中身の綿が見えるのです。


やっと解放されたと内心気を緩めていたせいでしょうか、驚く間もなく私は床へ叩きつけられてしまいます。


痛みがないとは言え、本当に酷い扱いなのです。


物は大切にしなさいとこの人は教わらなかったのでしょうか?


それでも危うく踏まれそうになったところで、何とそれまでずっと黙っていたジークさんがカルヴァートの足を止めてくれたのです。


止められたカルヴァートもとても驚いた顔をしていました。




「何故止める?」


「軍師、物に当たるのは、よろしくないかと。…例えそれが海賊の持ち物であっても、物自体に罪はありません。」


「……。」




スッと足を退かしたのを見て、心の中でジークさんに拍手を送ってしまいます。


ありがとうございますなのです。あのまま踏まれたら流石の私も堪忍袋の尾がぶちっと切れてしまったかもしれません。


この真っ白なヌイグルミである私でも待っていてくださる方がいるのですから、黙ってやられ続けているわけにもいきません。


チラリとジークさんが私へ視線を落としてから、拾い上げて、軽く叩いてくださいました。


部屋全体を見渡せる壁際の棚の上にそっと置いてくれたので何とかお腹から綿がはみ出すような事態も避けられましたのです。


ジークさんのゆっくりとした空気のお陰かピリピリとしていた室内の空気が和らぎ、カルヴァートは何人かの軍人さんたちと何やら難しい話をし出すのです。


どこの島には海賊がいないだとか、この島には実は海賊がいるのだとか。


なぜ海軍の人々はそこまで海賊を悪だと嫌うのでしょうか?


海賊同士の諍いであれば仕方がないことでしょう。


もちろん、街を襲ったりするような海賊はしょっぴかれるのは当たり前です。


…あ、そうしますとヴェルノさんも商船を時々襲っているので海軍に追われるのは無理もないのですね。


それにしてもまるで海賊全てを根絶やしにしようとするような、どこか一方的過ぎる正義に思えるのです。


ヴェルノさんのように海賊にも優しい人がいるのだということを言い出せないのがとても悲しいのですよ。







 

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