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②
純粋で賢い子どもの、健気な眼差し。
半面の仮面を全面のものにつけかえたい心地で、ヒューは黙ったままミルクティーを含む。
「お兄さん」
カップを下げて自由になった視界には、少女の笑顔がある。
「お姉ちゃんを助けてくれてありがとう。これからも、守ってね」
「……」
うつむいて、しばらくヘーゼルナッツ風味の紅茶を転がし。
「……僕にとって、出会いのときに誰かにかけられる挨拶というのは、『有名な作曲家イシャーウッド氏の息子さんですよね』とか、『半面のピアニストで有名な方』とかだったんだ」
「ん?」
いきなりなんの話かと、チュチュがりすのような目を開く。
「だがね。父の劇団のオーケストラでピアニストをしているとき、そこの歌姫――きみのお姉さんと出会ったときだけは違った。ティナが僕に最初にかけた言葉は、『楽譜にカバーをかけられるんですね』だったんだ」
「……」
少女の真摯な想いに引きずられ。
この身から出てきたのは、他愛もない、昔語り。
「僕についている肩書や名前ではなく、僕自身に初めてスポットライトをあててもらった気がした」