㉒
「あたしの名前……!」
音のない息を吸いこんだキャスが、シーツを目に押し当てた。
「クラレンス。優しい人だと思ってた。あたしのことを想ってくれていると……」
しばらく、その布はどけられそうにない。
ティナの視界もまた、曇るのを自覚する。
――これでよかったのだろうか?
たしかに、友人の身は助かった。
だが真実を知った彼女は悲しみに暮れている――。
だが病室に漂う憂愁も手折るように強引に、ベッドの柵に手をかけ、その顔をのぞき込もうとする者がいた。
「あんたはバカ女だ」
シーツの隙間からかすかに、キャスの目が覗く。
「オレを差し置いてあんな男にひっかかるなんて」
そっとシーツをひざ元に戻し、赤くなった目でキャスは苦笑する。
「否定しないわ、今回は。結局コンクールだってだめになっちゃったし、踏んだり蹴ったりね」
ふん、とどこか横暴に息を吐くと、ぼそりと、ジャスパーは付け加える。
「ま、けど。それは、よかったかもしれね」
「……なにが?」
そう訊くキャスの声には当惑とかすかな不満も入り混じっている。
「一位を手にしたら受ける栄誉も、賞金も留学もパーよ」
ささくれ立つ彼女を前に、ジャスパーはかすかに眉の端を下げた。
「……あんたの地位や名誉や、金目当てで言うんじゃないってことが証明できるからな」
「……?」
キャスの背もたれに片手をかけ、斜め上からのぞき込みながら、
「最後にもう一回だけ言う」
ジャスパーは告げた。
「オレじゃだめか」
「――え――」
ぱちぱちと、しばたたかれたキャスの瞳は、少量の涙を弾いた。