⑭
「それがミュージカリー・カップかどうか興味は?」
継ぐヒューの問いにも、ジャスパーは首をふるだけだ。
「別に。ほんとうだとしたって、どうってことないだろ。宝石かなんかもらって、あいつも半分浮かれてるから、足元すくわれるんだよ」
むっとして、ティナは思わず一歩進み出る。
大人しく控えているようにとの指示も、頭から吹っ飛んだ。
「キャスは本気で悩んでるわ。ミュージカリー・カップのせいにする気はない。けど、今までにないスランプで、どうしていいかわからなくなってるのよ」
ふいに、トランペットを磨くジャスパーの手が止まった。
「……そうだな。悪かった。多少、個人的な情が入った発言だったかもしれねー」
思いのほかあっさり謝られて、ティナはかえってたじろいでしまう。
「え、えぇ。……わかってくれれば、いいんだけれど」
ヒューの口元が、かすかに綻ぶ。
トランペットを脇に置くと、ジャスパーは両手を組み前方に身を傾けた。
「ただもし、あいつのフルートの才能を奪おうとしてるやつがいるなら――見つけ次第ただじゃおかねえ」
鷲のようなすごみをきかせた瞳に、ティナは呆れ恐れ入る。
――まぁ。演技だとしても見事だわ。
ヒューを見ると、相変わらず微笑んでいる。
まったく、なにを考えているのかティナにはさっぱりだ。
「きみの気持ちはよくわかった。今後彼女のために力を借りるかもしれない。連絡先を聞いても?」
「別に、かまわねーけど」
メッセージアプリのアカウントをメモし、ぶっきらぼうに突き出す彼に丁寧に礼を言うと、
「最後にジャスパー」
ふいにヒューは言った。
菫色の瞳は楽しげな潤いをたたえている。
スーツの胸元から取り出したのは電子チューナー。
小さな箱型のガジェットだ。指定した音が出るようになっている。
音楽家が楽器の調律や音合わせで使うものである。
ヒューがボタンを押せば、四角いポケットサイズのそれは電子音を発しだす。
「これはなんの音かわかるかな?」
「あ?」
眉根を寄せたあと、ジャスパーはふっと苦笑した。
「あんた馬鹿にしてんのか? 一応プロなんだぜ」
そして難なく答えを口にする。
「ソのシャープだろ」
ヒューは音を止めた。
にっこり笑いかける。
「正解だ。ありがとう」
そう言うと一礼し、踵を返す。
いったい何の儀式かと首を傾げたくなるのをこらえて、ティナも頭を下げ、ヒューの後を追った。