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「音楽業界というのは難儀な世界だ」
そう言うと、脇に抱えていた音楽雑誌『ミューズ』を放る。
受け取ったヒューに向けて、クラレンスは言葉を放った。
「その表紙に映ってるブロンドの彼女、知ってるかい? ここ数カ月で爆発的に話題になっているヴァイオリニストさ」
華やかな銀のドレスを身に纏う美しい彼女のことはティナも知っている。
コンサートをドタキャンしたり、会見で身勝手な発言をしたりと、お騒がせヴァイオリニストとしてだが。
「実力は決して抜きんでてはいない。にもかかわらず彼女がなんでここまで売れたかわかるかい? 美人でかつスキャンダラスだからだよ。美しき芸術の世界といえど、売れるのに必要なのは話題性さ」
どこかぞんざいにそう言い置いた後、グレージュの瞳が悔しげに濁る。
「……そういう世界に僕は、愛しい人を置きたくないんだ」
はっとして、ティナはかすかに眉をすがめる。
彼には彼の、愛し方があるのかもしれない。
恋人を守るための愛、だとは思うけれど……。
脳裏に焼き付いて離れないのは学生時代、舞台上でフルートを演奏し輝いていたキャスの姿だ。
複雑な皺が心によってティナは渦中から顔を背けた。