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そんなふうに整理していると、あっというキャスの声が耳に飛び込んできた。
「しまった! フルートのケースの鍵忘れたっ! 変ね、こんなこと普段ならぜったいないのに」
罰がわるそうに微笑むと、となりにいた男性に声をかける。
「ジャスパー。またお願いできる?」
「ったく。貸してみろ」
ジャスパーと呼ばれたモスグレイのウェーブがかった髪をした彼は、鞄から一本の針金を取り出すと、鍵がないはずのキャスのフルートのケースを、見事に開けてしまった。
ぱかりという音とともに、キャスが歓声を上げる。
「しょうもない特技だけど、こんなときは助かるのよね」
苦笑するキャスに、針金を鞄にしまいながら、ジャスパーも軽口を返す。
「ケースの鍵忘れるとか。またなんとかカップだの魔法具だののせいにする気か? 自覚が足りねんだよ」
「わかってるわよ、そんなこと」
ぶつぶつと呟くキャスの口調は、先ほどの恋人に対するものよりはだいぶぶっきらぼうだが、そこに険はない。
「自分だってペットのケースの鍵なくして、自力で蓋を開ける技術身に着けたくせに」
彼の担当はトランペットらしい。さりげなくティナは脳内にメモライズする。
「自力で解決策を身に着けた。お前とは違うね」
意地悪に歯を見せて笑うジャスパーにむっとしたようにキャスが目を瞠る。
「そんなことじゃ次のコンクールじゃ、落選決定だな。ま、どーでもいいけど」
ふん、とそっぽを向くと、キャスはフルートに宛てた口元をぷくっと膨らませた。