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 ブローチのことを突き止めるためにも、まずはキャスの周辺の調査を。


 そう考えたヒューが二日後、ティナを連れて向かったのは、キャスの所属しているブリリアント楽団の公開稽古場だった。


 月に一度、ブリリアント楽団は稽古の様子をロンドンの一般市民に公開しているのである。




 小型のシティーホールの中に稽古場があり、その周辺に設けられた席で自由に見学ができる。




「キャス、やっぱりまだ本調子じゃないみたいだね。だいじょうぶかい?」


 キャスの恋人、クラレンスは朽葉色の髪に色素の薄いグレージュの目元に笑みをたたええた柔和な雰囲気を纏った青年だった。


 ヴァイオリンを抱えて彼女の隣にやってきている。


 ティナはヒューと二人、その様子を遠くから見守る。 


「ええ、ありがとう」


「高音を出すときは力み過ぎたらよくないよ。肩の力を抜いて。僕がついてる。どこかの誰かがねたみかなんかでよこす魔法具なんかただの脅しさ。負けちゃだめだ」


「クラレンス……」




 キャスを支えるクラレンスを見ながら、うっとりとティナが言う。


「やっぱりいい彼に見えるけれど。わだかまりがあるってキャスが言っていたのは気になるけど、どうにか和解して、彼にはキャスを支えていってほしいわ」


 ところがその隣のヒューは肩を竦めどこか懐疑的だ。


「ふぅむ、友人として合格のカレシってわけかい」


 おもしろそうに片眉を上げている。


「なにか言いたそうね?」


「いや別に。これだからきみたち女性はいけないと思うんだ。弱っているところを優しくされたら、コンマ一秒でその手に落ちてしまう。まったく、たやすすぎるよ」


「……あなたが言うと、笑えないわね」




 ティナが視線を戻し――首を傾げた。




「それで、キャス、次の僕の演奏旅行なんだけれど、ついてきてくれるね?」


「あの。それは……」


一転して、困惑した表情を見せるキャス。雲行きが怪しくなってきた。


「前から目標にしていたコンクールを控えていて」


「きみは、まだわかってくれないのかな?


 キャスが口にすると、優しげだったクラレンスの眉がかすかに角を帯びる。


「自分で言うのもなんだが、僕は音楽の実力だってそれなりのつもりだし、実家だって貧しいほうじゃない。結婚したら、きみには何不自由ない暮らしをさせてあげられる。世界各地への旅行も、趣味も思いのままだ」


 クラレンスの語り口はよどみも隙もなく、キャスに言葉を挟む余地を与えない。





「――その代わり、義務が生じるというだけの話さ。それが妻として僕の仕事を支えることや、子どもを産んで、きちんと育ててくれることなんだ」


「わかるわ。それはわかってる。――だけど」


 それでもどうにかキャスは華奢な拳を振り絞り、口を開いた。


「フルートを演奏して人々に感動を与えることは、あたしの幼い頃からの夢なのよ。世界旅行にも、ふつうの家庭にも代えがたいかもしれない」


「わかった。妥協点を見つけよう。別荘に、いつでも好きなときにフルートを吹ける防音室を用意する」


 二人の視線はお互いを見ているようで、どこかかみあわない。


「クラレンス。あたしが言いたいのは――」


「おっと。そろそろ演奏チームと話さなくちゃならない。このことはいずれまた話そう」


 こめかみに紳士的なキスを落として去っていく彼をもどかしそうに見送りながら、キャスは引き続き個人練習を開始しに席へと急ぐ。


 ティナがクラレンスを目で追っていくと、いつの間に隣の席を離れたのか、ヒューが渦中の彼とすれ違うのが見える。


「なるほどね」


 戻ってきたヒューはいとも簡単に言ってのけた。


「たいたいわかったよ。彼の正体が」


 ティナもかすかに頷く。


 優しいけれど、少し意固地で融通が利かない。――クラレンスの性質はそんなところだろうか。

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