③
「これよ」
キャスがクラッチバッグから取り出したケースには、六つのブローチが並んでいた。
――美しい、とヒューは思う。
左から順に、赤・橙・黄・緑・青・紫とグラデーションのように配色されていて、それぞれが空色の小さな宝石で飾られている様は、さながら六色の虹のように。
ちなみに、日本では虹は七色とされているが、イギリスでは六色と考えられるのがふつうである。
「ミュージカリー・カップであるかはおいておくとしても、相当高価な品だね」
手袋をはめた手でじっと鑑定するヒューに、肩をすくめたキャスは告げた。
「えぇ。だからこそというか、困っているんです」
次いでキャスの口から飛び出たのは、ブローチを手に入れた、奇妙ないきさつだった。
「これ、半年前からひと月に一度、住まいのアパートに送られてきたのよ。差出人不明で」
なんとも謎めいた話に、ヒューの口の端が上がる。
「差出人不明の宝石。ふむ。興味深い。シャーロック・ホームズの『四つの署名』的オープニングと言えるね」
その時、ティナが紅茶を運んできた。
イギリス高級店ハロッズで購入したアールグレイ・インペリアル――さきほどヒューに淹れたものより、数段上質な紅茶だ。
ぼやきたくなる口元を抑えつつ、ヒューは依頼人に向き直る。
「この六つのブローチがミュージカリー・カップだと思うにいたった理由は?」
数拍置いて、キャスは口を開いた。
吐息を交え、どこか言いづらそうに。
「このところ、今までにない不調が続いて、原因がわからないんです。肝心なところでフルートを弾く指が滑ったり、十分休息をとっているのに見せ場に入った途端寒気がして、指が震えだしたり。……なんだか気味が悪くて」
困惑に揺らした亜麻色の瞳に、芯のある光が覗く。
「あたしもプロだもの。自分の不調を呪われた魔法具のせいにするつもりはなかったんだけれど……」
甘い香りがその場の緊張した空気を和らげた。
紅茶に次いでフロランタンを置きにきたティナが、その肩を支えるようにつけ足す。
「学生時代からプロ意識の高いキャスだからこそ、この不調はふつうじゃない。そう思って、わたしがここへ相談に来ることを勧めたの」
囁くようにティナに礼を言いつつカップを受け取り、茶請けで人心地ついたのか、かすかに色づいた頬で、キャスが続きを切り出す。
「とはいえ、これがミュージカリー・カップかもしれないと思った理由はそれだけじゃないの」