②
秘密めかした魅惑的な囁きに、ヒューの反応は微妙である。
「コネで得た仕事かい? 純粋にこの腕を頼ってくれるのでないのが少しひっかかるなぁ……。解決率百パーセントを誇るこの店に、試しにっていうのが気に入らない」
「理想ばかりではご飯は食べられないわ」
軽く手を振って、飲みかけのカップをかたづけに流しに向かいながら、ティナは続ける。
「それに解決率百パーセントって、たった二つの事例がたまたま両方うまくいっただけじゃない。分母が少なすぎるのよ」
首を振って雑誌に目を戻そうとするヒューに身を乗り出し、こそっと進言したのは、チュチュである。
「お姉ちゃんの言うこと、聞いといたほうがいいと思うよ、ファントムお兄さん」
「チュチュくんまでそんなこと言うのかい。ツテで得た仕事なんてなんとも夢がない――」
まぁ聴きなよと、チュチュは妙に大人びた仕草でヒューの肩を叩く。
「お姉ちゃんが言ってる知人って、たぶんこのあいだトリニティ音楽大学同窓会で再会した友達だよ。相当仲良かったらしいから。つまり、その人を助ければ、お姉ちゃんの中で、お兄さんの株はダダ上がり」
「……」
ヒューの顔から、おどけた要素が消え去る。
「ははははは。ティナも人が悪いな。なぜそれを早く言わないんだい? きみの友達とあれば、たとえただだって手を貸させてもらうよ」
両手を広げ、奥のダイニングスペースまで届く声で高らかにそう言えば、新たなティーカップをトレイに乗せたティナがにこにこと笑みながらやってきた。
「ありがとう、ヒュー。そう言ってくれると信じていたわ」
彼の手をとり、それを転がすように楽しげに回す。
「だから実はこの時間に、お店に彼女を呼んであるの。そろそろつく頃だと思うわ」
「へ?」
かかしよりもずっと間抜けなきょとん顔を見て、チュチュは思う。
――ファントムお兄さん、完全に操縦されてる。
計ったようなタイミングでドアベルが鳴り、入って来たのは、清楚な白いワンピースに、長いローシェンナの髪を片側にわけた女性だった。
高い靴が鳴らないように気を配りながら店内に入るってきた彼女はヒューを見、そっと礼をする。
「紹介するわ。トリニティ音大時代の友人、ケイト・ダーエ。わたしはキャスって呼んでるの」
「やぁダーエ嬢。ヒュー・イシャーウッドだ」
「よろしく。キャスです」
ヒューの手をとりながら、キャスは微笑む。
控えめながら、芯の強そうな瞳だ。
「ティナとはトリニティ音大仲間よ。専攻はフルート。今はオーケストラのブリリアント楽団にいるわ」
「ほう」
ヒューの瞳に賞賛の色が浮かぶ。
ブリリアント楽団といえば、ロンドンのミュージカルやオペラの劇音楽も担当している、有名な楽団だ。
「ティナ、ダーエ嬢にお茶を」
「えぇ」
キャスに応接スペースのソファ席を勧め、ヒューはその向かいに腰を降ろす。
「さっそくだけど、ミュージカリー・カップと疑われる品があるそうだね」