第3幕 虹の音色ブローチ ①
「ファントムお兄さん、仕事は?」
久々に晴れ上がった六月の中頃。
『音楽魔法具店』の執務机で音楽雑誌『ミューズ』を斜め読みするヒューをチュチュはじろりと見上げた。
のんびりと足を組かえ、雑誌から目を離さずヒューは答える。
「うん。束の間のロンドンの日差しを楽しんでいる最中さ」
「ようするに暇なんだね」
雑誌を片手で持ち上げることでヒューの視線を勝ち得、チュチュは思いきり眉をつり上げる。
「ほんとにだいじょうぶなの? 今どき客商売でなんにもしないでただ座って待ってるなんて趣味でやってるクイーンズ駅地下あたりのマニアックなゴーストサイエンスハウスくらいだよ」
真面目な説教にも、気楽な自由業者はどこふく風だ。
「都会のあくせくした考えは嫌いでね。イギリスの中心地には緑あふれる公園や風光明媚な銅像や街並みがあふれているんだ。無粋な車なんかで走っていてばかりでは、そんなものすら見えないだろう?」
飄々とうそぶいて、ヒューが傍らのティーカップに片手を伸ばす――。
「ヒュー!」
そのとき、けたたましく店の扉が開いて、まとめた蜂蜜を陽光にきらめかせたティナが飛び込んできた。
「仕事よ! 仕事。半月ぶりの!」
ロンドンの快晴の日のように非常に希少な笑顔を向ける彼女に、紅茶を含んだヒューは吐息をついた。
「やれやれ、都会のがやがやした生活に毒された哀れな女性がまた一人」
吐息にぷるぷると震えるアールグレイを奪い取り、ティナは告げる。
「こっちは死活問題。ちゃんとお給金払ってくれないと困るんですからね」
ティーカップを抱えて思わせぶりにその身を揺らし、ティナが言うことには――。
「メッセージアプリでやりとりをしている知人が言ってきたの。音楽魔法具店をやっているなら、試しに観てほしいものがあるって」