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「でもぉ、いっしょにアフタヌーンティーしてるとき、通りがかる男の人はぜったいお姉ちゃんを二度見するの。なんかおかしくなっちゃった」
「いっ!?」
伸びをした姿勢のまま固まったヒューが青い顔でチュチュをみる。
「そりゃそうでしょ。お姉ちゃんだって、一年前までは歌姫やってたんだからね。プリマドンナってったら相当の美貌がなきゃぁできない仕事だよ」
「うぁぁぁ、やはり! やはりか!」
その頭をがんがんと揺らし、テーブルに伏せるヒューをしり目に、チュチュは三個目のレモンパイに手を伸ばす。
「どのみち、お兄さんは望み薄かも」
「えっ?」
「事情はよく知らないけどさ。二人が別れたのは、一年前、お姉ちゃんがプリマドンナを辞めたときなんでしょ?」
さく、さく……。
レモンパイを咀嚼する音が徐々に遅くなり、ふいに止まる。
「お姉ちゃん相当落ち込んでたもん」
ティーカップにはったダージリンの波も、もう長いこと揺れていなかった。
「でもそれって、逆を言えば、失ったものが、すっごく大事なものだったからだとも、思うんだよね……」
「……チュチュくん」
なにかを押し殺すようにぐっと、ヒューは紅茶を飲み干す。
痛みをこらえる顔にも見えた。
「ま、その大事なものっていうのは、ミュージカル女優のお仕事であって、ファントムお兄さんのことなんか一匙も入ってなかった、なんてオチも十分ありうるけどさ」
「……きみのもたらす情報はまるでジェットコースターだね。もう少し上げ下げを緩やかにできないものかい?」
翻弄され傷ついた自らの心をそっと労わりつつ、小さな情報提供者に追加分の甘い賄賂を用意するため、ヒューは腰を上げた。




