幕間 ヒューとチュチュのTea Break ~ファントムお兄さんは望み薄~ ①
『音楽魔法具店』に、馥郁たるダージリンの香りが充満する。
「いやぁ見事だったよ。ハイド・パークの学外公演」
「へへへ。でしょ?」
惜しみないヒューの賞賛に、レモンパイをかじっていたチュチュが得意げに顔を上げた。
今回の演目はドレミの歌でも有名な『サウンド・オブ・ミュージック』。
「音楽一家の末っ子役のチュチュくんのソロはほんの少しだけだが、無邪気な子どもらしさがよく出ていた」
「うーん」
さくりさくりと、パイ生地を咀嚼するなんとも平和的な音が響く。
「これでもうちょっと身長あれば、がっつりソロのある長女の役だっていけたと思うんだけどなぁ」
目の前でりすのように顔を膨らませてパイを頬張るチュチュに、恋する十六才の役はさすがに大人過ぎる気がして、ヒューはコメントを差し控える。
ティーカップを両手で包み込みチュチュは得意げに顔を上げた。
「エイプリルにも公演の写真を贈ったんだ。病状が落ち着いたらロンドンにも遊びにきてくれるって」
「それはいいね。脳腫瘍というのは難しい病気だが、なんとか回復を祈ろう」
こっくりうなずくチュチュ。
「それでだね、チュチュくん……」
スコーンをインコの餌サイズまでちぎりながら、声をぐっと落として、ヒューが言う。
「ホテル『アストレイア』にいるあいだ、ティナは、男の人と話したりなんか、してなかっただろうね?」
膨らんだ頬でパイを咀嚼しながら、
「え? そうだな、うーん」
チュチュは腕を組み、首を傾げた。
「おいおい、よく思い出しておくれよ。そのためにきみを派遣したんだから」
身を乗り出し情けなく眉を下げて詰め寄るヒューに、チュチュは行儀悪くテーブルに肘をつき、考える。
「ジャクリーンさんと話したり、あたしたちを見守ったりするほかは、部屋でお仕事のこと考えてたし。そんな暇なかったんじゃないかな?」
ほっ、と、心情を表現する効果音を声に出し、ヒューは胸を抑えた。
「そうかい。いやー、今日もロンドンは快晴!」
伸びをするヒューをさして感心なさげに見やりながら、チュチュは思う。
外には濃い霧が立ち込めてるんだけど、そのことは言わないほうがよさそうだ。
そしてふいにいたづら心の黒雲が、その小さな顔に射し込む。