㉚
そこ声で我に返った様子を見せたのは、ジャクリーンだった。
うずくまっていた彼女は弾かれたように立ち上がると、ティナの閉じ込められている柵の錠を開け放つ。
窓の外から聞こえる恐怖の叫び。
ティーアーンを掲げつつ、それを聞いているのは、彼。
ティナがヒューに飛びつき、抱え込んだのは、ヒューがキースを突き落した直後だった。
すがりながら、ティナは泣いた。
ああ、この人はまた、闇に手を染めてしまった。
今度はよりによって、わたしのために。
赤子のようにすすり泣くその髪を、撫でる手があった。
「怖かったね、ティナ」
その声は完全に、いつも通り。
抱き込んだ先で、ヒューのおどけたウインクが迫りくる。
「キースを突き落した先にはボートを用意してあるんだ。湖の流れに押されどこへなりと行くがいい。ミュージカリー・カップのない土地へ」
「……」
かすかに、ティナの唇が開く。
この人は、この人のままだった。
どっと脱力した拍子に、涙まで出そうになる。
「あの」
かろうじてそれを押し留めて、ティナは言う。
「助けにきてくれて。……ありがとう」
そして、これまでずっと彼に抱き着いていたことに気がつき、あわてて手を離す。
立ち上がり、ティナに手を貸しながら、ヒューは頷く。
「才能というものは本来、売り買いしたり、他へ明け渡したりするものじゃない」
そして、その視線を、斜め前に向けた。
「だが今回だけは大目に見よう、ジャクリーン」
彼女に向けて彼は、黄金に輝くティーアーンを差し出す。
「これを妹さんに。たった今キースの歌の才能を閉じ込めたものだ。盛りをとうに過ぎたものではあるが。病気の人を健康体と同じ状態で歌わせることくらいはできるだろう」
恐怖と哀しみにひび割れたその顔が、ヒューをひたと見据える。
「いいの……?」
ヒューは微笑んだ。
「妹さんに最後にのびのびと歌わせてやりたい。きみの姉としての想いに敬意を表して」
問うような視線を向けられたティナは、ジャクリーンに頷く。
ジャクリーンはティーアーンをひしと抱きしめた。
「ありがとう……!」
「ただし、これからはミュージカリー・カップに関わってはいけない。わかるね」
「はい。……はい」
何度も頷いたあと、立ち上がり、ジャクリーンはティナの前に進み出る。