表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/138

「あんたのいるその小部屋は、単独で切り離せるようになっている。夜の湖の中、一人旅の始まりだ。滝つぼ経由で、地獄行きといったところか」


 追い詰められた心地で、ティナは鉄柵に手をかける。




「さようならだ、詮索好きの歌姫」




 濁った目をこちらに向ける男の腕に、すがる者がある。




「話が違うわ、キース。ティナには、口封じの約束をさせるだけだと。危害は加えないと言ったわよね」




 絶望が曇らせる頭で、かろうじて理解する。




 やはり。ジャクリーンには、わたしの命までとらえる気はなかったのだ。




「黙れ。ミュージカリー・カップがほしくないのか。お前は言うことを聞いていればいい」




 キースと呼ばれた男は手に持っていた鉄の棒を振り下ろす――刹那、ティナは叫んだ。




「人殺しーーっ」




 コバエでも追い払うように男は顔をふる。




「小娘が。まだわからんか。この女とてオレと同類。音楽の才能を金で欲しているんだぞ。かばう価値もないわ」




 震える全身を奮い立たせ、ティナはまっすぐに視線を正す。


 柵越しに、捕らえられた身分で。


 それでも。


 歌姫たるものいついかなるときも、背筋を伸ばして。


 美しく、堂々と。




「いいえ。ジャクリーンはそんな人じゃない。やむおえず悪事に手を染めるのは、大事な人のためよ」




 かすかに緩めた表情を、路考茶の髪の、同じく震えている彼女に、向ける。




「そうでしょう?」




「ティナ……」




「ふん。敵にほだされるとは愚かな」





「望み通り、美しい友情のためその最期をとげさせてやる」





 柵越しに、鈍くその目を光らせ、男は歪んだ笑みを浮かべた。


「さよならだ。――詮索好きの歌姫」




 ぎゅっと、ティナは目を閉じた。


 万事休すだ――。




 だがそのとき、よく知った声は響いた。




「愚かな。ロンドン市民の宝である彼女を滝つぼに葬ったりなどすれば、イギリス中を敵に回すことになるよ。それでもいいのかい?」




 ふだんと変わらぬ、おどけた口調。


 ふだんよりかすかに低く抑えられた抑揚。




 長い付き合いでなければわからないほどの変化だが、ティナは知っている。




 これは彼が相当に怒っているときだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ