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待ち合わせ場所に指定されたグラスミア湖のほとりに向かうと、灰色のローブに身を包み、ランプを手にしたジャクリーンが待っていた。
「行きましょう。こっちよ」
そう言うと、なれた手つきで一艘のボートのもやい綱を木片からほどく。
ボートで行くことに、ティナは面食らう。
「いったい、どこへ」
迷うことなくジャクリーンは答えた。
「ホテル『アストレイア』の別館よ」
ティナは息を呑んだ。
湖に浮かぶ別館があったとは。
案内のリーフレットにもなかったと思うが。
そう言うと、ジャクリーンはかすかに視線を落とした。
「今は使われていないの」
さ、早くと急かされ、一瞬の躊躇の後、思い出されたのはつい先刻の電話口の声。
安全な場所で待っていろと言う、彼の指示。
かぶりをふり、ティナはボートに足を踏み入れた。