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㉓
知らず、スマホを目の前にかざして、睨んでいた。
「なによ」
『この件は危険すぎて、きみには手に余る。すぐにそっちへ行くから、僕が到着するまで待っているんだ』
思いっきり冷たくしていたはずの視界がなぜか熱を帯びてくる。
――なによ、なんなのよ。
――力になりたかったのに。
どうしていつもいつもあの人は、自分を安全圏にかこって肝心なことはさせてくれないのだろう。
悔しい、と思った自分にティナは首を傾げる。
――役に立てない自分が、悔しい?
――なぜ?
――肝心なのは給料に見合った働きをきちんとすること。
――あの人に認められることではないでしょう?
電話を切ったあと、数秒首をふる。
でも、悔しいものは悔しいのだ。
ティナは顔を上げる。
健康的な寝息を立てる妹の頭の上の窓。下弦の月が煌々と湖の中心を照らし出している。
こくんと、ティナは首肯する。
行ってやる。
せっかくここまで来たのだ。
最後まで仕事をまっとうしてみせる。
薄手の外套を羽織るとチュチュの額をそっと撫で、ティナは安全圏をあとにした。