②
部屋に入ってきた少女を見たとき、凍りついたヒューの思考は、雪解けのように流れ出す。
胡桃色の豊かな髪を頭のてっぺんでお団子にまとめた十歳ほどの少女は、切羽詰まった表情に似ず、溌剌とした声で言った。
「ここが音楽魔法具店?」
耳通りのいい、高らかな声。クリアな発音。
その一声でヒューは彼女が音楽か、あるいは言葉を発する道に携わる者だと悟る。
「あぁ。ようこそ。今お茶が入るからね」
そんなのは待っていられないとばかりに、少女はポシェットの中から小さな箱型のものをヒューの目の前の執務机に置いた。
「これがミュージカリー・カップかどうか、鑑定してほしいの!」
たたみかけるように、少女はお団子の頭を乗り出す。
「ねぇ、お兄さん。やっぱりこれ、ミュージカリー・カップだよね? 人の才能を奪っちゃう、とんでもない品物なんでしょ?」
ひとまず応接用のソファを勧めながら、ヒューはかがみこんで少女を目をあわせる。
「お嬢ちゃん、まずお名前は? 保護者の方が見えないようだけど。ここへ来る許可はとってあるのかな?」
「あ。……そっか」
急いてはいたものの、社会性はあるのだろう、我に返った少女はすまなそうに頭を下げた。
「うちの人、働きに出てて、いなくて」
「そうだったのかい」
「新しいお仕事を決めたばかりで、心配かけたくなくて。だからその、ここに来てることもばれたくないんだ……」
「ふむ」
どうしたものかと、ヒューは思案する。
「きみのその気持ちは、尊重したいんだが」
少女はぱちんと額の前で手をあわせた。
「お願い。うちの人には内緒で請け負って!」
「うむ……」
少女の事情には配慮してやりたいが、保護者に無許可となると腰がひける。
人の才能そのものの媒体であるミュージカリー・カップを扱う『音楽魔法具店』の依頼相場は決して、安価ではない。
ここは一考を要すると、腰を据える。
ところが。
「お客様。夏摘みのダージリンとクッキーをどうぞ」
まさにこの瞬間、初頭の問題は片がついてしまうことになる。
お客様に出すお茶を持ってきたティナが、かたまっている。
少女のほうも、まん丸い目を見開いて、同じ表情をしている。
「チュチュちゃん……!」
「お姉ちゃんっ! 新しい仕事先って、ここだったの?」
まるで小さなミーアキャットのように見開いた目を一瞬ですぼめ、
「……さっそく、バレちゃった……」
小さくなる少女の背中に、ヒューはまん丸く巻いて垂れ下がったしっぽでも見えそうな気がした。